世界を超えて広がるオンラインの世界
RWO。
この世界では、ヴォルテックスと呼ばれる巨大ダンジョンがその規模を少しずつ拡大しており、
やがては世界中を飲み込んでしまうかもしれないといわれています。
ヴォルテックスの発生源に最も近い王国ポリアナードの若き王女
アリサは、
ヴォルテックスの拡大を防ぐべく、
国を上げて冒険者たちに一刻も早いヴォルテックス最深部への到達を依頼していました。
■□■
――サルマティアの街、ポリアナード出城
多くの冒険者たちが、アリサ姫の依頼を受けるべく、今日もポリアナード出城に集まっています。
その時、それは起こりました。
「おい、あれ、見ろよ」
「“ヴァンガード”のヨシミツじゃない?」
どの依頼を受けるか、クランのメンバーと話し合っていたプレイヤーたちが言いました。
ヴォルテックスで最大の勢力を誇るクラン“ヴァンガード”、そのリーダーである
ヨシミツが謁見の間に居るアリサ姫の元を訪れたのです。
「ヨシミツ様、ようこそポリアナード出城へ。今日はどのような依頼をお受けいただけますか?」
「アリサ姫、今日は依頼を受けに来たわけではありません。私達から依頼をしに参ったのです」
NPCであるアリサ姫は定型文で話しかけてきますが、ヨシミツはそう返しました。
「かつてバウアーが成し遂げたと言われるヴォルテックスの攻略。しかし、未だヴォルテックスの拡大が止まらず、レプリカントが出現するということは、その攻略は
“完全”ではなかったということです」
「……完全、ですか?」
ヨシミツの言葉に、アリサ姫は少し間を置いてから答えました。
「バウアーは単独で攻略したとされていますが、それを証明するものはおりません。完全攻略……すなわちそれは、ヴォルテックスの最終層を我々冒険者によって制圧することです」
「第500層をですか?」
「そのために、
『ヴォルテックス攻略プロジェクト』を立ち上げとうございます! 姫のご決断を!!」
「……どうやらこの中に、お受けいただける依頼はなさそうですわね。ヴォルテックスを攻略し、この世界をお救いいただくためにも、今は英気を養い、次の機会に備えてください」
本来であればゲーム内のNPCであるアリサ姫にそんなことを言っても通るはずがありません。
実際、ヨシミツに返されたのは、受けられる依頼が無い時の断りの定型文でした。
ですが、ヨシミツはアリサ姫に深々と頭を下げると謁見の間を辞しました。
■□■
しかし数日後。アリサ姫は執事のケテスを伴ってポリアナード出城のバルコニーに現れると、
「ポリアナード王国国王アリサ・ベルリオーズ3世の名をもって宣言いたします!
これより『ヴォルテックス攻略プロジェクト』を行います」
そう大々的に冒険者たちに宣言すると同時に、ヴォルテックス攻略に向けた大規模なクエスト群が依頼として追加されたのです!
それは、単体のパーティーで層をクリアするだけではなく、冒険者たちで層そのものを制圧するクエストです。
単体のパーティーで行える内容ではなく、クエストというよりはイベントとも言えるものでした。
そしてアリサ姫から攻略目標として出されたのは
130層「砂の回廊」
140層「修羅の寺院」
の二層です。
ここを攻略し、王国の拠点を造ることができれば、冒険者全体の探索許可層もより深くなるというのです。
「聞いたか、アリサ姫の宣言!?」
「動画を見ました。イベント動画を撮っている方がいて、再生回数凄いことになっていますよ」
「私たちも頑張れば、冒険者全体の探索許可層をより深くできるのよね?」
「クランやパーティーだけではなく、冒険者一人一人の活躍が全体に影響を与えるなんて胸が熱いぜ」
アリサ姫の宣言に、サルマティアの街の冒険者たちは湧き上がっています。
酒場で、街の辻で、交易所で、冒険者たちが『ヴォルテックス攻略プロジェクト』のクエストについて大いに語り合い、準備を進めています。
「ほえ~;;
ヨシミツさんゲームを動かしましたね」
クラン“ランプの貴婦人”のリーダーにしてヒーラーの
ほえみは、ヨシミツの元へ駆け付けました。
「今回は大規模イベント戦になる。ランプの貴婦人にも協力を願いたい」
「もちろんだよ。回復なら任せてよ^^」
ヨシミツとほえみは握手を交わしました。
一転してヨシミツの顔が真剣になります。
「RWOというゲーム、いや
“世界”には生存本能がある。ヴォルテックスという
“死の病”に対するな」
「でもでもね。ヴォルテックス攻略って500層だよ? わたしたちだって、まだ“あの”450層を越えられてないし;;」
「そうだ、バウアーと
“あの女”以外は500層には到達してない……だからこそだ。
精鋭だけが下層に到達してもヴォルテックスは攻略でない。より多くの冒険者が深層に到達できる環境にしなければ……」
「いずれ、このゲームは滅びる、ね……」
「アリサ姫への宣言は、いわば“世界”の生存本能への訴えかけだったが、これを聞き入れて形にしてくれて安心している」
ほえみとヨシミツは同じ結論に達していたのです。
「このせいもあってか、今回のクエスト、砂の回廊にはアリサ姫自らご出陣なさる」
「え!? アリサ姫が! ……ホントだ;」
ヨシミツの言葉に、ほえみは思わず素っ頓狂な声を上げてしまいます。
アリサ姫は基本的にサルマティアの街の中におり、依頼を与えるNPCだからです。出城内に居ない時は、執事ケテスが代役を務めることはありますが、ヴォルテックスの攻略に同行するのはこれが初めてだからです。
慌ててクエストの内容を見ると、確かにアリサ姫が出陣する旨が書かれていました。
「レプリカントもいる現在、NPCだからといってアリサ姫に万が一がないとは限らないし、万が一があった場合、ヴォルテックス攻略そのものに大きな支障が出かねない。ここは冒険者を厚くしたい。だから私は砂の回廊の制圧に向かう」
「じゃ、修羅の寺院は?」
「ラカンを向かわせる」
「ニオウ君の弟だね」
「ニオウは隠れ里に言っているが……シュラ族の聖地だから、ラカンには打って付けだろう」
こうして“ヴァンガード”と“ランプの貴婦人”が、各クランやパーティー、ソロの冒険者たちとの連絡役となり、砂の回廊と修羅の寺院攻略の大規模イベントが開始されようとしていました。
“ヴァンガード”、もしくは“ランプの貴婦人”からの大規模イベントへの参加の要請は、ワールドホライゾンの特異者たちにも来ていました。
■□■
――ヴォルテックス129層
「え!? あれってレプリカント……?」
クラフターの
しゃけにぎりは129層に、素材を探しに来ていました。
彼女は129層の門の前、砂塵の回廊の手前に大量のレプリカントが集まっているのを見つけました。
アリ…サ…アリ…
「レプリカントがしゃべってる? しかもアリサ姫の名前を呼んでるの?」
蠢くレプリカントたちは、口々にアリサ姫の名を呟いていました。
不気味な光景に、しゃけにぎりは素材集めも忘れて脱兎のごとくその場を後にしたのでした。