エイダ:
どこ? どこに行ったの、メアリー?
――足音が聞こえる。メアリーかと振り返れば、それは追手だった。
メアリー:あいつら、もうこんなところまで……。
エイダ、無事でいて。何があっても私が――守るから。
二人が見たのは同じ顔ぶれ。
近くに、確かにいる。しかし、お互いを見つけることはまだできない――。
戯曲『もうひとりの私』第四幕より
★ ★ ★
“灰色の世界”ガイア。
マナの光と蒸気の煙が溢れる、世界最大の星導都市『メトロポリス』。
上流階級が暮らす第三層第三地区の劇場、ニュー・セントラル・シアターで凄惨な事件が起こりました。
上演されている人気作『もうひとりの私』の物語をなぞるようなその事件は、
犯人も主人公の双子同様、劇団「ロイヤル・プリンス・カンパニー」所属の双子の女優
ルイーザ&ヴェスパーだったのです。
シャーロット・アドラーの依頼でやってきた特異者たちによってそれが暴かれ、
彼女たちが「同一の機体」であり、一人しか存在しなかったことが明らかになります。
その事実を突き付けられたヴェスパーは罪は認めながらも、「自分たちが双子」であることは譲りませんでした。
追い詰められたヴェスパーはルイーザを守るため、劇場から逃げ出しました。
特異者たちに被害はありませんでしたが――奇しくも、この出来事も『もうひとりの私』の物語に沿ったものでした。
★ ★ ★
――メトロポリス第三層第三区。
「ずいぶん手際がよろしいですわね、第三支部長?」
『前々からロイヤル・プリンス・カンパニーには疑わしいものがあった。
だが、この国を代表する劇団の一つであり、我が国の貴族だけでなく他国の支援者も多い。
我々の管轄で勝手な事をしてくれたものだが……感謝しているよ、シャーロット。
おかげであの“違法機体”を始末する手筈を整える事ができた』
ルイーザとヴェスパーが逃走した直後、ギアーズ・ギルドはすぐに依頼を出しました。
・暴走汽人の確保、あるいは破壊。
既に明確な殺意をもって三人を殺害。
ギアストーンの重度な障害による精神異常状態となっているため、説得は不可。
確保が最良だが、破壊による無力化も辞さない。
依頼内容だけ見れば、メトロポリスのありふれた汽人暴走事件の一つ。
機械である以上、不具合があっても仕方ない。たとえそれが、国を代表する大女優であろうと。
彼女たちが古い個体であることも周知です。
(客観的事実に対する偽りはなく、“双子の身体が違法”であることには触れていない。
劇場側に非ははなく、経年劣化による暴走。上流階級、劇場双方に配慮し、
あの姉妹だけを悪に仕立て上げ、 第三支部の評判も下げずに済ませる……というのが、建前ですわね)
支部長の言葉からあちらも双子が二つのギアストーンを核としていることを知っており、あえて伏せていること。
あまりにも劇場からの逃走から依頼が出るのが早いことから、
シャーロットは第三支部が“双子を狙っている何者か”を手引きしていると考えました。
そして、
(劇団にも、協力者が……いえ、状況から見て、“事件の黒幕”がいますわね)
根回しの証拠も今はなく、依頼も正当なもの。双子が犯罪を犯したことも事実。
今となっては彼女たちが“起源の七体”であり、一連の動きがこれを狙っているものだと確信しているものの、
依頼そのものを撤回する術はシャーロットにはありません。
『あとは我々に任せ、君は第七支部へ戻りたまえ』
「いいえ。汽人の逃走を許してしまったのは、わたくしの不手際です。
こちらもお手伝いさせて頂きますわ。“手が多くて困る”ことはないでしょう?」
『だが、ここはあくまで我々の管轄であり』
「これはゆゆしき事態ですわ。第三層の方々の安心のためにも、早急な解決が求められます」
シャーロットは第三支部長を黙らせ、特異者たちにルイーザとヴェスパーの確保を“正式な依頼”として、通達しました。
(わたくしにできるのはここまでですわ。あとは頼みますわよ)
★ ★ ★
ニュー・セントラル・シアター、団員用休憩室。
「いつまでも隠し通せるものじゃない。いつかこうなる日が来るんじゃないかって思ってたわ」
「劇場そのものは大丈夫だろうが、少なくとも劇団には何らかの処分が下るだろうね。
……せめて、私一人の首で済めば」
「そんなこと言うなよ、団長。
ルーもヴェスも、理由なくあんな真似するヤツじゃねぇってのは、みんな知ってるだろ?」
「だが、法は情では動かん。我々が違法技術を用いた汽人を所有し、公演を行い続けてきたのは事実だ。
どれだけ人気を集めようと、な」
「お客様……貴族の方々の手前、劇団自体の存続は認められるでしょう。
我々を解散したとしても、名前を変えるだけで実質同じ劇団とする。
彼らは“舞台の上”だけを見ているのですから……決して戻らない役者がいる以上、それ以外の者たちまで失うことを惜しむでしょう」
守り続けてきたものを失い、それでも終わらせてくれない。
それは長く劇団にいる者にとっては処分を受けるよりも辛いものです。
「ですが、
新しい団員たちが加わったばかりです。悲観してばかりはいられません。
お客様ある限り、我々は舞台を続ける。それだけです」
ジャック・ジョン・アンダーソンが言います。
「団長、お客様がお見えです」
「これは
クローデル卿! 帰国されたのではなかったのですか?」
一人の老紳士がやってきました。
ゴール共和国の交通網の整備を行い、海峡トンネルの建設を進めている“輸送王”の異名を持つ人物です。
「少々用事を思い出してね。劇場の後援を申し出ようと思ったのだが、オーナーが亡くなられたと聞いた。
我が国にも、ここが好きな者は大勢いる。もちろん君たちもだ。
此度の事件は残念だが……それでも、私はできる限りの便宜は図りたいと考えている」
そこで、と彼は告げた。
「“今の君たち”にできる、最高の舞台を見せて頂きたい。
できることならば、ルイーザとヴェスパーが主役でない『もうひとりの私』を」
「お言葉ですが、あの物語は彼女たち以外には……」
「はい、やってみせましょう。確かに、あれはルーとヴェスでなければ成立しません。
ならば“他の者でも成り立つ”物語に再構成するまでのことです」
アンダーソンは不敵な笑みを浮かべました。
「物語を作ることは、想像の世界を創造することでもあります。新しい世界をご覧に入れましょう」
★ ★ ★
――メトロポリス第三層第四区ウェアハウスタウン。
「ルー、どこだ? どこにいる?」
迫りくるウィザードたちから逃げ、時に迎撃し、ヴェスパーはルイーザを探していた。
「ヴェス、あなた一人に重荷は背負わせないわ!」
光が爆ぜ、倉庫街の一角が消し飛びます。ルイーザが光のギアの力を解放し、ウィザードを撃退します。
しかし多勢に無勢、追い詰められいきました。
「……え?」
「寄ってたかって女の子いじめるもんやない。
ここはあてらに任し。はよ、逃げなはれ」
和傘に和服の少女――
桔梗院 桜華と機械甲冑――
スチームサムライが双子を助け、ウィザードたちと対峙します。
「一人も殺さん……できるか?」
「……問題ない」
(さて、芝居には芝居で対抗や)
★ ★ ★
「三区、四区のウィザード第一陣が全滅、ですか」
シャーロットが到着した時、倉庫街は静けさに満ちていました。
夜の暗闇の中に、ただ二つの影だけがあります。
「桜華様、ご自身が何をされたか分かっておりますの?」
「なんやシャロちゃん? 女の子助けただけやろ」
「あの子たちは罪を犯しました。逃がすわけには参りませんわ。
わたくしは、もうあなたが何者か知っております。
残念ですわ、桜華様」
シャーロットは自分の役目に従い、マナフォンに告げます。
「A級ウィザード、シャーロット・アドラー。ケースB発生により、ギアの使用を宣言。
これより、戦闘に入ります」
一瞬で間合いに詰め寄ってきたスチームサムライの刀を弾きました。
「あてらに勝つ、と?」
「わたくしだけでは、どちらか一人が限度でしょう。ですが、頼れる相棒がいますわ」
大掛かりな道具を携えた
ジェーン・モースタンがニッとシャーロットの背後で笑います。
「頼みますわよ、“先生”」
「おう、サポートは任せな。
あっちの鎧、剥がしがいがありそうだぜ」
逃げ続ける双子の汽人、絡み合う様々な思惑。
特異者たちは“物語”の結末を変えることができるのでしょうか――。