ヴィクトリア連合王国から東の果てにある
瑞穂皇国。
さしたる大きな戦もなく政権移行がなされて二十年が経ちます。
この国は今、一つの話題で盛り上がっていました。
かつての支配者である将軍の妹が、帝の息子に輿入れするのです。
ところが、これを不満に思う者たちがいました。
将軍・
御母衣 友嗣(みほろ・ともつぐ)は妹の影武者を立て、本物の
御母衣 伽耶(みほろ・かや)は護衛の御庭番と共にこっそり
西都へ向かうはずでした。
ところが、御庭番は汽人の
皇 蒼(すめらぎ・あお)を残して全滅してしまい、蒼は星導士
の色 九十九(しき・つくも)に助けを求めました。
九十九は仲間を募り、伽耶と蒼を守りながら西都へ向かいました。
しかし、伽耶の影武者が乗った汽車が襲われ、伽耶自身も度々、襲撃に遭いました。どうやら何者かが、伽耶と蒼に懸賞金をかけたようなのです。
そして激しい戦いが終わって気が付くと、蒼の姿が消えていたのでした……。
* * *
「なぜ蒼が……」
阿由知の手前の小さな村で、伽耶は手当てを受けていました。といっても大きな怪我はなく、ほんの掠り傷程度です。ただ、蒼の誘拐が、彼女にはショックでした。
「なあ姫様、蒼ってのはいつから仕えているんだ?」
九十九は険しい顔で尋ねました。
「五年前です。ある日、父が連れて来たのです。『今日からお前の守り役だよ』と」
伽耶の父は前将軍・
御母衣 友武(みほろ・ともたけ)です。既に故人ですが、最後の御母衣幕府将軍であり、無事に政権移行を成し遂げた、功労者でもありました。
「五年か……その前は?」
「と申されますと?」
「あいつは汽人だろう? 見かけ通りの年齢じゃないはずだ。将軍家が直接連れてきたとなると、直属の部下だったんじゃないかと思うてな」
伽耶はかぶりを振りました。
「分かりません。蒼も何も言いませんでした。知らないのではないでしょうか?」
「記憶を消されている可能性もある、か」
誰が何のためにそんなことをしたのか。
蒼を誘拐したのは誰で、何の目的があるのか。
「色様、どうか蒼をお助け下さい。依頼料は必ずお払いします」
九十九は大きな手をひらひらと振りました。
「追加料金はいらんよ。姫様と蒼、二人を守るのが今回の仕事だ。しかし、姫様には無事に西都に行ってもらわにゃならん。どうしたもんかな」
* * *
同じ頃、
アルカイル・イルは阿由知の街に入っていました。
東都と西都を結ぶ要所の一つで、今は友嗣の叔父・
御母衣 金嗣(みほろ・かねつぐ)が県令を務めています。
彼は裏通りのとある家に入りました。一般人は出入りしない一角です。
担いでいた荷物を下ろすと、“それ”はアルカイルを睨みつけました。――蒼です。
「よう、久しぶりだな」
蒼は怪訝な顔をします。アルカイルは笑いました。
「そうか、覚えてないか。かなり昔に会ったことがあるんだがな。まあ、いいさ。本当は姫さんとお前と一緒に欲しかったんだが、あの状況なら仕方がねえ」
猿ぐつわをされた蒼が、むーむーと唸ります。
「安心しな。お前の大事な姫さんは無事さ。だが、お前さんは別だ。何も傷つけようってわけじゃねえ。大人しくしてさえいればな。新しい飼い主も、きっと大事にしてくれるさ」
そう言い捨てて、アルカイルは出て行きました。
灯り一つない部屋の中、手足を縛られた蒼はどうにか脱走できないか考えました。部屋の出入り口は一つ。おそらく見張りがいるでしょう。部屋の窓は小さく、頭が通るぐらいです。ギアも使えない状況で、どうやら逃げるのは難しいと蒼は思いました。
そして小さく息をつきます。
――姫さえご無事なら、と。
窓から見える星空に、伽耶の顔を思い浮かべ、蒼はそっと目を閉じました。