――”東方帝国”、ドコカノ村
首都から離れた長閑な田舎の村は今、平時にはない緊張感が漂っていました。
「さぁて、村長さん。この村にある財産をここに持ってきて貰おうか?」
「言う事聞かないと、この子たちがどうなっても知らないよ~♪」
「た、助けて~」
「頼む! 言う事は聞く! だから子供たちには手を出さんでくれぇ!!」
盗賊の襲撃にあった村は瞬く間に制圧されてしまい、子供たちを人質に金品を寄越すように要求していたのです。
暫くして、村長に指示された村人の何人かが、もしもの時のために蓄えられていた村共有の財産や、各家庭の貯金などを持ってきて盗賊の待つ広場に持ってきました。
「この村にある財産はこれで全部じゃ! だから、子供たちを解放してくれ!」
「ふーん、なるほどね……」
「けっこー貯めてたじゃん☆」
盗賊たちは集められたそれらの財産を眺めると、満足したように口角を上げました。
「よし! 暫くこの村を僕たちの縄張りにする、村人たちは僕たちの指示に従って貰おうか」
「そ、そんな……」
味を占めたらしい盗賊たちの宣言に、絶望して項垂れる村長や村民たちですが、盗賊たちはこれを決定事項として譲らないつもりのようです。
そしてその日の夜。
村近くにある森の中で、盗賊たち――いえ、盗賊に扮した
メビウスたちが村長が持ってきた差し入れを食べながら、その村長と和やかに話をしていました。
「それにしても村長。村民の人たちもそうだけど演技上手かったね?」
「ホホホ、この日の為にたっぷり練習しましたからのぅ」
「みんな演技上手いから、私たちもついつい感情移入しちゃったよね☆ あ、これ美味し~♪」
そう。昼間の盗賊騒ぎは、村長だけでなく村民も含めた全員で示し合わせた演技だったのです。
昼間の事を思い返しながら、
ミュラーは提供された食事を頬張り舌鼓を打ちます。
「傍から見てると、本当に盗賊が襲っているのかと思いましたよ。これなら、例の来訪者も食いつくはずです」
「実際、村の様子を伺う気配が幾つかあった」
盗賊を装った者の中には、
シュトロイゼルと
シュネーもいます。村長と交渉する役を担っていたメビウスとミュラーから少し離れた場所で、村人が抵抗しないように見張る監視役を装って村の外を探っていたのです。
「しかし、酷いことをする来訪者もいたものだ……」
二人の報告を聞いて、メビウスが数日前にギルドであったやり取りを思い返します。
■□■
――数日前、冒険者ギルド
「盗賊か……。この所こういう依頼が多いな。よし、次はこの依頼を受けよう」
魔王復活という噂がマグメル全土に広がったことで、各地で魔族や魔物による被害が拡大し始めると、各国の兵士や騎士がその対応に当たるために手薄となり、盗賊などの犯罪者も増え始めていました。
そのため、冒険者ギルドにも盗賊退治の依頼が舞い込むことが多くなっていたのです。
しかし、その依頼票を掲示板から取ろうとしたメビウスに待ったをかける人物がいました。
「あぁ、メビウスくんたちか。丁度良かった、その依頼を受けるなら手続きの前にちょっと話を聞いてもらえるかな?」
「ギルマス? 何かあったのか?」
疑問に思いつつも、メビウスは仲間と共にギルドマスターである
ギルからの要件を聞くことにしたようです。何やら秘密の話であるらしく、ギルドの奥にある個室へ通されるとそこで幾つかの依頼票を見せられました。
「これは……全て盗賊退治の依頼ですね。全て未達成で終わっているようですが」
「もしかして、盗賊がとんでもなく強いとか?」
広げられた依頼票に目を通したシュトロイゼルの言葉から、シュネーが事情を推測しますがギルは首を横に振ります。
「いや。依頼は未達成だが、盗賊はいなくなっている」
「……どういうことなんだ?」
不可解な事態にメビウスは首を傾げますが、ギルは順を追って説明していきました。
「実は、この近辺の村々を荒らす盗賊が最近出始めているのだが、依頼を受けた冒険者が現地へと向かうと既に盗賊が退治されていたという事らしい」
「なんだって!?」
「盗賊に襲われた村の住人が言うには、とんでもなく強い来訪者が現れて盗賊を蹴散らすと名前も告げずに颯爽と去っていったそうだ」
「……ふーん」
ギルの説明を聞いてミュラーの瞳がきらりと光ります。どうやら、おおよその事情が読めてきたのでしょう。
盗賊に襲われた村を助ける来訪者がいた。それだ聞けば、力と人格を兼ね備えた素晴らしい人がいたものだと感心出来る事です。
実際に、村の人々はその来訪者に深い感謝の念を抱いていました。
しかし、こうして同じような報告が何件も続けば疑問も出てきます。なによりも見逃せない点は、
『奪われた財産の大部分は戻ってきたが、一部は盗賊たちが既に使い込んでおり戻ってこなかった』という点です。
「よーするに、盗賊と来訪者がグルかもってことだよね?」
「そうだね。恐らくだが、盗賊が先に略奪を行い、タイミングを見計らって仲間の来訪者が現れる。
来訪者は窮地を聞いて駆けつけた勇敢な人物を装い、盗賊との戦いに向かう。
でも実は盗賊と来訪者は仲間で、戦ったフリだけして奪った金品の一部を山分け。
盗賊は逃げて、来訪者は盗賊を倒したことにして奪われた財産を取り返したといって村に戻り、盗賊について色々聞かれてボロを出してしまう前に村を去る。
とまぁ、そんな手口だろう」
と、そこまで推理したはいいものの、肝心の来訪者と盗賊は頭が回るらしく証拠を残す前に去っているため、なかなか足取りが追えずにギルドとしても困っているという事でした。
「だけど少し不可解でもある。このやり方は盗賊にとっても来訪者にとっても、メリットよりデメリットの方が大きい。それに、この短期間に繰り返せば不自然だと思われる事くらい、さすがに分かるだろう」
「となると、可能性はいくつかあるが……」
中でも高そうなものは二つ。
一つは、この来訪者が自身の名声を短期間で上げるため、何らかの手段で盗賊を操る・あるいは言葉巧みに騙して利用している。
もう一つは、魔族が来訪者の評判を貶め、ヒト種族を分断させるために来訪者に扮している。
「いずれにしても、背後には創世神のアーティファクトなり、高位魔族の魔力なり、何らかの大きな力が働いている事だろう。そこで君たちにお願いなんだが、盗賊になって被害地域にある村を襲って貰えないか?」
「…………はぁ!?」
提案されたギルから依頼を聞いたメビウスは何を言っているのか飲み込めず、自分の耳を疑いますが、ギルの表情は至極真面目で冗談を言っているようには見えません。
「安心してくれ。なにも本当に盗賊になれと言っているわけではない。この事は既に村長に話してあるから、村人たちと協力して『盗賊と盗賊に襲われた村』を演じて欲しい」
「なるほど。もし、件の来訪者が近くにいれば話を聞いて駆けつけてくるかもしれませんね。盗賊たちを引き連れて、仲間にならないか、と」
最後まで話を聞くと、シュトロイゼルが納得したように頷きます。
こうして、メビウスたちは村を襲う盗賊に扮することとなったのでした。