“カオス”が振りまく滅亡因子に蝕まれ、
崩壊の危機に瀕している“混沌の世界”アトラ。
カオス第一次危機(ファースト・クライシス)を生き延びた人類は、
世界の崩壊を防ぐべく『コスモス機関』を設立し抵抗を始めました。
ワールドホライゾンの特異者はコスモス機関に協力し、メディエーターとなって混沌の獣、
そしてその先のカオスそのものとの戦いに身を投じる事となりました。
かつての東京都心にいる混沌の獣第一種「アスラ」、識別名『ルシャナ』。
その復活の兆しが見える中、コスモス機関の前に新たな敵が現れました――。
■ □ ■
来たる決戦に備え、
紫藤 安治が関係各所への連絡や調整などで慌ただしくしていると、オペレーターより至急対応して欲しいとの連絡が来ました。
「横須賀から緊急通信だと……? すぐ繋いでくれ」
横須賀にはコスモス機関の支部があり、そこから緊急回線で連絡が届いたとのことです。
いやな予感を覚えつつも、努めて冷静に安治は指示を出します。
『よかった、繋がった! 司令! 大至急、横須賀に救援部隊を送ってください! 一大事なんです!』
「っ! 分かった、すぐに手配を行う。それまでに状況を出来る限り正確に教えてくれ」
回線を繋いできたのは横須賀支部に所属するメディエーターでしたが、モニターに映る周囲の状況から察するに、どこか暗いところに隠れている様子です。
そして開口一番の救援要請。安治はなにか非常事態が起きているのだと分かると、オペレーターに指示を出してメディエーター部隊の編成を行わせつつ、何が起きたのかを詳しく話すように促します。
元々、横須賀は軍港であり世界有数の海上部隊が置かれています。その戦力をもって海にから現れる混沌の獣と戦い、東京湾への侵入を防いでいるのです。
その戦力は本部の戦闘部隊と比べても引けを取らないと言われており、それだけの存在があるからこそ海運による大規模な物資輸送が行えています。
しかし、つい先ほどその横須賀支部が海賊に占拠されてしまったのです。
「主力部隊が基地を離れたタイミングで仕掛けてきたとはね。
本体を囮に母港を押さえ、基地にいる者を人質に取る。……ただのならず者とは思えない手際だよ」
安治の隣で状況を聞いていた
シャオメイは思わず唸ってしまいます。
しかし、事態は重くそう感心している場合でもありません。再びオペレーターからの報告が届いたのです。
「司令、横須賀基地より通信です。恐らく、占拠した海賊によるものと考えられます」
「……繋いでくれ」
安治は事態を知らせてくれたメディエーターに静かに聞いているようにとサインを送り、一呼吸を置いてから回線を開きます。
『見ているか、コスモス機関本部の司令官。
横須賀支部は俺たちが頂いた。海上部隊も、俺たちの艦隊に加える。
カオスを滅ぼし、三千界を救うのはお前らじゃねぇ。
この俺、ダイヤモンド・フックが率いる
“ゴッドハンド”だ』
ゴッドハンドを名乗る海賊は、横須賀基地の主力が帰ってくる事を警戒して太平洋側に戦力を割きつつも、基地のシステムを掌握することに成功していたようです。
そして、この通信は犯行声明といったところでしょうか。
ダイヤモンド・フックを名乗る男は得意げな顔でそう宣言し、本部へ要求を突きつけました。
コスモス機関本部が所有する全ての戦闘部隊とコスモスアームを明け渡し、ゴッドハンドの支配下に入れ、と。
「……貴様!」
『おぉっと、返事は慎重にな? こっちには人質がいるんだぜ?
といってもま、すぐには決断できねぇよな。少しくらいは待ってやってもいいぜ。じゃ、また後でな』
「くっ……!」
基地が掌握されたということは、そこにいた多くの非戦闘員たちが海賊の手の中にいるという事です。
敵意を剥きだしにした安治に、挑発的な笑みを浮かべつつダイヤモンド・フックは回線を切り、安治は怒りをぶつける様に拳を強く握りしめます。
ですが、このままいいようにやられてばかりではいられません。幸いにも、まだ秘匿通信は気取られていないようで、連絡をしてくれたメディエーターから詳しい状況を知ることが出来ます。
海賊の人数自体はそう多くないらしいという彼の話から、横須賀基地奪還に向けての作戦を立てることにしました。
「――よし、ボーダーレス・ガードとは話がついた。あとはホライゾンだな」
「これだけの事をやってのけるなら、裏じゃ名が知られたヤツだとは思うが……それらしい記録が見つからなかったよ。
ホライゾンなら何か知っているかも」
空き巣狙いのような手口を取ったものの、少数で基地を制圧できるならば相手の戦力も相当なもの。一筋縄ではいかない戦いとなることが予測されますが、横浜を経由して基地の奪還を目指すことにした安治はまずボーダーレス・ガードに協力を要請しました。
ボーダーレス・ガードとしても海賊を見過ごすことは出来ないようで、快く要請を受諾して共同戦線が展開されることが決まります。
『安治司令、何があったのかしら?』
「緊急事態につき、前置きは省いて率直に言おう。明夜市長、ワールドホライゾンの戦力を貸してくれないだろうか?
できることなら人間との戦いに巻き込みたくはないのだが、事態が事態なものでね」
『っ!? ええ、分かったわ。詳しい情報を頂戴』
安治の言葉に剣呑なものを感じ取った
明夜・ワーグナーは迷わずホライゾンの特異者に招集を掛けつつ、集まるまでの間に何が起きたのか事のあらましを聞きます。
『なるほど、海賊が……』
「これが海賊の頭目だ。ダイヤモンド・フックと名乗っていたのだが、こちらにはヤツの正体に繋がるデータが見つからなかった。
そちらには何か情報はないだろうか?」
『この人は……角原先生!? 身なりは変わってるけど、この顔、間違いないわ』
「じゃあ、ホライゾンの特異者ってことかい?」
「ええ。しばらく前からホライゾンからいなくなっていて、別件で探していたのだけど」
安治が出したダイヤモンド・フックの画像を見て、明夜は驚きを隠すことが出来ません。
角原 舵(つのはら かじ)。
ワールドホライゾンに比較的初期からいる特異者で、教師としてホライゾン・アカデミーで教鞭を取っていた事もある人物です。
「ためらい街」と呼ばれる、特異者としての活動をしなくなった荒んだ者たちが集まる場所で彼らのケアも行っていたこともあり、明夜とも面識があったのです。
『口は悪いけど若者思いのいい先生だった……ずっとそう思ってたけど、それは表向きの、取り繕ったものに過ぎなかった。
世界を救うという意思は強いけど、それ根底にあるのは『自分のものにして思い通りにしたい』というものよ。
ためらい街の子たちを抱き込んで、クーデターを企てていた、ということが判明したわ』
「そんな男が率いている海賊か……。手強い相手となりそうだ」
最近のワールドホライゾンでは、新生計画の完遂やアトラと繋がって地球帰還も現実味を帯びてきたこともあり、ためらい街からは人がいなくなり、ためらい街と呼ばれていた場所は既に解体されています。
その結果、クーデター計画は実行に至らなかったものの、最近になってその事実が明らかになったとの事です。
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「……長い間本性を隠していた思慮深く、狡猾な男か」
この件は横浜に滞在し、
海賊と一戦交えた水元 環、
戦戯 嘘、
ジュリー・カルスにも伝わり、彼らもこの作戦に加わることになったようです。
「まさか、混沌の獣じゃなく人と戦うことになるなんてね」
「相手が何だろうと、世界を混乱させるなら懲らしめるだけなのよ!」
「……面倒なことをしてくれる」
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一方その頃、沖合では“囮”である海賊艦隊と海上部隊の交戦が行われていましたが、そこに“海の魔物”――
クラーケンを彷彿とさせる巨大な混沌の獣が迫っていたのです。