人が“闇”に抗う剣と魔法の世界
ローランド。
砂漠地方での『ヴュステラント連合国』と『機械帝国(マキアスライヒ)』の戦争は終結。
機械族を巡る課題は山積みですが、概ね平和な状態が続いています。
北部地方もまた、ダレストリス帝国での“邪竜騒動”以後、大きな事件は起こっていませんでした。
そのような中、北部地方と砂漠地方の教会から、冒険者に向けてある依頼が出されます。
依頼主は『ウェール教国 教皇庁』――教会の総本山からでした。
△▼△▼△
――砂漠地方南部、湾岸都市ラボエ。
「
冒険者向けウェール教国入国審査?」
「はい。これまでは腕が立ち、信用に値する方に直接声を掛けていたのですが、
教皇庁の方針が変わりましてね。
“再生の魔王”アルファオメガの再来に備え、本国外からも広く戦力を募りたい、という意向なのです」
依頼書に目を丸くした
カリンは、
教会の執行官
アガサから説明を聞きました。
「ちなみに、あなたは本国から頂いた『直接勧誘リスト』に記載されています」
「え、あたしが? じゃあハイネやマックスも?」
「いえ、あなただけですね。別に来ても問題ないですが」
「うーん……マックスはリーラの手伝いもあるだろうから、一緒に来れそうなのはハイネだけかなぁ」
頭を抱えるカリンの前に、白い少女がやってきます。
「あ、シロちゃん!」
「誰がシロちゃんよ。わたしもそれ、行くから」
元機械帝国の幹部、
ヴァイスです。
半機械族ともいうべき存在ですが、現在は敵対しておらず、教会も人族の脅威でないと判断しています。
「えー……。あ、でもシロちゃんいるなら一人っきりじゃないし、いっか」
「……知り合いが誰かいればそれでいいのね」
二人の仲は良いわけではないものの、
戦後のクラーケン狩り以後も交流の機会が多く、
依頼の際も時に競い・時に共闘するライバルのような関係になっていました。
ある意味で安心できる相手のため、カリンはパーティメンバーは呼ばずに行くことを決めました。
(このリストはおそらく転生者と転移者……オータス様が認め、本当に我々と共に戦う資格があるのか。
人界に仇名す者でないのか……それを早急に確かめねばならない者たちです)
△▼△▼△
――北部地方プリシラ公国、リスタの町。
「と、いうわけです。今回は私も、“本来の立場”で同行します」
砂漠地方から帰ってきた
アストと
シャロンを呼び、
教会の
リアナが告げました。
「でも、なんで俺とシャロンなんだ?」
「砂漠地方に行った北部の冒険者だから、かな?
それならウサ子ちゃんや金ぴかさんにも声がかかっているのかも」
「ユーセイカさんもリストに載ってましたが、赤兎団の団員の事を考慮して辞退。
ゴールディさんの名前はありませんね」
本国から送られてきた『直接勧誘リスト』の共通点は転生者。
あるいは精霊や竜と契約し、その力を行使できる者。
アストとシャロンは両方に該当しています。
リストに載っているのはあくまで現役冒険者のため、
転生者でもダレストリス一世やベアトリス・マリオンの名前はありません。
「“雷電の三連星”については、シャロンさんだけじゃなくてレミさん、エクレールさんの名前もあります。
この場に呼んだのは、シャロンさんから直接お伝え頂ければ問題ないと判断したためです」
「“アカツキ”は俺だけか。でも、そのリストに載ってなくても行って大丈夫なんだよな?」
「はい。魔王の再来に備え、各地方から冒険者を募りたいというのが本国の意向です。
審査に受かるかは別として、依頼への応募は自由ですので」
シャロンは三人で行くと即答し、アストはアカツキのメンバーと相談した上で決めるとリアナに言いました。
△▼△▼△
――ウェール教国領。
入国審査が行われる場所へは教会の転移術式による移動で、
冒険者たちは大陸のどこかを知る事なく到着しました。
「アスト、シャロン、久しぶり!」
「カリンちゃんも来たんだね、元気だった!?」
シャロンとカリンが再会を喜ぶ中、アストは同行する
モニカに、彼女の事を紹介します。
今回は熱心な輝神教徒であるモニカが来たいということもあり、アカツキからは二人が来ることになりました。
「君は……」
「あら、わたしがカリンちゃんと仲良くしてるのがおかしいかしら?」
機械帝国崩壊後、ヴァイスがどうなったのかはアストたちも砂漠地方を去る前に耳にしていたものの、
こうして人族側に立っているのは不思議に感じられます。
「それにしても……不快なところね。人族には神聖なものに感じるんでしょうけど」
ヴァイスが不機嫌そうに周囲を見回します。
古めかしい石造りの建造物が立ち並んでいますが、至るところに白い花が咲いていました。
「ここは
真白の庭園。
遥か昔、オータス様を導き、聖戦の後に彼を祀った――輝神教の基礎を築いた“真白の聖女様”の聖地です。
真白の聖女様が作り上げた庭園であり、花々には強い光の力が宿っています。
この地には不浄なる者、すなわち魔族や人界に仇名す者は踏み込むことができません」
人族であっても、邪な者は転移する事ができず弾かれ、来ることができていません。
この場所にいる以上、最初の篩いに落とされなかったことを意味していると、執行官のアガサが告げました。
この場にいる執行官は三人。
アガサ、リアナ、そして
ペトラ。
彼女たちが入国審査を見届けるようです。
「んじゃ、あたいから審査の説明を行う。
教国の結界を越えられるのは、オータス様が“資格あり”とお認めになった者のみ。
本国は常に、魔王アルファオメガの脅威に晒されていると言っていい。
信仰心が篤いだけじゃ、いざって時に生き残れねぇ。
先に言っておくが、信仰心はそこまで重要じゃない。
人界に仇名す者ではなく、“ウェールの力”に適合できる素質を持つ者。
それがウェール入国の資格だ」
審査の方法は二つ。
一つは、庭園の守護者相手に実力を証明する事。
もう一つは、庭園の花の中から、“真の聖花”を探し出す事。
「真の聖花、“真白の涙”。見た目の上では他の花との違いはほとんどありません。
もしも誤った花を抜いてしまったら、神罰が下る事となります。
ただ魔力を追うだけで見つけられるとは思わない方が良いでしょう」
リアナが補足した直後、執行官のものでない声が響きました。
『三つ目。聖域を侵す魔王を撃退する事』
空間が歪み、二つの人影が出現します。
「魔王
ミリア……! それに、魔王
アクロノヴァ!!」
「いくら魔王とはいえ、ここは真白の聖女様の領域。入れるはずが……」
執行官三人が戦闘態勢に入る中、アクロノヴァが告げました。
「ミリアに協力するつもりはなかったんだが、
ウェールが放ったアナスタシアのせいで色々と大変な目に遭ったのでな。
文句の一つ、言ってもいいだろう?
それに、汝らの“真白の聖女”とやら、知らぬ者でもないしな。
そうだろう、“新緑”のリーシア」
冒険者の一員として来ていた
リーシアは、アクロノヴァとミリアを見上げました。
「“真白”ね。“深緑”の名を継いだ者として、私も無関係じゃない。
でも今は、冒険者としてなすべきことをなすよ」
「クロちゃんにしてはノリノリだね。ま、そんなわけだから執行官の皆。
――ちょっと遊ぼうよ。あたしらとやり合いたい冒険者も、まとめて相手してあげる♪」
こうして真白の庭園で、波乱の入国審査の幕が開くのでした――。