ノスタルジアの奥深くで見つかった、ノイズによって隠された穴。
その向こうには、何とも不気味な小世界が存在していました。
聖歌庁はフェスタに依頼し、その世界の先行調査を開始したのですが――
★☆★
「……大まかには聞いていたけれど、趣味の悪い世界もあったものね。
それで、先行調査に行ったっきり行方不明になった者の名前は何だったかしら」
「あ、あぅ、
レイニィ・イザヨイちゃんと戦戯嘘ちゃんです……っ」
暗く細い道を堂々と歩く
デミウルゴスの白衣の後ろに隠れるようにして進むのは
奥莉緒です。
莉緒が真っ青な顔で震えているのは、この世界には
古めかしく不気味な監獄のような空間が広がっていたためでした。
先行調査に向かったアイドルが一向に帰ってこないため、聖歌庁は人員を増強し謎の世界の再調査に踏み切ったのです。
そこで運悪く選ばれたのが、人一倍怖がりな莉緒と――
「はははは! この何とも言えずじめっとした感じ、故郷を思い出すなぁ。
これがのすたるじぃ……もとい、のすたるじあか!」
「ここはノスタルジアではないわ。どこかの誰かが無理やり世界に穴を開け、出入口を作ったのでしょうね」
華乱葦原の『黄泉』出身である
穢ノ神ナオヤの小粋なジョークを、デミウルゴスはマジレスで一蹴してしまいます。
デミウルゴスも、世界の境目を叩き壊しそのゲートを生成出来るほどの人物に強く興味を持っているようでした。
「あ、あの……さっきからたくさん牢屋がありますけど、もしかして嘘ちゃんたちはどこかに捕まっちゃっ――」
――ペタッ。
莉緒の頬に何か冷たくぬるりとしたものが当たりました。
その瞬間、莉緒は涙目で一目散にどこかへと走り出してしまいます。
「い、いやぁああああああああああ!!」
「うむ、ひえっひえのコンニャクだな。美味いっ!」
天井から吊るされたそれを一口で食べたナオヤが豪快に笑いますが、次の瞬間ふと目つきを鋭くします。
「……ムム、いつの間にか卑怯者どもに囲まれてしまったようだ」
「そのようね。とはいえ警戒するほどの力は感じないけれど――」
デミウルゴスが言い終わる前に二人の目の前に突如現れたのは、
長い髪を振り乱しこの世の全てを呪いそうな勢いで目を血走らせた白装束の女性でした。
「あら、どなた?」
「おっす! 初めまして、俺はナオヤだ。よろしくな!」
しかし、そんな恐ろしい存在を前にしても、
デミウルゴスは微動だにせず相手を観察し始め、ナオヤに至っては元気に挨拶をしています。
そんな二人の元へ、ゾンビや妖怪、殺人鬼のような姿をした者たちがどんどん集まってきてしまいました。
「これはリオも心配だな! おっかねぇ武器を持ってる奴もいる」
「そうね、応援を呼びましょう。……しかしこの集団の中にいてもあなたの顔が一番おっかないわ」
「穢ノ神冥利に尽きるな、はっはっは!」
デミウルゴスは冷静に謎の化け物たちを見回します。
彼らは何かを求めているようで、
場合によっては何か情報を聞き出せるかも知れない――彼女はそう考えているのでした。
★☆★
――謎の世界、深部。
衝動的に一人で駆け出してきてしまった莉緒は、ぐずぐずに啜り泣きながらも監獄の中をゆっくり歩いていました。
先ほどまでと異なり、ほとんどの牢屋に人が閉じ込められており助けを求めているのです。
あとで絶対に助けるから、と莉緒が勇気を振り絞って進むのは、この中にレイニィと嘘もいるかもしれないと思ったからでした。
そして、その予想通り――
「莉緒! ぜったいぜったい助けに来てくれると思ってたのよー!」
「よくここまで来られた、わね。こ、怖かったでしょ……」
「う、嘘ちゃん、レイニィちゃん~……! よかったぁ、ふたりが無事で……!」
牢の一つに嘘とレイニィが閉じ込められていたのです。
莉緒は急いで駆け寄りますが、牢には鍵が掛けられており開けることはできません。
「ど、どうしよう……。ナオヤさんがいれば、扉ごと壊せたかもしれないけど……」
「はふ! 莉緒、ちょーぜつまずいのよ! そろそろアレが始まる時間だったわ!」
アレとは何か、と莉緒が聞き返す前に監獄内に恐ろしい音楽が流れ始めました。
そして、デミウルゴス達の前に現れたような魑魅魍魎たちが現れ牢の前で囚人たちを脅かし始めたのです!
「どう……怖い? 怖いでしょう……?」
「ヒャハハハ! お前もアイドルを名乗るなら、本物の“恐怖”の味を知れェ!」
恐ろしいホラーショウや洒落にならないほど怖い怪談の朗読、お分かりいただけるまで繰り返す心霊動画の上映など
魑魅魍魎たちは好き放題に囚人たちの精神をすり減らしていました。
そんな中、レイニィだけは監獄の中で顔色一つ変えずにその様子を見つめています。
「レイニィちゃん、怖いの大丈夫なの……?」
「こうなると、もう話しかけてもムダなのよ……。
ここがナゴヤだったら頭の上に『なうろーでぃんぐ!』って出てるところなのよ」
「恐怖でフリーズしちゃうタイプ!?」
嘘はお化けたちのリアルさと恐怖のショーをなんだかんだで楽しんでいるようですが、
ほとんどの囚人はただ怯えることしかできず、すっかり憔悴しきっています。
嘘やレイニィたちと共に彼らもこの混沌とした監獄から救う必要があると、莉緒は覚悟を決めたのでした。
★☆★
――謎の世界、入口。
デミウルゴスと莉緒からの連絡を受け、監獄内に増援を送った
秋太郎。
彼の前に現れたのは、囚人を襲う化け物たちとは全く異なる出で立ちの、厳つい看守服を身に着けた者たちでした。
看守たちはノスタルジアとこの小世界を繋ぐ穴の前に立ち塞がり、
アイドル達の退路を断ってしまったのです。
「貴様ら、何の目的でここへ来た?」
「“ヤツ”の脱獄を手伝った仲間に違いない……一匹残らず逃がすな!」
敵意を向ける看守たちに、秋太郎は少しも怯まずに堂々と一歩歩み寄りました。
「お前たちは芸能神……と言うことは、ここは芸能界管轄の刑務所の一つなのであろう。
聖歌庁に武器を向けることの重さ、お前たちは分かっているのか?」
「聖歌庁? そ、そんなもの……本物の恐怖に比べたら恐ろしくもない!
またしてもヤツらの脱獄を許す前に、皆まとめて檻にぶち込んでやる!」
まるで話にならないと、秋太郎はため息を吐いて首を左右に振りました。
どうやら看守たちは正常な判断力を失っているようなのです。
このままでは、この世界に足を踏み入れた者をノスタルジアに帰してはくれないでしょう――。