――ワールドホライゾン、人工小世界「ワイドキューブ」
「なんだか懐かしい感じがするわね」
人工小世界に作られた円形闘技場を見回し、ワールドホライゾンの市長、
紫藤 明夜は呟きました。
「そうですね。
最強決定戦も今回で十回目。こうしてまた、第五回までの闘技場に戻ってくることになるとは」
「確かボロボロになったから、小世界でやることにしてたんだっけー?
でもま、心配いらないよん。ここならどれだけ派手に暴れても、すぐに復元できるから」
ワイドキューブの管理者であり、TRIALの代表である
リサ・グッドマンが手元のデバイスをいじりながら、
かつて大会運営を行っていた
木戸 浩之に言いました。
「TRIALの技術には本当に助けられています。
あの頃はまだホライゾンアカデミー生徒会が主体となって、ホライゾンでのイベントを回していました。
人も、世界との繋がりも増え……今や特異者以外の、異世界を行き来できる人もいるほどです」
裏世界と繋がる最初のきっかけとなった
「裏三千界観測ミッション」も、随分前の事。
ATDのリミッターが解除されて以後、特異者の力は拡張され続けています。
接触した裏世界の類似存在もまた異世界との接触を機に変化しており、互いに影響を受けていました。
「皆はもう、“神”に手が届くところまで来ているわ。
特異者の限界点を超え、超越者への領域に片足を踏み込む……両足を突っ込んだら戻って来られなくなっちゃうけど」
「ATDもアバターの制御デバイスというだけじゃなく、この三千界とは別の次元のデータも得たことで、
その人を世界に繋ぎ止めておけるようになったのかもしれないわねん。
人の領域にとどまったまま、神の力を振るう――それこそ、本当の“神殺し”と言えるかも」
「難しそうな話をしているところ、悪いのだけど」
明夜とリサ、木戸が三人の世界に入る前に、
高遠 愛美が声を掛けました。
「市長、TRIAL代表、会長。今年はルールを元に戻すと聞いたわ」
「ええ。ブロック制にして、各ブロックを勝ち抜いた人で決戦を行い、総合優勝を決めるわ。
小難しいルールは抜きにしてシンプルに。ただ強い者が勝つ。
それが今回の最強決定戦のコンセプトよ」
愛美は今回の大会概要の書かれた紙を、明夜に突きつけました。
「大型ブロックに参加制限が設けられてるじゃない。
これじゃ予選から守護者やメタルキャヴァルリィを殴りに行けないわ!」
「私は全ブロック無差別にしてもいいと思ったんだけど、いきなりこれまでの枠を全部取っ払うのはどうかって、木戸君がね」
「僕の独断みたいに言わないで下さいよ。
検討した結果、今回は予選段階ではブロックごとにある程度の制限、というより枠組みを設け、
最後の最後でそれぞれの枠を勝ち残った者が雌雄を決する。そういうことになったんだ」
愛美は不服そうでしたが、少し考えて納得しました。
「つまり、最後まで勝ち残れば大型最強になった機体と戦えるってわけね」
「……そうまでして、巨大メカと戦いたいのか。
君の腕力が神多品人であることを抜きにしても群を抜いていることは認めるが」
困惑する木戸とは裏腹に、リサは楽しそうに笑っていました。
「いいんじゃないー? まなみんもやる気なんだし。
ま、鍛えていると言っても、最前線で戦い続けている子たちほど、
肌感覚で今の周囲の力量を掴めているわけじゃないでしょ。
第一線の子たちは本当に凄いよー。専用装備やユニークアバター、ユニークスキル。
ちゃんと成果を出して、そういったものを手に入れてるんだからね。
お姉さんもちょーっと、苦戦するかな」
「それでも高遠さんを止められないならその程度、ってことですか」
「だからま、強豪たちのことは心配してないよん。だから思う存分やればいいと思うよ」
「そう? なら私も」
「明夜さんは大人しくしてて下さい。
今もリハビリを続けているのは知ってますが、もうまともに戦える体じゃないんですから。
昔みたいに覆面被ってこっそり……は無駄ですよ」
木戸は特異者たちのレベルを考慮し、今の明夜だと怪我では済まないと、釘を刺しました。
「じゃ、今回はお姉さんが」
「リサさんもダメです。
ついうっかり、とか言いながら大人げなく“神殺し”使って優勝掻っ攫うのが目に見えてますから」
「ありゃ、バレてたか。てへっ☆」
「笑いごとじゃありませんよ、本当に」
リサの態度に木戸は肩をすくめました。
とはいえ、二人が普段通りの態度でいることに、少し安堵もしています。
(各世界での動きがあるとはいえ、大和とゴダムに現れて以後、界賊――セレクターは静かなままだ。
嵐の前の静けさ、じゃないといいが……)
闘技場を見つめ、特異者たちの戦いぶりを思い浮かべます。
(本来交わり得なかったものが交わり、その先に何が生まれるのか。
きっと今回の大会は、この先の戦いに向け、大きな意味を持つことになるのかもしれない)
こうしてかつての形式と同じようで、これまでとは違う三千界最強決定戦が始まるのでした。