“壁”に分断された大陸、
バイナリア。
かつて存在した超大国『オデッサ連邦』は、
壁の東側の東オデッサ連邦と西側のオデッサ共和国に分かれ、長きに渡り対立状態にあります。
壁の存在によって仮初の平和が保たれていますが、
その裏では東西による情報戦――“見えない戦争”が繰り広げられていました。
戦争を知らない世代が増えた現代。
この“諜報の世界”で、真の意味で戦争を終結させ、平和を実現させんとする者たちが動き出しました。
東西陣営の和平派によって秘密裏に立ち上げられた秘密組織、
『A機関』。
今、見えない戦争の最前線である東オデッサの首都、東トリスで、
新たにエージェントとなった者たちの任務が始まります!
■□■
――東トリス市内、A機関東トリス支部。
「リューさん、遊園地のパンフレットなんか見てどうしたんです?
見た目通りの、こういうところではしゃぐガキじゃあるまいし」
「教授、女の子は何歳になったって夢見る女の子でいたいもの、なのだよ。
まぁ、私は寛大なお姉さんだからそのくらいでは起こらないのだ」
「ガキなのか大人なのかどっちかはっきりさせろよ……」
技術担当官の
“D”こと
ドラグノフ教授と、支部長
リュドミラ・カラシニコワ――
夜鷹(ヨタカ)は、
いつものように軽口を叩き合った後、本題に入りました。
「
月光園。
ここは統一連邦時代のオデッサ軍トリス基地だった場所なのだ。
東オデッサになった後、軍では再編が行われ、対西作戦のため新たに建設された秘密都市に移転。
広大なトリス基地の敷地は市民の娯楽のため、施設の一部は改修の上再利用し、テーマパークとして整備されることとなった、
というわけなのだ」
「月光園」は遊園地とサファリパーク型動物園が併設されている東オデッサ最大のテーマパークです。
“月の世界”をコンセプトにしており、幻想的な風景や魔法による演出、神話や伝説に出てくる動物たちとのふれあい等、
非現実的な体験ができることを売りにしています。
「……で、教授。このパンフレットを見て君はどう思う?」
「これ、魔獣は全部本物だし、スタッフは仮装じゃなくてライカンスロープですよね。
しかも、客がそのことに疑問を抱かないよう、受付で精神操作までしてやがんでしょう」
「ご名答! 表向きは国営テーマパークだが、実際には今なおここは軍の管理下にあるのだよ。
無論、ここを都合よく使おうとしているのは東オデッサのお偉方だけじゃないがね」
戦争時の文書や魔素兵器の類は全て機密保持のために処分され、テーマパークになる前の詳細な記録は残っていない
……とされていますが、
「あるんでしょう、“餌”が」
A機関は壁を作った“A”の正体と目される科学者
アレクサンドロフ博士が戦時中、
トリス基地に在籍していたという情報を掴んでいました。
「処分したのは事実だろうね。だが、“A”ならオデッサ軍程度、簡単に出し抜けるはずなのだ。
月光園にはいくつもの“遺産”が隠されている。
壁を撤去するための手掛かりも、あることだろう」
夜鷹の意図を察したドラグノフが、遺産のデータベースにアクセスします。
「軍の基地、ってなると一番可能性が高いのはコイツですね。
ランクA、万能鎧装『マクシム・G試作型』。
ロボット兵の一個大隊を無傷で壊滅させたトンデモ兵器だ。
量産型は汎用性重視で性能は劣り、ランクB。
西陣営が鹵獲しようと必死になったのも無理はない。
……いや、今でもなお、か」
月光園の公式発表では、開園以来現在に至るまで来場者が巻き込まれる事故はないとされています。
しかしそれはあくまで一般市民の話。
裏では月光園の秘密を探りに来た者がスタッフに扮した国家保安局員に摘発されたり、
逆に魔獣や園内の演出を利用され、始末されたりといったことが日常的に行われています。
「強硬派についてはある程度当たりはついていて、あえて敵対勢力を誘き出すために確保に動いていないが半分。
もう半分は全く見当がついてないから、楽して見つけるために敵に探させているってところかな」
「どっちだろうと、他の勢力に全く気付かれずに遺産を掻っ攫うのは難しいですね。
どうするんです、リューさん?」
新人エージェントには少し難易度が高いかもしれないと思いつつも、
東オデッサの名所を覚えてもらうためには、任務はともかく一度行かせてみるのも手かと、
夜鷹は悩んでいました。
「……本部からちょっと厄介な知らせが来たのだ」
それは東連邦議会の和平派筆頭であるゼレンスキー議員の娘、
エカテリーナが家出したというものでした。
「ゼレンスキー議員は強硬派に面と向かって異を唱えられる傑物だけど、だからこそ敵が多い。
娘ちゃんは小さい頃からずっと窮屈な思いをしてきていて、それが爆発しちゃったんだろうなぁ」
「どこに行ったのか、思い当たるところはあるんですかね?」
「ちょうど今話していた場所だよ。小さい頃から行きたがってたところだって」
夜鷹は新人を含むエージェントたちに、月光園での任務を伝えました。
■□■
――東トリス郊外、月光園。
東トリスの中心市街から約2時間。
夜鷹とドラグノフは月光園に到着しました。
ドラグノフの車で来ましたが、街からはシャトルバスも出ています。
「なぜ私まで……」
「そんなこと言いながらも、こうして運転してくれたではないか。
遺産のこともあるから、教授には現地で他の子たちのサポートをしてもらいたいのだ。
研究室に籠ってないで、たまには外に出るといいのだよ」
夜鷹が今回、エージェントに与えた任務は、
1.一般市民や月光園のスタッフとして園内を見回り、月光園に関する情報を多く集める
2.ランクA遺産、万能鎧装『マクシム・G試作型』をはじめとした、園内に眠る遺産を確保する
3.家出したゼレンスキー議員の娘、エカテリーナの保護
の三つです。
「車を出したってことは、遺産に辿り着くには魔獣の群れを切り抜けるのが前提ってことですかい?」
「もちろん、それもあるのだ。ただ、この月光園には一つ大きな問題があって……」
ドラグノフが窓から顔を出して後ろを振り返ると、
ファンタジーの冒険者のような武装集団がいました。
「……動物たちとのふれあいには、“狩り”も含まれているのだ。
魔獣狩りに乗じれば、暗殺し放題ってわけなのだ」
「ここ作った奴何考えてんだ、魔獣とはいえ動物を狩れる動物園があってたまるか!
モンスターと戦う勇者かよ。月の世界ってコンセプトはどうした!?」
ひとしきりツッコミを入れ、冷静になったドラグノフは気づきました。
「ああ、そうか。お嬢様を始末するのにここはちょうどいいってわけか」
夜鷹は頷きました。
「強硬派だろうと他の勢力だろうと、そんなことはさせないのだ」
既に昔馴染みのエージェントで、現在は本部付きとなっている
“燕”に連絡を取り、
現場に復帰してもらっています。
月光園に隠された遺産に迫る、穏健派議員の娘を救えるかは、エージェントの皆さんの行動に掛かっています!