――二次元都市ナゴヤ。
二次元と三次元の境目が曖昧になってしまっているこの都市では、
二次元のキャラクターが現実世界に現れてしまう
オーバーラップ現象が日常的に起こっています。
その中でも、稀に起こる広い範囲が二次元の世界そのものになってしまう危険な規模のものは
大規模オーバーラップと呼ばれアイドルたちが対応に当たるのですが――
「あれって……
魔王ライなのよ!?」
辺り一面が中世ファンタジー漫画めいた森に変わり果て、ゴブリンや謎のまともじゃなさそうな魔物たちが徘徊する富士山麓。
巨大なドラゴンの背に乗った
嘘にそっくりの少女が楽しそうに高笑いをしているのを見て、
対応に駆け付けた
戦戯嘘は驚愕の表情を浮かべました。
「聖歌庁特別文化賞」に参加したことのあるアイドルたちならすぐに気付くことでしょう。
今回の大規模オーバーラップで現れたのが、大人気漫画
『不死のラ・フォレ』とオーバーラップした時と全く同じ風景であることに。
そして、嘘のデザインを元に作られたキャラクター“魔王ライ”がまさに今この森に現れてしまったことに。
しかし今回嘘たちにライの情報をいち早く伝えた
左脳は腑に落ちない様子で首を傾げました。
漫画家である彼は一時的に『不死のラ・フォレ』の作者に成り代わっていたことがあるのです。
「うん、いや、うぅ~ん? ラ・フォレでは設定上あの魔王の封印は解けないはずだから……
今度始まるスピンオフの方じゃないかな、ほら、
『ら・ふぉれ・べるすーず!』の」
「はふ、魔王が封印されなかったもしもの世界を原作者自ら描くあの『べるすーず!』!?
ぶるぅべりぃ先生の妹のゆうちゃんが作画アシスタントをしてるあの『べるすーず!』なのよ!?」
「みんな、ゆうの活動もどうか見守ってくれたまえ! SNSアカウントはこちら! フォローよろしく!」
何だか説明的で私情が見え見えではあれど状況を周囲のアイドルたちに知らせた二人。
魔物たちもライが生み出したものらしく、戦闘で倒せば消滅するもののなかなか強敵なようです。
と、そこへ何処か楽しそうに合流したのは
シャーロット・フルールでした。
「にゃははっ、さっすが魔王♪楽しそうに暴れててボクもちょっと混ざりたくなるにゃ~。
だけど何だかライちゃんにも応援が来てるみたい……?」
シャーロットが「あっち!」と指差す方からは、ライが生み出す魔物たちではなく――
「だ~れが噛ませ犬先輩じゃあワレェ!」
「そこ! 緑髪は不人気とか言ったわね、聞き捨てならないわ!」
「お、おいらだって……おいらだってちやほやされたいんだな……!」
何かの作品で1話で退場した不良キャラ、いまいち萌えないと不評の女騎士キャラ、どこで見たかも分からないモブ顔少年キャラなど、
ちょうどナゴヤにオーバーラップしていたらしい様々な作品のキャラクター達が魔物たちに加勢し大暴れしていたのです!
「そうだそうだーっ、勇者様ご一行ばっかり豪華声優やらグッズ展開やら優遇されてさ。
って、おやおや? いつかの三次元の方の勇者様たちと嘘の魔王様じゃないか!」
その中には『不死のラ・フォレ』の登場人物である
クロウの姿もありました。
彼女は以前のオーバーラップでアイドルたちと関わり自分が二次元の存在だと知ってしまいましたが、
それよりも現実では自分は不人気キャラだったらしいことが受け入れられないようでした。
「だから反乱を起こしてやろうってあの魔王様が仲間に入れてくれたんだ。
自分が二次元のキャラクターだってことまで分かってる人は多くないとは思うけど……
何となく世間の目が冷たいってことはココでも元の世界でもみんな薄々感じてはいるのさ」
「つまりつまり、ライもあなたたちも
人気者になれれば元の世界に帰れる……ってコト!?」
意外と分かりやすかったオーバーラップ解除への糸口に嘘がほっと胸を撫で下ろしたその時。
嘘の目と鼻の先に、黒い蝶のモチーフがあしらわれたレイピアが迫っていたのです。
「見付けた、あなたが私のニセモノなのね!」
「ふぁ!? 空から美少女が……じゃなくて魔王なのよ!?」
上空からのライの襲撃に思わず嘘が目をつぶった瞬間、シャーロットがその刃を受け止めて弾き飛ばしました。
「いくらそっくりだからって、嘘ちゃんを傷つけるのはボクが許さないよっ」
「っ……ニセモノも勇者もたくさん配下を作っていい気分になってるのね、ずるいずるいずるい!
私だって魔王だもん、いっぱい配下が欲しいのに……」
腰を抜かしかけて左脳に支えられていた嘘でしたが、
どこか寂しそうなライの言葉を聞くと何とか踏ん張って体勢を整えてキリッとした顔を作りました。
「あなたは配下をたくさん作って一体何をするつもりなのよ?」
「んふふ……そんなの、魔王なんだからこの世界を悲鳴で満たすに決まってるのね。
いろーんな悪戯を配下たちとしかけまくって楽しんでやるの!」
楽しい想像をしているのか、途端に表情を緩ませ子供っぽく笑うライ。
嘘とシャーロットは一瞬ぽかんとしてから顔を見合わせました。
「はいはーい! じゃあ私、配下になるのよ!」
「ボクもボクも~☆」
「ふぇ!? む、むぅ、あなたたちが私の敵じゃないって証明出来るなら、考えてあげてもいいのね……」
満更でも無さそうなライを取り囲んで、嘘を始めとするアイドルたちは
さっそく魔王の配下になるべく色んな提案やアピールを始めます――。
★☆★
そんな微笑ましい様子を左脳は一歩引いて見守っていました。今回は下手に引っ掻き回すつもりも無いようです。
と、そこへ鳴り響いたスマホの発信者は――妹の
ゆうでした。
『お、お兄ちゃん……っ。『べるすーず!』なんだけどね、大人の事情ってやつで企画が白紙になっちゃった。
先生もすごく悲しんでて、
たった今原稿データを全部削除しちゃって……お兄ちゃん?』
「は、白紙って……」
悲しそうなゆうの声にも、その内容にも左脳は途端におろおろとうろたえ始めました。
元の作品が無くなってしまうということは、嘘が二次元に戻れなくなった時のように
ライも現実から『ら・ふぉれ・べるすーず!』の世界へ帰れなくなってしまったということなのです。
左脳はライたちをちらりと見ながら頭を掻きました。
「これを知らせるタイミングは……ちょっと考えないとな」