――“空想の世界”ワンダーランド。
「昼」と「夜」とが分かたれた世界で、
“アリス”と呼ばれる者たちが、
世界を救う鍵となる「空想の欠片」を手に激しい戦いをしていたのはほんの少し前。
世界の「夜」は落ち着きを見せ、徐々に平穏が訪れ始めていたのですが、
アデルがワンダーランドの小さな異変を察知しました。
ヒロイックソングス!の世界から派遣された
戦戯 嘘(そよぎ うそ)の協力の元アデル達は調査を行っていましたが、
ジャバウォックではない謎のオオカミの怪物が
ルージュを飲み込み消えてしまったのです。
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――チェシャーヴィル。
合流した
ミチル曰く、謎のオオカミの居場所が判明したかも知れないとのことでした。
「場所は、君たちがルージュを追いかけていったって森。
だけど
その全域が夜化していることを管理局が確認した」
「ということは、あの森もこの前より少し危険になってるってわけだね。
だけどどうしてまたあの森に……あの時オオカミは確かに何も無かったみたいに消えたんだ」
アデルが心配そうに呟く一方で、ミチルは少し面倒臭そうに溜息を吐きます。
「あるはずのないものが現れ、それを上書きするように一度消してまた出現させる……
まるで遊ばれているようで頭が痛いが、実際その通り何者かの思惑が働いている人為的なものなんだろう」
未知の現象についてアデルから報告を受けている管理局は、
念のため欠片所有者のアリスであるミチルに森の沈静化を依頼したそうです。
しかしミチルがその森の奥で見たものは――
「お菓子のお家、だったのよ!?」
嘘が目を輝かせて割り込みますが、ミチルは鬱陶しそうに嘘の頭を上から押さえつけます。
「そう。その庭で腹を膨れさせたオオカミが眠っていた。
だけどあれは不用意に近付くべきじゃないと思ったから自分は一旦撤退した。
君みたいな戦いに慣れていなさそうな人間には命の保証も出来ない」
「はふ、出た出た出たのよ嘘ちゃん本当は弱い説!
確かにこの世界のアバターにはまだ覚醒できてないけど……
今日の私のバックには色黒マッチョなお兄さんが付いてるのよ!」
「確かにそっちの君はヴィクターのアバターももう使いこなしてるみたいだけど」
嘘の背後に立っていたのは同じくヒロイックソングス!から派遣された
渋蔵 鷹人(しぶくら たかと)でした。
しかし鷹人は無表情に嘘を見下ろした後、少し申し訳無さそうに目を逸らしました。
「……俺は馴れ合うために来た訳じゃない」
「じゃあ何でわざわざグランスタが介入してくるのよ、フェスタの積年のライバルなのよ!」
「理由……俺には難しくて分からねえ。だから、俺なんだと思う。情報が洩れない」
ミチルは鷹人のことも胡散臭そうに見つめますが、戦力にはなると判断したのかそれ以上は何も言いませんでした。
やや険悪な空気を察したアデルが慌ててミチルに話の続きを促します。
「でも、どうしてミチルはお菓子の家が危ないと思ったの?」
「
罠、ってことよね。
もともとお菓子の家は魔女がロリショタを誘き寄せるためのものなのよ!」
代わりに答えた嘘をミチルは少し驚いたように振り返りました。彼女はまさにその可能性が高いと考えていたようです。
「ショコラの所有するもの以外、お菓子の家なんてこの世界で聞いたことが無い。
それにオオカミなんて分かりやすい餌もぶらさげて。
しかし魔女か……考えてもみなかった。確かにオオカミ以外にもまだ“何か”がいる可能性はある」
「ねえミチル、嘘ちゃんのそういう物の考え方も必要になると思わない?」
ミチルは嘘の同行を止めたかったようですが、アデルのフォローと嘘のやる気にとうとう折れて
お菓子の家の前までは付いてくることを許したのでした。
□ ■ □ ■ □ ■ □
――森のどこかのお菓子の家。
ビスケットのテーブルで無邪気にクレヨンを握る幼い少女は、
白紙の本へときらきらと輝く瞳で夢中で絵を描き込んでいました。
「お菓子の家の魔女はねえ。はらぺこオオカミさんにたくさんお料理をつくるの。
お客さんはみぃんなあつあつのオーブンに入れて焼いちゃうんだ」
(なんだそりゃ)
向かいに座る“魔女”は、オーブンらしきものの絵を見ながら小さく溜息を吐きます。
しかし少女の隣で本を覗き込む兎耳の男は、口角を上げるだけの貼り付けた笑みでその絵を褒めそやしました。
「その調子です、先生。世界はこういうのを待っているんです。
さあさあ、登場人物がもうすぐ集いますよ」
少女に千切って渡された本のページを男が指の先でくるりと回すと、魔女を残してそこに二人の姿はもうありません。
暫くして魔女は我に返った様子で席を立ちました。
そうして当たり前のことをするようにふらりとオーブンに火を入れます。
何人も人間を閉じ込められそうなそのオーブンは、大口を開けて登場人物たちを待ちわびるのでした。