人類が初めて月に着陸してから数千年後の遙かな未来。
地球人類は遥か彼方の多数の惑星にまで進出し空前の繁栄を手にしていました。
しかし、宇宙全体を巻き込んだ史上最大の戦争“近地球大戦”が勃発。
大戦の影響で一時的に孤立した辺境区の
アレイダ宙域は周辺の複数の国や勢力の復興への様々な思惑が蠢いていました。
アレイダには大戦前の科学技術の産物
『ロストテクノロジー(失われた技術)』が各地に遺されていました。
CY(宇宙植民歴)3901年——
移民としてアレイダにやって来た異端者達は、
宇宙ステーションのテロ騒ぎ の後、
アルファに導かれて
惑星ヴェイスⅡに降り立ちました。
アレイダでも更に最辺境である惑星ヴェイスⅡは、三大勢力が拠点を構えてロステクを求めて争い、抗争を繰り広げる混沌の地でした。
そんな状況の中、強大なロストテクノロジーである”データベース”の在り処の鍵を握る少女——
クレア・ブライトハートを巡って三大勢力の争いが激化しました。
郊外と宇宙空間で独自の部隊を構えて勢力を伸ばすネトヘス義賊団。
社会の裏舞台でスラム街の地下組織と繋がり暗躍するペンタクラン・ファミリー。
科学技術で都市部のほぼ全てのシステムを抑えるフォーチュン・マキシマ社。
そしてどの勢力にも属さない無所属。
それぞれの異端者たちの活躍により、”データベース”を狙って侵攻して来た元『ランカー』の管理官レヴナント・カプラーの軍勢をどうにか撃退することができました。
”データベース”はクレアによって封印され、ヴェイスIIは元の遺跡に眠る未発見のロステクを求める人々が賑わう日々を取り戻すかと思われました。
ですがその混乱の中でヴェイスIIではペンタクラン・ファミリーが引き起こしたクーデター、その反発からのカウンタークーデターによって、これまでの体制を失いました。
そして選挙によって新たにヴェイスIIの知事が選ばれることになりました。
”データベース”や一連の騒動は周辺の他国の関心や思惑を集めるきっかけとなり、早急にヴェイスIIを代表して他国との色々な交渉を行うための代表者を選ぶ必要がありました。
ヴェイスIIの知事と言っても実質は各勢力との調整を行いながら各方面の改革を継続する役目のため、特別な資格は必要ありません。
そのため続々と我こそはと思う人が立候補に名乗りを上げました。
サミー・ゲルサー元知事もちゃっかり立候補をしていました。
「私自身は基本的には何もしません。各部門の議員に任せてやりたいようにやってもらいます」
無責任に見える元知事ですが、狡猾なヴェイスIIの人々の気質をよく理解していて一定の根強い支援者が居ます。
知事選挙は新たなヴェイスIIとしてスタートすることへの大規模なお祝いとお祭りごととなりそうでした。
もちろん投票は厳正に行われなければなりません。そのため各勢力が協力して体制が整えられました。
これまでの知事選挙との大きな違いは周辺の国から注目されているということでした。
ヴェイスIIという星の存在が広まって新たに多くの移民がやって来る事が予測されました。
各候補者の応援演説や、選挙に行こうキャンペーンのコンサートやイベントが盛大に行われることになっています。
熱心なファンによって国民的アイドルである”楽園の歌姫”
アル・カナを新知事にしようという動きもありました。
アル・カナも多くの市民に選挙に参加してもらうためにと候補者になることを引き受けました。
「今度こそクレアさんと一緒にステージを盛り上げましょう!」
もちろんフォーチュン・マキシマ社が社運をかけてバックアップをすることが決定しています。
周囲から強く推薦された候補は他にも居ました。
無所属として地道にスラム街の人々を支援してきた
ライデル元議員や、”テロに負けずにチャリティーコンサートを行った”廃教会の
フラヴィ・ロートネルも新知事候補に並べられました。
フラヴィはパニックになりました。
「ひええ!? わ、わたしが知事ですってぇ? 絶対無理無理無理っ!」
「あ、推薦人として俺と海龍が登録すませておいたから」
廃教会で活動を共にしてきた惑星なき医師団の
セージに爽やかにそう言われてフラヴィはへなへなと座り込みました。
「私たちと一緒にスラム街の人々の声を政府に届けましょう」
ライデル元議員に説得されてもフラヴィはなかなか決心がつきませんでした。
ですが廃教会を建て直すための費用が必要であり、様々な争いごとで孤児の人数が膨らんでいました。
そのため今後の寄付を搔き集めるためのアピールになるならと引き受けることにしました。
一方で、ヴェイスIIに残る者と、他の星へ旅立つ者、それぞれがお別れ会としてのひと時を楽しむ場にもなりました。
防人 天音も強引な手法でアレイダのロステクを支配しようとしていた『ランカー』を立て直すためにも近地球圏へ戻る必要がありました。
「色々なことがあったけれど、アレイダの現実を中央に届けられるようにします」
「クレアはこれからどうする?」
クレアがヴェイスIIに来た時から見守ってきた
李 海龍は尋ねました。
海龍に聞かれてクレアは少し考え込み、答えました。
「まずはお世話になった方々に会ってお礼が言いたいのです。
後のことはそれから考えます」
「新たな歴史を刻むために投票に参加しましょう!」
アル・カナが大型コンサート会場で知事選の告知を行うのでした。
■□■
そんな知事選の選挙の最中——
各勢力に向けて突然ある動画のメッセージが送られました。
『えーっと、このメッセージを聞いている人がいると言うことは、少なくともヴェイスIIが大きな危機を回避できたってことかな』
メッセージは
共感者イハーヴからのものでした。
イハーヴが想定していた「重大な局面」を回避した時点で自動的に発信されるようになっていたようでした。
いかにも古い映像っぽく加工したビデオメッセージの中でイハーヴは語り始めました。
『良かった良かった。異端者の方々はやってくれると思ってました。
実は、”ヴェイスIIに祝福を与えた者”へのちょっとしたプレゼントを用意しておいたんだ』
撮影場所は『イハーヴの店』の中らしく、画面に“語り継がれるロステクのありか”と言うタイトルが現れました。
『実は地上と宇宙にそれぞれ一つずつ“あるロステクの欠片”を保管しているんだ。それを両方見つけられると……』
イハーヴはひと組のカードを取り出しました。トランプのように見えますが、絵柄は三大勢力のエンブレムと、何もない真っ白なカードの四つでした。
それをカードをよく切ると一つにまとめます。そしてその手を開くとカードが消えて虹色のハトが飛び立ちました。
『ヴェイスIIに大いなる幸福が訪れます。
俺からの最後のおもてなし。気が向いた奴だけ宝探ししてくれれば良いよ。あ、でもみんな仲良くね。じゃあね』
メッセージはそこで終わりでした。
「……おもてなしって、なんか嘘くさい」
「でももしも本当であればヴェイスIIの利益になるのでは」
「素直に渡してくれれば良いのに、なんでここで新たな火種を投下してくるかな」
異端者からも半信半疑の反応です。
ですが今やヴェイスIIの周辺の国や政府が注目しているため、イハーヴが遺したロステクに興味を持つ者は少なくありませんでした。
思わぬ展開にアルファも苦笑しています。
「イハーヴらしいですね。危険はなさそうです。
それだけ彼なりにヴェイスIIと異端者のことが気に入っていたのでしょう」
ネトヘス義賊団の団長
ジョージ・クライスベルドが腹を括りました。
「決まっているだろう!
他所者にヴェイスIIのお宝を渡すわけには行かない。
必ず二つとも我がネトヘスが確保するぞ!」
副団長の
ユカ・ワトサップは呆れ顔です。
「もう争い事はまっぴらです。私は選挙のイベントの警備に専念します」
フォーチュン・マキシマ社のロストテクノロジー研究所の主任
リンシー・キャンベルはその気になっています。
「嘘でもなんでもなんだって良いわ。ロステクなら当然探すわよ
手にいれるためなら誰とでも協力するわ!」
「……やれやれ、イハーヴという男は面倒なやつだな。
この広い宇宙とヴェイスIIのどこを探せと言うんだ」
フォーチュン・マキシマ社ヴェイスII支社長の
ウォルター・ゴールドスミスは深くため息をつきました。
ペンタクラン・ファミリーのヴェイスII支部の元幹部であった
ヴォルグ・ジボアールと
カミラ・ジボアールも強く興味を抱いたようでした。
「こりゃ一一発逆転のチャンスかな?」
「若、ここはペンタクラン・ファミリーの誇りにかけて正当な手段で“ヴェイスIIに祝福を与えた者”を獲得するべきです」
「まあもう俺たちは幹部でもなんでもないんだ。気楽にやろうぜぇ」
ヴォルグはニヤニヤしています。
各組織のリーダーもこのロステクが組織の利益になるかは不明だとしつつも、
所属員に争奪戦への参加を募りました。
……そう、これは“名誉だけの戦い”なのでした。