“幻想の世界”アルテラ。
『世界を変えた』王剣戦争の終結から月日が流れ、“魔法”がありふれた力となりつつある時代。
かつては才能を持つ者しかなりえなかった「魔法使い」や「魔導騎士」も、
素質がなかったとしても努力次第で手が届き得るようになりました。
しかし世界の変化――“理”の守護者たる元素の王と魔女の喪失を認識している者は、未だそう多くありませんでした。
『魔法は特別なもの。魔導騎士は元素に選ばれし者』
という長年人々に染み付いていた固定観念は、そう簡単には変わりません。
自らを特別だと思い込み、調子に乗った結果痛い現実に直面し、打ちひしがれる者。
挫折を味わうことなく「思っていたより大したことない」と先人を軽視し、増長し続ける者。
“新世代”の台頭を危惧し、旧来の魔法の価値を守ろうとする“旧世代”の魔法使い。
“旧世代”を一掃すべく、太古の知恵と道具――“鋼”を求める探究者。
そういった人々の間で、変化を知る者たちは『世界の調和』に向け、各々できることを為そうとしています。
『この世界に生きる人々が種族の垣根を超えて手を取り合い、共に自分たちの世界を拓いていく』
ある一人の少女が抱いた理想を目指して。
今回の物語は、そんな“変化の時代”の中での一幕です。
■ □ ■
――神聖エテルナ帝国、帝都ノウス・テンプルム。行政区、帝立魔導学園。
「はぁっ!」
学園の修練場で剣を打ち合う二人の白い人影がありました。
「また腕を上げたわね、フィー」
「お姉ちゃんを守れるようになるのがフィーの目標だからねっ!」
一人は皇女であり、神聖騎士のメリシアーナ――
メリッサ。
もう一人は魔導学園の生徒で、神聖騎士見習いでもある
フィーナ。
フィーナは授業が終わった後、時折メリッサから直々に剣の稽古をつけてもらっていました。
メリッサの方も、彼女を自身の後継者として期待しています。
そこへ、
「やっほー、フィー。今日もちっこくて可愛いねー」
「もう、子供扱いしないでよっ!」
ショートカットの、ボーイッシュな青い少女がフィーナの後ろから抱きつきます。
「どうも、メリッサ様。一人の生徒だけを贔屓するなんて頂けないなー……なんてね。
神聖騎士見習いで傍付き。学校とは別だってことはちゃんと理解してますよ」
「あなたはリリアナ、だったかしら? コルリス王国からの交換留学生の」
「
リルでいいですよ。
あ、そうだ! メリッサ様、せっかくですから僕と手合わせしてくれませんか?」
「お姉ちゃん。リルリル、フィーと同じくらい強いんだよ」
メリッサは承諾し、リルが双剣を構えました。
「“性質”を使わせたら僕の勝ち、でいいですかね?」
「ええ。いつでもいいわよ」
リリアナが付加魔法で水を纏い、流れるような動きでメリッサの背後に回り込みます。
そこから双剣同士数度打ち合い、最終的にメリッサは性質を呼び起こすことなくリルを制しましたが……。
(少しずつ速くしたけど、フィーより長くついてくるなんて。
コルリス流剣技の蒼の型を軸にしたこの動き……)
メリッサにはリルがまだ本気でないように感じられました。
リルの戦い方には既視感がありましたが、今はまだ直接聞くべきでないと本能的に判断します。
「やっぱ強いね、さすが帝国最強の神聖騎士。
応じてくれてありがとうございました。……あっ!」
リルが思い出したかのように目を開きました。
「そうだ。メリッサ様。少し相談したいことがあるんですが」
学園の生徒たちが“本物”を知りがっている、と彼女は言いました。
「
メリッサ様と一緒に『王剣戦争』を戦い抜いた人たちが本当に凄いのか、知りたいって子が結構いてさ。
僕もその一人なわけだけど。
無理なお願いだとは思いますが、その人たちを臨時教官として連れてきてくれませんか?」
単に教官として指導してもらうというよりも、命のやり取りや挫折を知らない“新世代”を分からせてやって欲しい、
そんな意図があるようでした。
メリッサは逡巡し、答えます。
「一応伝手はあるわ。どのくらい来てくれるか分からないから、あまり期待はしないでね」
この機会にと、メリッサはかつての戦友――ワールドホライゾンの特異者に声を掛けることにしました。
■ □ ■
――神聖エテルナ帝国、帝都ノウス・テンプルム。研究区、魔導研究所。
「久しぶりさね、リン。元気そうで何よりだよ」
「ベルはすっかり学者さん、って感じだね」
所長の
ベルナデッタに呼ばれ、
リンシアは魔導研究所まで足を運びました。
「あれ、あそこにいるのって
北の遺跡にいたゴーレムじゃん!」
「成り行きで来ちまったもんだから、今は助手として雑用してもらってるさね。
フェルム、リンシアに茶と菓子を出してやってくれ」
『承知』
さすがにデスナイトはどうかと思ったのか、ベルナデッタから新しい名を与えられたようです。
「で、早速本題だ。
ローランド、と言ったか。異なる歴史を辿ったこの世界の別の可能性。耳には入っているさね。
あっちの世界の魔導具やその類のものをアタシに見せて欲しい」
“鋼の時代”の遺物を研究しているベルナデッタは、何か類似するものがないか気になっているようでした。
ローランドが「自力で魔法が使えない代わりに魔導具が発達している」こともホライゾンから聞いたようです。
「ミリア――魔王を自称する下着女の件から、何かしらこちらにも影響があると思ったのさ。
まぁ、無理のない範囲で頼むさね」
■ □ ■
――リヴァージュ共和国領東部、ハレノ赤鉱。
「この鉱山か。
ハダルと
リーらしいヤツが目撃されたってのは」
「
昔、『赤い竜が出た』っていう曰くつきの場所よ。
……辺境警備隊が鉱山分捕ろうとしたから、帝国の人間としてはあまり近寄りたくないところだけど」
ヤンと
アネットは、未だどこかに潜伏して悪巧みをしているであろうハダルとリーを追っていました。
鉱山の奥へと進んでいった黒山羊のセリアンと、外套を纏いフードを目深に被って姿が一切分からない人物。
目撃情報から、アネットはリーとハダルだろうと判断しました。
「で、そいつらってそんな強ぇのか? ハダルってのは竜の末裔だか何だかみてぇだが」
「竜ねぇ。
前は死んでたし、生きた竜族なら楽しみねぇ~」
二人は冒険者組合から紹介された
ファビアンと
アウローラを雇っていました。
彼らは凄腕の傭兵として名を馳せていますが、アネットは
何年も前にアウローラに会ったことがあります。
「それにしても、あの時の子がこんな凛々しくなるなんて。いいわぁ」
身の危険を感じ、なるべく近づかないようにします。
「まぁ、それはいいとして……さっきからじろじろ見てるのは誰かしら――ねぇ!」
視線を感じたアウローラが大剣を投げつけ、自らもそれを追いかけます。
「馬鹿な、私の術ぐぶぅあ……!」
「ねーねー、これがリーってのでいいのかしらぁ?」
「まだ殺すんじゃねぇ。ハダルってヤツのことを吐かせる」
アネットとヤンが呆気に取られている間に、リーが拘束されました。
「くっ、人間と薄汚い魔人風情が!
ですが……ふふふ、私とハダル様だけだと思っているなら甘いですよ」
直後、凄まじい衝撃と共に、巨大な鉄槌を引きずった髭面の男が現れました。
「我らドワーフ族の繁栄のために。一なる魔法が必要なのじゃ」
「何吹き込まれたか知らんが、あんたはハダルに騙されてる!」
ヤンが訴えかけますが、ドワーフは聞く耳を持たず。
戦いは避けられなさそうです。
「はいはい逃げないの。ファービー君、ちょっと外の町出て応援呼んできてー。
このヤギさんは押さえとくけど、あの二人じゃちょっとドワーフさん手に負えなさそうだからぁ」