――フェイトスター・アカデミー。
今日もアイドル達は、芸能活動に異世界冒険にと大忙しです。
例年に比べどちらかといえば平和に春を迎えられた今年は、
久しぶりに普通の学校行事を行うことが出来ると教師陣や生徒たちは胸を躍らせていました。
その一つが、生徒主導で企画が行われる
社会科見学です。
◇◆◇
とあるビルのエントランスに集合したフェスタのアイドルたち。
この春からフェスタに入学した初々しい新入生たちに混じって、
大葉 よもぎもきょろきょろとあちこち見回しながら目を輝かせていました。
「
フェス乳業の見学ができるなんて、感激です……!
フェスアイスは“食神都市”オーサカでもよく物議を醸しているんですよ、いろいろと!」
「あは、喜んでもらえたなら何より。頑張って内定とって社会科見学の企画も進めた甲斐あるよ」
普段は学校行事に意欲が無い
早見迅ですが、今日ばかりは生き生きしています。
それもそのはず、フェスアイスの大ファンである彼は看板アイドルとしてフェス乳業と正式に契約し
社員同等の待遇を受けられるようになっていたのでした。
「じゃ、この奥のホールで社員さんがまず話をしてくれることになってるから。
新入生のみんなも、二列になって順番に――」
そう呼びかけながらホールの重い扉を開けた迅は、中の光景を見て言葉を失いました。
出迎えてくれるはずだったフェス乳業の社員たちが無残にも死屍累々と倒れ伏していたのです。
「忌まわしき
『革新派』め、最期に言い残したことはあるか!」
「それでも……それでも
フェスアイス【わさビネガー味】は、
私が奏でた最高傑作≪マスターピース≫……ぐあああ!」
悔しげに涙を流す白衣の社員は、言い終わる前に口に何かを突っ込まれて意識を失ってしまいました。
顔を青くしたよもぎが「バニラ味……!」と呟きます。
なんと、失神した男の口に突っ込まれていたのはバニラ味のフェスアイス。
彼らを襲っていたのも同じフェス乳業の社員証を付けた社員たちだったのです。
「キミ達……
『王道派』の社員だよね。なにごと?」
迅は平静を装っていますが、多くのフェス乳業の社員の命が危険に晒されている現場、
自分自身も新入生を多数引き連れている状況に焦っているようでした。
『王道派』と呼ばれた社員たちはフェスタ生たちを取り囲むように詰め寄ります。
「お前達も狂った味のアイスを愛好しているのか?
いい加減に目を覚ませ、正しいアイスを後世に伝えるために!」
「……んあ!? 何だこれ!?」
列の後ろで同じく新入生を引率していた
桐島泰河はただただ呆気に取られていました。
◇◆◇
一方、フェス乳業本社ではなく少し離れた場所にある工場の見学を希望したグループは
巨大なマシンが並ぶアイスの製造ラインを和気あいあいと見て回っていました。
「おー、すげえ! でかい、広い! ここでフェスアイスが作られてるんだな!」
「工場のおっきい機械って、それだけで何だかロマンがあるよねっ!
えっと、あっちが【サンマプリン味】、こっちが新作の【クッキー&クリーム味】を作っ……」
初めての工場見学にはしゃいでいた
火野アラタと
神谷春人は
同時にぴたりと足を止め、目の前で起こっている光景に目を丸くしました。
『ガガ……ギギ……排除命令……目標、サンマプリン……』
なんと、先程まで【クッキー&クリーム味】のアイスを製造していたはずの機械が変形して組み上がり、
巨大な重機のような姿に変わったのです。
そしてフェスアイスを超高速で連射して【サンマプリン味】を作っている製造ラインを攻撃し始めました。
慌てて追いついてきた
橘駿がドン引きしている春人の肩を叩きます。
「まずいぞ春人、このままでは【サンマプリン味】が生産中止になってしまう。
それに向こうにいた工場の作業員たちも危険だ」
「いやサンマプリンは結構どうでもいいけど、こんなのに暴れられると普通にやばいよ!
新入生のみんなはボクと駿くんの後ろに下がって! アラタくんも!」
「待ってくれ! この動き、この癖のあるエンジン音……間違いない、ドクのカスタマイズだ!」
ドクこと
ドクタークルークといえばアラタのDマテリアルもよくメンテナンスしている、
ディスカディア出身の腕利きメカニックです。
なぜ彼が人に害をなすメカなどを手掛けることになったのか――
超高速フェスアイス製造マシーンと化したそれはアラタの声に応えることは無く、無機質な機械音声を響かせるのでした。
『ガガ……排除、目標……“ナガレユクモノ”……』
◇◆◇
――フェス乳業本社のどこか。
引率補助という名目で同行していた
マナPは、
どさくさに紛れて騒動の起きているホールを離れ社内を一人で歩いていました。
「ただの『勝手にやってろ♪』案件かと思いましたが。
この騒動、何か気持ち悪いというか、違和感が……」
彼女がグランスタの総裁をしていた頃からフェス乳業の派閥争いについては業界では有名でしたが、
何より腕利きのフェス乳業の社長が社内の均衡を保っていました。
ところが、社会科見学の日だというのに社長の姿がどこにも見えないのです。
(そういえば、ホールにいたあの社員さん……)
「気になるの?」
「んー。ちょっと昔の知り合いに似てたように思ったんですけど、気のせいね。
だって何万年も前に生きてた人間ですよ。そんなのとっくにみんな死んじゃって――
あら? 私、今誰と話して……」
マナPはきょろきょろと辺りを見回し、スッと真顔になります。
やはり人智を超えた、あるいは神の一柱である自身の理解すらを超えた“何か”が動いていることは確かだと、
彼女の中で確信に変わったのでした。