大地母神キュベレーによって創造されたという
相克(そうこく)の世界
テルス。
過酷な環境にある小惑星群「ワラセア」に興った
グランディレクタ共和国が、
魔力豊かな惑星「スフィア」を支配する
ラディア連合王国へ侵攻した戦争は休戦を迎えました。
しかし、今度はラディア連合王国内に、
強硬派の対冥王軍組織
“アディス・カウンター”とそのやり方に異を唱えた
“プリテンダー”という
2つの勢力が誕生し、対立を深めていましたが、
“アディス・カウンター”の指導者が冥王六欲天だと分かり、
女王エクセリア・ラディアの後ろ盾を得た“プリテンダー”が勝利を収め、
ラディア連合王国の内戦は集結しました。
ところが今度は、ワラセアにある6つの「諸島(ベンセレム)」のうち、
グランディレクタ共和国を除く5つのベンセレムが同盟を組み、
ラディア連合王国への侵攻を理由に、グランディレクタ共和国へ宣戦布告を行った動乱も、
両者痛み分けという形で一応の終結を見たのでした。
■□■
――バルティカ公国、第二公都シディール近郊
バルティカ公国は、南に海を、北に4000メートル級の連峰を頂く、南北に長い熱帯雨林の国です。
年間を通じて高温で、王女
マルグリット・バルティカの正装を見れば分かるように、男女とも風通しの良い服装を好みます。
バルティカ公国の最も奥まった位置にある
第二公都シディールは、雲海を裾野に従える山岳城塞都市として知られています。
連峰を背後に従える堅牢な要害であり、現在はバルティカ本土を支配する冥王軍の本拠地として絶対の防御力を誇っていました。
今やバルティカ公国の正規軍とも呼ぶべき
ダリオ・セルゴール議長派軍は、ラディア連合王国軍と共同戦線を組んでバルティカ本土奪還戦を仕掛けていました。
既に沿岸部から
第一公都バルティシオまでの奪還に成功しており、現在はシディールの喉元に喰らい付く位置にまで進撃を終えていました。
ところが、最後の段になって両軍による奪還戦は暗礁に乗り上げました。
シディールは難攻不落を誇る天然の要塞で、守るに易し、攻めるに難しをそのまま具現化したかのような鉄壁の守りを見せています。
第七魔閃砲のような絶対的な破壊兵器は設置されていないものの、無数のメガフォースキャノンクラスの砲台があらゆる角度に砲門を向けており、更に巨大オーク兵
冥獣機兵と要塞型生物
スカイフォートを召喚する
冥獣起門の存在も確認されていました。
加えて、シディール周辺ではメタルキャヴァルリィとエアロシップの主動力である魔力ドライブ炉に激しく干渉する
魔障波が上空にまで層を形成しており、
シディールを中心とした半径十数キロメートル圏内では、これらの兵器と搭載している兵装は、僚機を含めて空中に於いては本来の性能を完全に発揮することが出来ません。
バルティカ公国製のメタルキャヴァルリィとエアロシップは、冥王大戦時代の遺跡から発見された対魔障波防護装置を搭載していますが、この装置は簡単に複製出来るものではなく、連合王国軍に貸与出来る数も少数に限られていました。
キャヴァルリィは魔障波の影響を受けませんが、そもそも絶対数が多くありません。
しかしながら地上付近では魔障波の影響は極端に低くなることから、メタルキャヴァルリィで編成される大規模な地上部隊が上空のエアロシップ艦隊と並行して、シディールへの進軍を検討していました。
シディール周辺ではなだらかな傾斜面に深い森林が広がっており、視界の利かない局地戦が予測されます。対魔障波防護装置を搭載する議長派軍は空中戦に多くの戦力を割かなければならない為、必然的に地上進軍は地理に疎い連合王国軍が担当しなければなりませんでした。
この圧倒的不利な状況を打破しなければ奪還作戦は成功しないのですが、しかし冥王軍側でも何やらひと悶着起こっている様子でした。
シディールの真下に、キャヴァルリィが飛び回ることが出来る程の広大な地下空間が広がっていました。メタルキャヴァルリィの製造工場跡です。
そこに、
冥王六欲天のひとりである
第六天“ガンデッサ”が、1メートル四方の金属製の物体を手にして、考え込む仕草を見せています。
ガンデッサは、実はキャヴァルリィに直接憑依している珍しいタイプの六欲天でした。
そのガンデッサの後方に、別の巨大な影が音を立てて姿を現しました。
第五天が操るキャヴァルリィ・スキアヴォーナが、警戒に満ちた様子でガンデッサの背後を取った、という表現が正しいようにも思われました。
「第六天……貴様、冥王様を裏切るつもりか」
絞り出すような第五天の詰問の声に、ガンデッサは小さく肩を竦めながら振り返ります。直接憑依しているからこそ、人間臭い仕草をキャヴァルリィが行っています。
手にしていた謎の金属体は、いつの間にか消えていました。
『そいつぁ、いいがかりってもんだ。もう少し穏便に、六欲天を卒業、っていって欲しいねぇ』
第五天はキャヴァルリィを軽く操作して戦闘態勢を取りました。しかしガンデッサはわざとらしく、やれやれとかぶりを振るばかりです。
「やっと貴様の魂胆が読めた。第七魔閃砲を無駄に乱射させたのは魔極起門を暴走させ、その力を貴様が奪い、キャヴァルリィとしての肉体内に取り込む為……よもやそれで、冥王様に反逆を企てる気かッ!」
『おいおい、もしかして羨ましいのか? お前さんの推理は確かに的中だ。魔極起門を取り込んだお陰で、俺はもう冥王の指図は受け無くなった。おまけにこの力は、冥王の圧力にも屈しねぇ。まぁ五分五分とまではいかねぇが、冥王もこの俺にうっかり手出し出来なくなったのは間違いねぇだろうな』
最早、冥王に対する敬意も畏れも一切捨てて、ガンデッサは堂々と六欲天脱退を宣言しました。
第五天は、今にも斬りかかろうとする態勢を見せています。ところがその時、議長派軍と連合王国軍の共同戦線がシディールに一斉突撃を仕掛けてきたことを知らせる警鐘が、盛大に鳴り響きました。
こうなると、流石の第五天もガンデッサだけを相手に廻している訳にはいかなくなります。
するとガンデッサは、悔し気に悪態をつく第五天に対し、意外にも協力してやろうと申し出たのです。
『俺はスフィアなんぞに興味はなくてね。今後はワラセアで好き勝手やるつもりさ。しかしあっちにはあっちで人間共がのさばってやがる。ここはひとつガンデッサさんのお引越し記念ってことで、ガツンと一発かましてやろうと思うんだよねぇ。そこで土産話として二つばかり、面白い事を教えてやろう。一つは、
連合王国の傭兵が持ってる冥王の力だが、あれ、俺らでも視界に入るか、力を感じれば機体ごと操って他の傭兵の機体に感染させられるみたいだぜ。もう一つは、
第四天が囲っていた姫サマだが、ありゃぁいい女だ。この二つのうち一つでも手に入れられれば、新たな冥王になれるかもしれねぇぜ?』
「何をふざけたことを……!」
その直後、ガンデッサの背後に15メートル級の大型冥獣機兵が三体、滲み出るようにして地下空間内に姿を現しました。
ダーメウ、バンナ、ジオノンテと名付けられた三体の大型冥獣機兵は、まるで知性があるかのように、不気味な笑みを浮かべています。
第五天は忌々しいといわんばかりの勢いで踵を返し、シディール上空に
1000メートル級の超巨大スカイフォートを出現させました。エアロシップ勢力を撃破する為の旗艦として、自らが乗り込むようです。
一方、シディールを望む麓の森林地帯では、議長派軍と連合王国軍が一斉に艦隊突入を開始していました。
議長派軍の総司令官
ジェスロイ・アモン元帥が、魔障波が一時的に衰える時間帯を計算し、その数少ないチャンスを狙って全軍に突入を命じたのです。
通常の魔障波であればメタルキャヴァルリィやエアロシップの機体や兵装、僚機の性能が60%程度まで落ち込むのですが、この時間帯ならば80%程度の性能減退で済むというのです。そしてシディールの城壁内には対魔障波防護装置が設置されている為、街中に突入出来さえすれば、互角に戦えるということが分かっています。
兎に角問題は、シディールへの突入までにどれ程の兵力を温存出来るか──勝負の鍵は、その一点にかかっているといっても過言ではありません。
迅速な突破戦を成功させる為にも、両軍は一気呵成の突入作戦に全てを賭けるしかありませんでした。
と、その時、冥獣起門から恐ろしく巨大な物体が姿を現しました。どう見てもそれはスカイフォートなのですが、そのサイズは尋常ではありません。恐らく1000メートルはあるでしょう。
議長派軍と連合王国軍の双方に、緊張が張りつめました。
「アモン元帥、あのスカイフォートのデータはありますか!?」
「いや、初めて見るタイプですな」
バトルシップ級エアロシップを駆る
宰相ナティスの質問に、ジェスロイ・アモン元帥はかぶりを横に振ります。
『やぁ諸君。ひとつ紹介させて貰おうか』
共通無線チャネルに、耳障りな機械音声が強引に割り込んできました。
いうまでもなく、ガンデッサです。
『彼女はミセス・フューリー。名前の通り常に怒り狂ってるから、おっかねぇぞぉ。しかも全身は冷気と完全真空のふたつの空間層で防護されてるときた。実体弾は片っ端から凍り付くし、エネルギー弾は超電導で屈折しちまう。上手く攻めねぇと、お前さん達全員あっという間に捻り潰されるぜぇ』
ミセス・フューリーと呼ばれる超巨大スカイフォートの周辺には、400メートル級や100メートル級のスカイフォートの一群が展開しています。
「姫様」
「分かっておりますわ。ここで退くわけにはまいりません。わたくしも偵察を行い、自身で戦況は把握しておりますわ。アモン元帥麾下のエアロシップ艦隊はスカイフォートに、バルティカ公国軍のメタルキャヴァルリィ隊は冥獣機兵に当たってください」
「姫さん、俺たちはどうするんだぜい?」
「決まっておりますわ。ガンデッサとミセス・フューリーをお願いいたしますわ」
「気楽に言ってくれるぜい。でも、元よりそのつもりなんで承知したぜい!」
ダリオ・セルゴール公国議会議長の言葉に、バルティカ公国の生き残りとして象徴になることを決めたマルグリットが、バルティカ公国正規軍に号令を飛ばします。
続く
“女好きの掃除屋”ロメオの言葉に、マルグリットは嫣然と微笑むと、ガンデッサ討伐を指示するのでした。
かくして、バルティカ奪還の最終決戦の火蓋が、ここに切って落とされたのです。