“神判の世界”セフィロト。
アダムカドモンを巡る戦い、そして流血帝国との激しい戦いが終結してから数年。
アダムカドモン不在という不安を残しながらも、平穏な日々が流れていたセフィロトで、
新たな事件が発生しました。
セフィロト協会による統治が行き届かない辺境では、未だ強大な力を持っている吸血鬼。
それが次々と姿を消す事件が各地で発生し、治世的な部分の多くを吸血鬼に任せていた多くの都市は混乱に陥ったのです。
そんな中、流血帝国の残党と戦っていたサキとクドラクは瀕死の吸血騎士アインズと出会ったのでした。
※詳しくはクエスト「叛逆騎士との邂逅」を参照ください。
また、アーキタイプで眠りから覚めた、界霊をその体に宿した少女セラフィは、
自身の身体にまつわるあることを察知し、セフィロトへと向かいます。
二つの事件それぞれが絡み合い、事態は物質界だけでなく、
天界や魔界をも巻き込む大事件へと発展していこうとしていたのです――。
■ □ ■
セフィロト、イーストキャピタルからはるか遙か西。
旧流血帝国領にある都市プレトレット。
この都市を治めていた領主の吸血鬼もまた、姿を消しており住人たちは不安に駆られていました。
そんなプレトレットに建てられた来客用の小さな屋敷の中で、サキとクドラクは、
遠く海洋に浮かぶ島から遁走してきたアインズを囲んで立っているのでした。
「それで、さっき言いかけたことって何?」
「統血帝国、とかって言ってたよな」
サキ、そしてクドラクは貸してもらったベットに横たわるアインズに声をかけました。
アインズは首だけを起こし目を開きました。
「はい。改めて少しだけ。
統血帝国はこの町のさらに南に浮かぶ島、
【ブラッド・トゥ・スカァブ】に存在する吸血鬼の組織です。
“アルヴィーオ”と呼ばれる吸血鬼が筆頭となり、別の名称で行動していたのですが、近ごろ様子がおかしくなり、
突如として吸血鬼が吸血鬼を吸血する禁忌を犯し始めただけでなく、吸血鬼の数が足りなくなると、
周辺の街にいる関係のない吸血鬼まで襲い始めたのです」
「吸血鬼による吸血鬼への吸血。……俺が封じられる前に似たようなことを聞いたことがある。
確か……
【共吸血】ってやつだったか……?
聞いた話じゃ
吸血された側の命と引き換えに強力な力を得る行為らしい。
個体差によっては吸血した側が死ぬことがあることもあり、古くからの禁忌とされているらしいがな」
クドラクの言葉にアインズは頷きました。
「恥ずかしながら私もつい最近まで知りませんでした。
個体数が減少している吸血鬼にとって共吸血はまさに種の命を縮める行為。
アルヴィーオ様にそう進言したのですが、結果はこの通り。
挙句私自身も共吸血されそうになる始末です」
「変貌した組織のボスに、共吸血、そして仲間の誘拐。わからないことだらけだけど、
不確かな情報ばかりじゃ推測すらもできないわ。
とりあえず、その【ブラッド・トゥ・スカァブ】とやらに行ってみるしかなさそうね」
「だな。さして興味があるわけじゃないが、仲間が共食いしてるってのは気分がいいもんじゃない。
サキ、行くぞ」
クドラクは聞きたいことは聞いたとばかりに部屋を後にし、サキもそれに続きました。
「待ってください……あと一つだけ、伝えなければならないことが……」
そんなサキの後ろ姿にアインズが声をかけます。
「
【ブラッド・トゥ・スカァブ】には特殊な紅い結界が張られています……
結界は低位の魔族や魔族以外の生き物の生命力を吸収し、高位の魔族に力を与える効果を持っているようです。
通常の吸血鬼ならともかく、アルヴィーオに挑む時、この結界の効果を受けたままで勝つのは絶望的でしょう
そして私がここに逃れたことは統血帝国も把握している以上……いつ追手が来てもおかしくありません。
もし、それでも島へ行って頂けるのであれば、
私が使った船がこの町の近くにある海岸に隠してあります。
それを使えば島へ到着することが……」
―――ドゴンッ!!
アインズがそこまで話したとき、外から何かがぶつかるような音が聞こえてきました。
「サキッ!!!」
それと同時に、クドラクがサキを呼ぶ声。
外に出たサキが見たものは、アインズの休んでいる建物へと進んでくる、吸血騎士たちの姿でした。
■ □ ■
それと時を同じくして、ブラッド・トゥ・スカァブ付近の海上。
そこにゲートが開き、小舟が出現しました。
「まさか、ここまで正確に移動できるとはねぇ……興奮するねぇ!」
小舟に乗っていたのは、現在はホライゾンに所属するアザゼルこと椚狂介。
そして白髪の少女セラフィとその武器になっているジストレスでした。
「ジス。本当にこの先の島に
“私にジスを寄生させた人”がいるの?」
(ああ。間違いねぇ、あのクソ野郎の匂いはどうあっても忘れない。まるでこの世界の者とは思えねぇような匂いだったからな)
彼女たちが上陸した島の先には、
赤い霧に包まれた空間が広がっていました
~ ~ ~
――トリシューラによって明夜が倒れる少し前、
ワールドホライゾンに滞在していたセラフィと相棒であるジストレスは、
セフィロトに“かつて自分を改造した人の気配”を察知したのです。
「セフィロトに行くの? だったら彼が……」
その晩相談を受けた明夜、クロニカが示したのが、かつてセフィロトで魔人教団として活動しその身に悪魔を宿している狂介でした。
狂介はセラフィの感知した状況を元に、
ホライゾンからこの海上までボートを転移させたのでした。
「確かに、君が封印された時代から長い時間を生きているんだとしたら、悪魔が絡んでいる可能性が高い。
その案内役としては悪魔とも少なからず親交のある僕が適任だろうねえ」
(少なからずって今も俺はいるぞ。
まあ、異論もないがな。)
と狂介に憑依した悪魔アザゼルが少し楽し気に呟きます。
「ああ、そうするさ。
高度な人体改造、強制冬眠、そしてオーパーツを使ったとはいえ、
界霊さえ御するその力は、使う使わないを問わず知っておく必要がある。
危険な物であれば封印しなければならないしね。そんな力を持った奴がこの先に潜んでいると思うと……あぁ興奮するねぇ!!
で、セラフィ、なんか雰囲気が変わってるねえ……?」
アーキタイプやワールドホライゾンにいたころとは違う服装を見て狂介がそう問いかけます。
「転移と同時にこの辺りに漂っている力を吸収してみた。
まさかアバターにまで昇華するとは思ってなかったがな」
「アーキタイプやホライゾンではあまり意識しなかったけど、
やっぱりそれぞれの世界のアバターだと動きやすさが違いますね。
……服や武器の形が変わったのは驚きましたが」
セラフィは背中に背負ったジストレスが変化した大剣を軽く振るいます。
「見た目と感じる雰囲気から、おそらく
アバターとしては半吸血鬼だろうね。
君は元々筋力があるからあまり変わらないかもしれないけど」
「確かに、ちょっと血を飲んでみたい気もします。
狂介さん、少しいただいてもいいですか?」
「いいともいいとも!
致死量を超えてもいいから、
好きなだけ飲んでくれたまえ!」
「冗談です。寄ってこないでください」
~ ~ ~
セラフィたち一行が上陸した島には、乱立する大樹と、まるで城壁のような石垣と小さな門が見て取れた。
そして門の前には、黒い鎧をまとった大小の人影が二つ。
鎧によって口以外の顔が隠されており、表情を伺う事はできませんが、大きな方の人影は尻もちをつき、小さな人影の方に怯えているように見えます。
鎧たちはセラフィや狂介に気づくことなく何かを話していました。
「喜べ男よ、貴様は私の力となるのだ」
「やめろ、やめてくれ! あっ……あぁああああああああああ!!」
小さな鎧が大きな方の首筋に顔を近づけたかと思うと、男は叫び声をあげ、やがて砂のようになり、地面へと崩れ落ちます。
顔を上げた小さな鎧は一度セラフィや狂介の方向を見やったが、何かをすることはなく、口元を軽くぬぐうと城の中へ消えていったのでした。
「あれは、吸血鬼が吸血鬼を食べた……?」
「そうみたいだねぇ……あんなの見たことない。興奮が止まらないねえ!
……だが、思ったより事態は重そうだ。
ホライゾンにいる彼らにも協力を仰ごうとしようか」
と、その時でした。
「貴様たちは、誰じゃ?」
虚空から聞こえた声に即座に反応した狂介は、その場所へナイフを投擲します。
しかしそのナイフは突如発生した黒い渦に呑まれ、消え去ってしまいました。
「いきなり攻撃するとは、無粋な奴らじゃ。
少し話を聞かせてもらおうかと思っただけなのじゃが……
まぁ、少しばかり遊ぶのも悪くないかもしれんのう。
最近見回りばかりで暇じゃったんじゃ。
儂を楽しませてくれるのであれば、貴様たちに協力するのもやぶさかではなかったというのに……
お前達、あの島へ行きたいんじゃろ?
あそこへは普通の手段では行けん。儂のような悪魔が協力するか、
あの島から出港した船が戻るときのみ、あの霧は島への道が開かれるじゃろう」
闇の渦から姿を現したのは、醜悪な豚の姿をした悪魔でした。
「儂の名は悪魔“ベリト”。
貴様たちが儂にとって益のある者かどうか裁定させてもらおう!」
ベリトが呪文を唱えると、地面から巨大なゴーレムがむっくりと起き上がる。
「儂を“驚かせなければ”こやつは倒せんぞ?」
「ほう、面白いじゃないか。
力押しで殺してもいいけど、ここはお前の提案通り
裁定を受けてみようか」
「はい、それでいいです。
このアバターでの動き方にも慣れておきたいですし」
セラフィと狂介は
ベリトの裁定を受けることにしたのです。
■ □ ■
――そして。
「ドラキュラが死んでからというもの、吸血鬼の実質上トップはいなくなった。
これからは実力の世界だ。強者が喰らい、弱者はただ蔑まれるのみ」
城内に作られた豪奢な部屋、その中央に据え置かれた椅子に腰かけた男は、
眼前で跪く吸血鬼たちにそう宣言しました。
「吸血鬼はこの平和に毒されすぎた。
一度数を減らそうとも、やがて強い個体がその子孫を増やし、やがてかつての力を取り戻す!
今はその為の一歩なのだ
さぁ我が同胞たちよ! 己が強さを証明せよ!」
男の宣言に呼応するように部屋中の吸血鬼たちは立ち上がり一糸乱れぬ動きで部屋を後にしました。
「……さぁ、
紅月(あかつき)の狂宴の始まりだ」