“幽玄の世界”大和。
坂西における平良 正門の乱――「坂西動乱」以後、大八洲では大きな動乱もなく平穏な日々が続いていました。
しかし、“変化”は人知れず起こっていたのです。
退魔士や巫の相棒であった、清浄な霊力で育った動物、清獣(せいじゅう)が妖魔と化してしまう現象、
穢夷(えみし)にある北関から始まった事件は、平和泉、そして華美乃麓まで及び、各地で混乱を振りまきました。
それと同時に姿を現した
百足と名乗る女性、そしてその裏に姿が見え隠れする
毘沙門が現れ、
大いなる穢れを纏ったユニークアバター
“富單那(ふたんな)”が作り出されました。
それら混乱は特異者達によって治められましたが、
“富單那”は毘沙門によって持ち去られ、未だ事態の完全収束は成されていません。
事態の収束、そして毘沙門の狙いを阻止するため、
特異者達は、事件の始まりの地である北関へと足を向けるのでした。
* * *
――穢夷、“北関”(きたのせき)。
「よく戻った紗。平和泉や華美乃麓での働き、私の元へも届いていたぞ。
檜山の子として、誇りに思う」
華美乃麓での戦いを終えた
希一や
夕凪は
「待っているぞ、始まりの地で、この清く美しい世界全てを終わらせよう」
という毘沙門の言葉を受け、清獣が妖魔と化してしまう事件の始まりであった
ここ、北関へ戻ってきていたのでした。
北関を治める
檜山 季長は、かつて穢れの影響を受け、鬼となりかけましたが、
今は順調に回復し、情報収集を行っているとのことでした。
「清獣が妖魔化してしまう事件も落ち着いているように見えますが、ここのところ、変わったことはありませんか?」
「うむ。お主達が事態を収拾させてからは落ち着いたもの
逆に、落ち着きすぎていることが何かの前触れではないかと少し怖いくらいだ。
またいつあのようなことが起こるかわからん。常に気をはって――」
「檜山様ッ!!!」
話を遮るようにして希一と季長の間に割り込んできたのは、季長に使える退魔士の一人。
彼は体のいたるところに切り傷を負っており、さらにその場所からは紫色の靄が立ち上っていました。
「緊急、緊急です!
突如村のはずれに妖魔の大群と、謎の鬼が一名!
依然と同じく、攻撃を受けた者も穢れに飲まれ正気を失ってしまい、止められそうにありません!」
それを聞いた一行が建物の外へ出ると、北関の中は穢れの靄のようなもので包まれ、
空は紫色に染まっています。
「こ、これは華美乃麓と同じ……いや、それよりもより強力な穢れを感じます」
「村のはずれに強大なのが一つ。そして村の中央にもう一つ……
私は村のはずれの方に向かいます!」
夕凪の言う方向を見やると、それぞれの方向から穢れが立ち上っていることが確認できます。
「では私と紗は、残った者の避難誘導もかねて村の中心へ向かおう。
村の構造を把握している我々の方が何かと動きやすいだろう」
「では僕は夕凪と同じく村のはずれの方へ向かいます。
おそらく相手は今までになく強力なものだと考えられます。
どうぞお気を付けて」
希一の言葉を最後にそれぞれは穢れが立ち上る場所へと向かったのでした。
* * *
――北関 村はずれ
「悪くない、これほどの力だったとはな……」
北関に続く林道では、中性的な見た目の鬼が、複数の妖魔に囲まれゆっくりと歩いていました。
妖魔はどこか怯えた様子で、男を襲うことなく、共に北関の方へを向かっています。
「対象から霊力を吸い取る力、穢れを増幅する力、そして穢れを付与する力……
使い方次第では幾分愉快なこともできそうだ」
中性的な鬼、毘沙門は腰の刀を抜くと、手近にいた妖魔の一匹へとその刃を突き立てます。
すると、妖魔からは見る見るうちに力が抜けていき、紫色の穢れが刀へと吸収されていくのでした。
さらに毘沙門がその刀で木々を斬りつけると、その切り傷からは穢れの靄が立ち上り、
木だけでなく地面、そして大気までもが靄の中へと包まれました。
「こんなものか“富單那”。
否、まだ……まだだ! こんな程度ではシヴァに並べたとは到底言えぬ。
私の力を喰らいさらに成長するのだ……」
斬りつけられた妖魔が力を失い消えゆく中、毘沙門の声に応じるようにして靄はさらに広がり、
ついに北関周辺の空は穢れの靄に覆われていきます。
「会うのは2回目かしら、毘沙門」
「全ての元凶、ここで断ち切らせてもらいます」
「……ようやく来たか、津久紫の巫女、そして京の陰陽師」
靄に覆われた森の中、毘沙門の前に立ちはだかるのは、季長の部下から連絡を受けた夕凪と希一。
現れた二人に対しても毘沙門は余裕の表情を崩さず、刀を腰の鞘へと納めます。
「貴様たちとの戦いで、私は昇華し、更なる力を手に入れる。
穢れを吸えば吸うほど強くなるこの力、よもや簡単に止められると思うなよ」
森の穢れは徐々に毘沙門を取り囲み、その姿を隠します。
そして靄が晴れた時、そこには三面六臂、6本の刀を持ち、
“富單那”の真の力を解放した毘沙門が立っていたのでした。
毘沙門が一本の剣を地面につきたてると、周囲の森は全て枯れ失せ、周囲は闇に包まれました。
「なんて穢れの密度……!
常に力が吸われているみたいに感じるわね」
そこは希一達と毘沙門、そして妖魔以外に何もない世界。
「これぞ“富單那”の真の力!
ゆくぞ清浄なる世界に生きる者達よ!
貴様らをも取り込み、私は真の神へと昇華する!!」
* * *
――北関 村中心部
「……また、お会いしましたね」
上空が紫の靄に覆われる中、
紗は季長と共に、ある敵と相対していました。
「アァ゛――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
かろうじて人の姿を保っているそれは、もはや言語を話しません。
かつては牡丹、そして今は百足と名乗っていた女性は、すでに名乗る事すら叶わず、
再び生えた6本の脚から穢れを撒き散らしながら喚くばかりでした。
「華美乃麓での話は聞いていましたが、ついに妖魔に堕ちてしまいましたか。
せめてもの手向け、ここで浄化して差し上げます!」
「グルォオオ!!」
刀を取る紗と、同調するように吠えるマカミ。
清浄な気配を感じ取ったのか、百足はゆっくりと紗の方へと向き直ります。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――――!!」
悲鳴とも雄たけびとも取れない声をあげると、百足は右手を空へとかざしました。
“富單那”を持っていた力の残滓か、上空に漂う穢れは、手をかざした百足へと吸い込まれていきます。
穢れを纏うたび百足の身体は肥大化し、それに伴い背中の脚の本数も増えていきます。
やがて、周囲の穢れを吸いつくすと、百足は黒く変色した腕をだらりと下げ紗、そして季長を睨みました。
「邪魔をした私が憎いですか。
あなたの邪魔をした私が疎いですか。
ですが、私ももう弱いままではないのです!
さぁかかってきなさい!
北関は、私たちが守ります!!!」