“幻想の世界”アルテラ。
中央大陸ロディーナで起こった、文字通り『世界を変えることとなった』戦い――王剣戦争の終結から二年。
才能を持つごく一部の者の特権であった“魔法”は、以前よりも身近なものとなりました。
魔導騎士も例外ではなく、然るべき手順を踏めば神聖武装の形成を行えるようになり、
もはや珍しい存在ではなくなりました。
誰もが可能性を掴めるようになった時代。
そんな今のアルテラで、新たな物語が始まろうとしていました――。
■ □ ■
ロディーナ大陸東部、神聖エテルナ帝国領モンタナ。
土地の多くが山岳地帯であるこの地には、海向こうの
オリエンティア大陸からの移民――セリアンが多く暮らしています。
西部、中央大陸のセリアンの多くは人間に近いですが、この地域にいる者の多くは獣寄りの姿で、
気性が荒い者も少なくありません。
「おいおい、ここはあんたのような人間の小娘が来るようなところじゃないぜ?」
酒場に入った少女は絡んできた犬顔の男を見上げ、不敵に微笑みました。
「オリエンティアへ行きたければここの人を頼れって言われたの」
「そうかそうか。なら俺たちが連れてってやるよ」
犬顔は仲間と共に少女を取り囲みます。
しかし、男たちは瞬く間に打ちのめされました。
少女は剣を抜くこともなく、つまらなそうに倒れた男たちを見下ろします。
「このガキ!! ……先生、お願いします!」
呼ばれた男は、少女を見るなり神聖武装の剣を形成しました。
「ふーん。魔導騎士、ねぇ」
少女は剣を抜き、簡易詠唱を行いました。
「イグニス・インカント――」
■ □ ■
「バカな、魔導騎士を一瞬で……」
「こんなのが魔導騎士なんて笑わせてくれるわね。あたしは“本物”を知ってる。
化物っていうなら、あの人たちの方がよっぽど化物だわ」
服も武器も燃え、気を失った男を一瞥し、少女は溜息を吐きました。
「で、オリエンティアのことだけど……あーあ。行っちゃった」
力の差を知った男たちは少女に怯え、酒場を飛び出してしまいました。
そこへ入れ違いで牛頭の男が入ってきます。
「オリエンティア、って言ったか?」
「そうだけど。あなたもさっきの連中の仲間?」
「違う違う。ここの主人に頼まれて、とっちめに来たんだ。もう終わったようだがな」
男は
ヤンと名乗り、少女に忠告しました。
「オリエンティアは……元々安全とは言えないが、今は特に危険だ。
人間の娘が一人で行くのは無謀ってもんだぜ」
「それでも、未知の世界をこの目で見て、糧とするために。……“あの人たち”を超えるために。
あたしは行きたいのよ」
神聖騎士、帝国軍師団長、元老院の賢者たち。
少女は確固たる実力者をその目で見て育っていますが、
それを破り得る者がこの世界にいる事もまた、『王剣戦争』の中で知りました。
「何も止めようっていうんじゃない。
行きたいんなら力になってやる、って言おうとしたんだ。
俺も故郷に帰らなきゃなんねぇからな」
ヤンがにやりと笑います。
しかし、すぐにそれは消えました。
「だが大陸の窓口はおろか、モンタナの港も“九狼”に押さえられちまってる。
グラナート同盟の最高指導者を自称するクソ野郎の手先だ。
連中が港を陣取ってるせいで、物流も滞って町の人からも不満が出ている。
領主も市長も、連中を認めちゃいねぇ」
九狼をどかすため、商人ギルドは依頼を出しましたが、傭兵たちは皆返り討ちに遭いました。
生還した者は、彼らが「常識的にあり得ない」力の使い方をしていた、と証言したそうです。
「非常識な連中、か。それは興味をそそられるわね」
そんな二人に、声を掛けた者がいました。
「今、グラナート同盟って言ったか?」
「ああ。少年、君は?」
「オレは
坂本 一輝。イッキでいいぜ。
オレもフランクさんに会いに行こうと思ったんだけど、『いつもの道』は使えないし、
こっちから行こうとしたら妙な連中に邪魔されてさ」
「フランクさん……それはクーザの長、三獣士のフランクのことか!?」
「あ、ああ。そうだぜ。おっかない顔だけど、すげぇいい人のフランクさんだ」
ヤンが一輝に状況を説明すると、一輝が「任せろ」と胸を叩きました。
「グラナートに何か起こってるんなら他人事じゃないからな。ホライ……仲間にも声を掛けてみるぜ」
「そいつぁ心強い。腕の立つヤツが多いに越したことはねぇ」
ヤンの目線が少女に注がれます。
「そういや、まだ君の名を聞いてなかったな」
「
アネットよ。よろしくね、ヤン、イッキ」
こうして一輝からワールドホライゾンに「オリエンティア調査」へ向けた依頼がもたらされることとなりました。
■ □ ■
「最長老ゼスの死により、グラナート同盟の均衡は崩れた。
所詮、オリエンティアの者たちは古の叡智を活用できぬ獣に過ぎん。
だから私が調教してやったのだ。“力”を与えてな」
ローブを纏い、フードを目深に被ったグラナート同盟の“最高指導者”は、
杖の宝玉から大陸各地の様子を窺っていました。
「しかしまだ抵抗勢力は各地にいます。
それに“女王国”を初めとした、魔族(デモニス)たちはまだ静観しているだけでです」
「いかに三獣士の残り――フランク、ラルフが優れた戦士であろうと、
事実上の協力関係がクーザとカタンだけでは、長くはもつまい。
女王国は放っておいても自壊する。魔族連中は“力”でねじ伏せてやれば言うことを聞く。
そのために、お前たち“九狼”には特別な力を与えたのだ。
……エテルナの神聖騎士に対抗できるだけの力をな」
最高指導者は宝玉の光景を、モンタナの港に切り替えました。
「あまり私を失望させてくれるなよ、
流陰(るいん)のディンゴ」