――神多品学園都市、
神多品山奥地
「ご無沙汰しております、神流様」
伝説のブリンガー、
神流 貞市(かんな さだいち)が隠れ住む庵に、
八本の足を持つ青白い馬が飛来しました。
その背に乗っていたのは、ユグドラシルより生還した
ミランダ・ヴァレンシュタインでした。
「久しぶりですねぇ~」
「雲龍寺さん……その気配、あなたも伝説のブリンガーに到達されたのですね」
「ええ。今なら分かります、あなたの力が」
「やれやれ、最近の若いモンは教え甲斐が無くて困る」
彼女を出迎えたのは、リージョン・ユニバースの騎士学科の制服を纏う、“サディスティックレイカ”こと
雲龍寺 麗香(うんりゅうじ れいか)でした。
麗香は今春行われた
六華祭以降休学届を出し、貞市に弟子入りして修行を積んでいたようです。
ミランダも以前貞市に弟子入りした事を聞いていたのでしょう。力を求めていた麗香は自分の望む力を手に入れられたようです。
「しかし、こんな辺鄙な場所に、今日は千客万来だな」
「久しぶりですね、ミランダ」
「……そ、そんな、まさか……」
後から出てきた貞市がそう言うと、ミランダの前の来客が庵から姿を現しました。
その姿を見てミランダは驚きを隠せません。
何故なら……そこにいたのは神多品を戦禍に巻き込もうとした
吉田 規夫(よしだ のりお)に謀殺された、母
マヘリア・ヴァレンシュタインだったからです。
パレードアーマーを着たその姿は、誰もが目を離せない生前の若々しい美貌そのままです。
「吉田規夫がリージョン・ユニバースや関連企業を使って、アポカリプスの制御方法を研究させていたのはあなたも知っていますね? 私もその一環として生み出されたクローンなのです。しかし、所詮は紛い物の命。肉体自体長くは続きません。ただ、吉田規夫の忘れ形見としては厄介なものだったのです」
吉田が主体となって進めていた研究は、老人ホーム「メギドの家」を巻き込んだ
“黙示録の予兆”など、非合法の物も多く存在しました。
その一つにクローンを使った、人工的にブリンガーや特異者を生み出す実験もあったそうです。
吉田が特異者である自分のクローンを造っていたことは知っていましたが、まさか母親のクローンまで造っていたとは思いもよらず、ミランダは悲しみと喜びとか入り混じった複雑な気持ちでした。
そんなミランダに追い打ちをかけるように、マヘリアから衝撃の内容が告げられます。
「近いうちにアポカリプスが暴走します。そうならないためにも、アポカリプスの一部と私を破壊して欲しいのです」
マヘリアは自分を殺して欲しいと頼んだのです。
マヘリアが言うには、彼女は体内に火廣金(ひひいろかね)を移植された、人工ブリンガーだと言います。
同様に火廣金を体内に移植された他のクローン達は召現すらおぼつきませんでしたが、彼女だけは偶然にも召現に成功し、且つマヘリアが持つ強い騎士道精神によってアポカリプスの力の暴走を抑えられた存在だと言います。
それはミランダが自ら到達した伝説のブリンガー
「ナイツオブアポカリプス(黙示録の騎士)」に似ていました。
「そろそろ収穫祭の時期だと油断しておったが、マヘリアさんの話を聞いて合点がいった。
鈿女(うずめ)様はマヘリアさんのことを召現者、つまりブリンガーだと誤認しておる。しかも、人工的に生み出されたブリンガーで且つ強大な力を持っておるが故、認識に負荷がかかり、オーバーフローを起こしておるようだ」
鈿女の力の暴走を沈めるため、神多品では昔から四季折々のお祭りが催されています。
貞市は鈿女の力の暴走の片鱗を感じつつも、近いうちに開催される収穫祭で鎮めることができると考えていたようです。
しかし、暴走の要因が別にあるとしたら、それを取り除かない限り、秋の収穫祭を行っても鈿女を鎮めることは難しいようです。
「鈿女様の御身は神多品湖に眠っておるが、その分霊(わけみたま)とも言える存在が神多品各地におわす。その一つが神多品神社のある東湖岳の鍾乳洞の奥におわすのだが……おそらく、
過去に散っていったブリンガー達の御霊が立ち塞がるだろう」
「私達の前に立ち塞がるのであれば、倒していかなければならないのですね」
貞市の言葉に、麗香は頷きました。
伝説のブリンガーとはいえ、神多品を守るためなら倒すことも辞さないようです。
「そのためにも収穫祭を大いに盛り上げなきゃいかん。昔から巫女が舞い、人々がそれに合わせてどんちゃん騒ぎを行う。鈿女様を鎮め、慰め、楽しませることで、神多品の人々は荒鈿女(あらずめ)様、シャドウを防いできたのだ。中には平民でありながら、巫女を越える踊りを踊る者もおってな。巫女たちは
於多芸(おたげい)と呼んでおった」
そう言うと貞市は軽快なフットワークで於多芸を軽く踊って見せました。
麗香はつい、ケミカルライトを持たせたくなってしまいました。
以前、神多品商店街の裏通りにあるアキバロード、あの通りに友人に連れられて行った時にも、貞市のような於多芸を披露している楯無高校の生徒を見たのを思い出しました。興味本位で聞くと、アキバロードの通りには昔小さな社があったそうです。もしかしたら、この於多芸を鈿女に奉納していたのかもしれません。
「収穫祭を盛り上げることができれば、過去のブリンガー達の力も弱まるだろう。そうすれば鈿女様の分霊の元に辿り着きやすくなる。後は鈿女様の分霊を破壊するだけだ」
「その時には私も。あなたやオリヴィアには申し訳ないと思いますが、私は今の神多品には居てはいけない存在なのです」
貞市がそう言うと、マヘリアは寂しそうに微笑みました。
「このことは、高遠さんには……」
「伝えない方がいいですわね。事を荒立てないよう、わたくし達と特異者で成したいと思いますわ」
「ミランダさんが頼るということは、頼もしい協力者のようですねぇ~。わたくしも楽しみです。収穫祭につきましては当てがありますので、そちらに協力をお願いしてみます」
麗香が確認すると、ミランダは頭を横に振りました。
麗香の言う伝手とは、出島跡に造られたタレント専門の学園都市
『idolミレニアム』の生徒
室住 真穂(むろずみ まほ)でした。
彼女は
夏フェスの後もリージョン・ユニバースに留まり、タレントのレッスンを受けているようです。
(今になってお母様のクローンが目覚めるというのも不可解ですわ。誰かが今なって意図的に目覚めさせた、と考えるのが妥当ですわね。吉田さんに協力していた企業、もしくはアクロポリスの先兵……いずれにせよ許しませんわ。お母様の体内に埋め込まれた火廣金……あれを取り除くことができればあるいは……)
ミランダはユグドラシルで知り合った
木戸 浩之を通じてワールドホライゾンの特異者達に、現生徒会長
高遠愛美に秘密に依頼をしたのでした。