それは東方帝国にある、なかなかに雰囲気の良い酒場での出来事です。
綺麗な夜景を背に、男の勇者と女の僧侶が二人きりで――――
大喧嘩をしていました。
「最っ低!! ユータ様なんか大っ嫌い!!」
「ま、待ってくれミランダ……!」
否、喧嘩というより一方的に勇者ユータが責められているようです。
「あのペンダントはお母様からの形見だと何度も言ったじゃないですか! それを失くすなんて……!」
「本当にごめん…… 必ず見付けて返すから……。」
「結構です! もう二度と会いませんから! パーティーも離脱させていただきます! さようなら!」
「そ、そんな……!」
情けなく膝を付いてがっくりとするユータ。
床に視線を落とし、ポロポロと涙を流すだけで、ミランダを追いかけようともしません。
そんな勇者の様子を伺うように、ミランダは度々立ち止まっては少し振り返ったりしているのですが……。
(本っ当に意気地なし……!)
母親の形見のペンダントを失くされて余程頭に来ているのか、或いはそれ以外にも何かあるのか、定かではありませんがミランダにはすぐにユータを許せない理由があるようです。
「どうしよう…… どうしよう……!」
オドオドするユータがとった行動とは……!?
◆◇◆
ひしめき合う冒険者達をかき分けて、依頼を“する側”の列に並ぶある人物を前に、冒険者ギルドの受付の女性が戸惑っていました。
「あ、あの…… 失礼ですけど、ご職業は?」
「冒険者です」
「……お仕事をお探しでよろしかったですか?」
「いえ、仕事の依頼をしたいのです……」
「強大な敵との戦いを控えていて人員が足りないのでしたっけ?」
「いえ、東の山岳でペンタントを失くして………… グスッ…… な、失くしちゃてぇっ……! パーティー組んでた持ち主の僧侶に怒られてぇっ……! グスッ……! 皆も呆れててっ ついて来てくれなくてっ 独りで山登りするの怖くてっ グスッ グスッ」
泣き虫勇者・ユータはしゃくりあげる様に泣きながら、何とか自分の状況と、ギルドにペンダント捜索の依頼をしたいと伝えます。
すっかりギルドの注目の的です。
「……しょ、承知致しました。では協力者をご紹介する感じで……?」
「は、はい…… 僕も探しに行きたいので…… 協力してくれる人を紹介して欲しいです……」
全てを他人に丸投げするつもりは無い辺り、責任感はあるのです。
しかしユータは、今までよく勇者をやって来れたと言いたくなるほど気が小さくて、そして泣き虫なのでした。
そんな泣き虫なユータが魔物の討伐へ繰り出された時、“勇気を出して”とのメッセージとともにミランダが貸したのがそのペンダントだったのです。
(僕のせいでミランダを傷付けてしまった……。お母さんの形見のペンダントは絶対に探し出して返さなくちゃいけない。でも、それだけじゃダメだ)
ユータはミランダの事が好きでした。
その想いを伝えるとともにペンダントを返し、そして“ある物”をプレゼントするつもりでバカンス用の綺麗なレストランにミランダを誘ったのですが……。
「ユータ!! ここに居たのか!」
「!? カオル、どうしてここに? 僕に呆れてパーティーを離脱したんじゃ……」
ユータの元に駆け寄ってきたのは、同じパーティーに所属する武闘家のカオルです。
「いつオレがパーティーを抜けたよ!? 呆れてはいるけどな! っていうかそれより大変だ! ミランダが!!」
「え……?」
◆◇◆
東の山岳の奥深くに、真っ黒な壁と屋根が特徴的なゴシック調の城があります。
そこに住んでいるのは、あの忌まわしい魔族の一員であり、気味の悪い趣味を持った“伯爵”でした。
魔族・ジェモロジスト伯爵は、この世界に隠れるように住み付き、魔力の高い人間を攫っては食い物にしていたのです。
「クククッ……! クククククッ! これまた綺麗な女が手に入りましたねぇっ……!」
「くっ…… 離しなさい!!」
地下牢に鎖で繋がれた女性が、何とか伯爵から逃れようと身をよじったり暴れたりしています。
ジェモロジスト伯爵に捕らえられていたのは、なんとあのミランダでした。
ユータとともに過ごした酒場を出てすぐに、東の山岳へ独りで向かい捕らえられてしまったのです。
「ククッ!! いいですねぇいいですねぇ! 思う存分嫌がって下さい、そういう女を食べるのが私の趣味ですから…… ククククククッ!」
地下牢に繋がれたミランダを残して、ジェモロジスト伯爵は上の階にある自身の書斎へ行ってしまいました。
独りになったミランダは、涙を流して縋るようにあの男の名前を口にします。
「ユータ様……!」