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“西部共和国”冒険者ギルド
夕暮れ時、酒場を営む拠点は依頼を果たした冒険者達の酒盛りで賑わっていました。
ドンッとテーブルを叩く音が響き渡り、物々しい空気を放つ四人組パーティに視線が集まります。
テーブルを叩いたのは熊に似た耳と尻尾を持つ獣人の青年でした。
青年は二人の少女を背中にかばうようにして、対面に立つ
学ランを着たヒューマンを睨み付けます。
「
イサム、お前をパーティから追放します」
「リーダー、どうしてだよ……?」
「勇者に相応しくないからです」
「なんだと!?」
若いパーティのいざこざにベテラン冒険者が仲裁しようと席を立ち上がります。
いつもは初めて訪れた新人冒険者の足を引っ掛けるのが趣味の彼もパーティの崩壊は見過ごせません。
「俺の何がいけないっていうんだよっ!」
「
いや、戦闘中に仲間の装備を溶かすのはダメでしょ」
ベテラン冒険者はすっと座り直しました。
今日も依頼達成後に飲むお酒が美味しいです。
* * *
「――というのが三ヶ月前にこの場所であった出来事だよ。
それで本題に入るけど、最近になってボクたちのパーティから追放されたあいつの悪い噂が流れてきたの。
ここから南にある
ウーブレック村で何か企んでいるみたい」
ハーフハイトの少女――
メリアドネは溜息を吐きます。
パーティを解消済みなので本来は無関係ですが、彼女は責任を感じてギルドに代わって依頼説明を引き受けたのです。
「あいつの天技は本当に厄介だから説明しておくね」
天技の名前は“
素裸為武(スライム)”。
触れたものに「身にまとうものを溶かす」効果を付与する能力です。
イサムは効果を付与した粘性の液体を撒き散らすことで、仲間を巻き込んで魔物の装備を溶かしていました。
装備に使う金や職能を磨く時間をすべて天技に注ぎ込んでいるらしく相当に高いLVを誇っているようです。
「ボクも大切な装備を何度溶かされたことか。
身体を傷付けはしないけど裸になるまで溶かされるから本当に注意するんだよ」
メリアドネは自分の体を抱き締めて震え出します。
怒りと羞恥心で顔が真っ赤になっていました。
「来訪者が悪さをしてるってのは分かったが、こんなに人を集めるほどのことなのか疑問なんだが」
「厄介なことに協力者が現れてしまったのです。
『天楽快』という名前に聞き覚えがある方は?」
ベテラン冒険者の疑問に答えたのは、席を外していたパーティリーダーを務める
アレクでした。
彼はイサムの所業を聞いてショックで寝込んでいるもう一人の女性メンバーを先程まで看病していたのです。
「それって確か
快楽至上主義を掲げている創世神信仰の異端じゃなかったか」
「はい、その通りです。そしてウーブレック村に彼らの信仰は広まっています。この意味が分かりますね?」
容赦なく丸裸にする天技と快楽至上主義は考えるまでもなく最悪の組み合わせでした。
* * *
――
ウーブレック村
調査のために先行していたアレクとメリアドネは村から逃げ出そうと必死に走っていました。
遠目に観察するだけの予定でしたが、村の様子に違和感を抱いて深入りしてしまったのです。
「初めまして、私の名前は
ラメーダ。天楽快に名を連ねるしがない信仰者です」
桃色掛かった法衣をまとう女性型ゴーレムが二人の前に立ち塞がります。
村は魔物対策で柵に囲われているので、彼女の立つ先にあるのが唯一の出入り口でした。
「ああ、こんなにも良い天気なのに、我らの信仰をお試しになられるのですね、フィルマ様!」
今にも雨が降り出しそうな曇り空に、ラメーダは両腕を広げます。
「この村で何を企んでいるのですか」
「世界に安寧をもたらすのです」
アレクの問い掛けに、ラメーダは冷気を帯びた小瓶を懐から取り出します。
目を爛々と輝かせるラメーダに、メリアドネは怯えながらも目を逸らしません。
「訊かなくても、それがろくでもないものっていうのは分かるわ」
「
ヘヴンスライム。イサム様と私の祈りによって生み出された救世主です!」
ラメーダは熱を帯びた手の平で包んでいた小瓶をアレクの足元に転がしました。
独りでに蓋が外れて中から
パステルピンクのスライムが這い出してきます。
スライムから遠ざかろうとするアレクでしたが、音もなく背後に忍び寄ったイサムの足払いを受けて転んでしまいます。
「イサム……! このスライムはお前の天技……いや、それだけじゃない!?」
「リーダー、最後まで分かり合えず残念だよ」
ヘヴンスライムに纏わり付かれたアレクの装備が見る見る内に溶かされていきます。
冷えた感触は人肌に触れている内に蒸気を出し始めます。そして強烈な催淫効果を引き起こしました。
「メリアドネはギルドに報告を」
「でもっ!」
「ここはオレが引き受けます!」
決死の覚悟を受け取ったメリアドネは、アヘ顔になりつつあるアレクを置いて駆け出しました。
村を出る前に最後に見たのは、紙袋を被った村人達がダブルピースで祈りを捧げる狂気的な光景でした。
* * *
ウーブレック村の近くに待機していた冒険者達は、たった独り戻ってきたメリアドネの報告に震え上がります。
既に村人は天楽快の教えに染まり切っていたのです。
「見た目はほとんど普通の村……でも、怪しいところが二つあったよ。
一つは村外れの丘の上にある石造りの建物。この建物にだけ煙突が幾つも取り付けられていたわ。
ほら、ここからでも煙が上がっているのが見える。信徒が出入りしているようだったから、きっと重要な施設よ」
メリアドネは即席で村の地図を描き込みながら説明を続けます。
「
もう一つは中心部に近い木々に囲まれた大きな建物。こっちも石造りで丈夫そうだった。それに窓が一つもないの。
建物から出てきたあいつ……イサムが体を縮こませていたから内部は冷えているのかも。
武器を持った信徒が出入り口を見張ってた。つまり守る必要がある施設ということね」
先行した調査隊が見付かったことで村は警戒態勢に入っています。
関係者を装う潜入や柵を乗り越えての侵入には、相応の準備と作戦が必要になることでしょう。
「……尻拭いをしてもらう形で申し訳ないけど、アレク達の救助をお願いするわ。
外に連れ出された様子はなかったから、今も村のどこかに囚われている筈よ」
報告を聞き終えた冒険者達は役割分担を行うために話し合いを始めました。
メリアドネは頼もしい仲間達に安堵を覚えます。
ふと灰色の空を見上げると、遙か上空を紙袋がふわりふわりと漂っているのが目に入りました。
不吉な予感を覚える中で、天楽快の計画を阻止する戦いが静かに幕を開けます。