かつて、コスモスアカデミーで共に学んだ君は、いつだって人の事を想って行動していたね。
「ファースト・クライシスで親を亡くした子がね、コスモスアカデミーに入れなかったんだって」
「へえ……適性が無かったんだね」
「でもね、自分と同じように親を亡くした人の為に、コスモス機関の役に立ちたいって言ってたの」
「そっか……」
「だから私ね、いつかコスモス機関を外部から支えるような、研究所みたいな……私塾っていうの?そういう場所を作りたいんだ」
「……君はいつだって人の事を想って行動しているよね。ボク、君のそういうところ尊敬しているよ」
「応援、してくれる?」
「もちろんだよ!」
君はいつだって、人の為に、愛を持って行動していたね。
あんな事故が無ければ、きっと今、この塾の塾長は君だったんだろう。
あんな事故が無ければ、この子達は、君に怯えるのではなく、君を尊敬していたのだろう。
あんな事故が無ければ――
□■□
7年前、小さな私設研究所で、その事故は起こった。
研究所内には“緊急事態”を知らせるためのサイレンがけたたましく響いていた。
「ダメだ、研究用の滅亡因子の流出が抑えられない!」
「外に流出させるわけには行かないわ。私が中に残って復旧作業をするから、あなたは逃げて!」
「そんな、ここは男のボクが……!」
「もともとは私のミスが原因なのよ、君に任せるわけには行かない。私だって、研究者の端くれなんだから……自分が起こした事故は自分で始末をつけるわ」
「でも……一緒に作業すれば……」
「君はもしもの時に備えて、外にいる人をここから遠ざけて。早く!時間が無い!」
「……わかった」
背を向け、研究用の滅亡因子が保管されている大きな機械の復旧に臨みながら君は言った。
「必ず復旧させて見せるわ、安心して」
「……うん、必ず帰って来てくれ」
赤いサイレンに照らされながら、機械と向き合う君を見て、絶対に帰って来てくれるってボクは確信していた。
でも、“君”は帰って来なかった。
代わりに、ボクの前に現れたのは……“魔女”となった君だった。
□■□
――新東京特区内 某所にある私塾『ベータ』
「うわああん!先生ー!」
「どうした!?」
5歳くらいの女の子が、白衣を纏ったボサボサ頭の男性に泣きながら飛びついた。
「また“吸血鬼”に襲われたの!血を吸われちゃったの!」
「大丈夫か?どこを怪我した?」
「大きな鳥みたいなのに、首から吸われたの……怖かったよぉ……」
少女の首元にできた傷を治療しながら、ベータの塾長である男性は切ない顔をする。
「先生、大丈夫?」
「ん?ああ、ボクは大丈夫だよ。それより……」
塾長は、塾の部屋で一生懸命勉強に励む子供達を集め、話を始めた。
「みんな、いつも滅亡因子の勉強と研究を頑張ってくれてありがとう。コスモスアカデミーに入る事ができなくても、このベータ塾は外部からコスモス機関を支えるのに大いに役立っているはずだよ」
塾長の言葉に、子供達は顔をぱあっと明るくさせる。
「僕らの研究で助かる人がいるって、なんだか嬉しいね」
「ね!わたし、今度のコスモスアカデミーでのプレゼン楽しみ!」
塾長は子供達の期待に輝く瞳を見て、胸を痛めながらも言った。
「今度のコスモスアカデミーでの滅亡因子研究結果のプレゼンだが……君達がアカデミーまで行くのははっきり言って危険だ。残念だが、プレゼンは諦めよう」
ベータ塾は、外部からコスモス機関を支える力がある事を証明するために、コスモスアカデミーで滅亡因子について独自の研究結果をプレゼンする事になっていた。
「そ、そんな……」
「せっかく一生懸命資料をまとめたのに、無駄になっちゃうの?」
塾生達に無念を味わわせたくはない。
だが、ベータ塾はどうしても見過ごせない事案を抱えていた。
「ボクは“紅の魔女”と言うヤクシャに狙われている。彼女は、ボク達のプレゼンを邪魔しようとしているんだ。その上、最近ちまたではインプンドゥルと言う混沌の獣に襲われる事件が多発している」
塾生達は顔を曇らせながらも、塾長の話を真剣に聞く。
「ボクは君達を守りたい。どうか分かって欲しい」
紅の魔女――
それは、かつてコスモスアカデミーで共に学んだあの子の今の姿。
あの私設研究所の事故によって滅亡因子を浴びてヤクシャになりかかっているあの子は、たった一人助かった塾長を恨んでいた。
塾長の前に幾度と現れ、長い管を使って彼の血を吸いつくそうと襲ってきていたのだ。
その上、新東京特区では人々の血液を狙う混沌の獣・インプンドゥルによる事件も多発している。
インプンドゥルに襲われる可能性と、紅の魔女の怒りの矛先が子供達に向く可能性――
この2つの問題を抱えている今、子供達をコスモスアカデミーへ向かわせるのはあまりにも危険だ。
(この子達は皆、親を亡くしている。ボクが守らないと――)
「嫌だよ先生!」
「!」
「僕達、滅亡因子の謎を解明して、みんなを助けたいんだ!でも、コスモスアカデミーに入るための適性は無いんだ……」
「そうだよ!あたし達がみんなの力になるには、ベータがコスモス機関に認められるしかないのに、負けたくないよ!」
「みんな……」
ベータに集う子供達は皆、セカンド・クライシスによって親を亡くしていた。
だからこそ塾長が守らなければと思っていたが……彼等が望むのは守られる事ではなく、戦う事のようだ。
同じように滅亡因子の出現で平和を奪われた人達を助けるため、紅の魔女にもインプンドゥルにも負けたくない。
そんな子供達の意志の強さに、塾長は感動を覚えた。
(こんなに小さな子供達が、必死に現実と戦っているのに……ボクが彼女から逃げてどうする!)
「分かった。プレゼンは予定通り行おう。コスモスアカデミーに無事辿り着けるよう、ボクが策を練ってみるよ」
プレゼンまでもう時間が無い。
それでも、この子達のために最後まで諦めない。
あの子と向き合う時がやって来たんだ。
(せめて生きていて欲しいと願っていた……今でもその想いは変わらない。けど、もう、決着を着けなくてはいけないね)