「……こんな所に洞穴があったのか」
そう呟いたのは流離いのドラグナー・相馬桔平です。
彼は最近、定職に就いた妹に会いに行く途中でしたが……その道中でバルバロイたちの襲撃を受けてしまいました。
多勢に無勢。適当なところで戦線離脱を図り、バルバロイを撒きながら荒野を駆けること幾ばくか。休憩がてらに立ち寄ったのがこの洞穴でした。
入り口はドラグーンアーマーが入れるほど高く、スタンドガレオンが入るにはちょっと狭い具合です。奥は真っ暗で何も見えず、それなりに長い事がわかります。
もしかしたらバルバロイの住処なのでは? そう考えもしましたが、搭載されたレーダーに生体反応はありませんでした。
「ちっとばかし休憩がてら探索するのも悪かねぇか?」
探索がてら遺跡を発見出来たのならば儲けもの。そうでなくとも冒険者というものに憧れている桔平にとって、この洞穴はとても魅力的なものでした。
「まー、とりあえず行ってみっか」
洞窟の内部は薄暗く、人が採掘をした形跡などもありません。しかしながら自然に出来上がったとも、獣が作ったとも思えぬほど穴の大きさは一定のまま続いています。
桔平が暫く突き進んでいくと、突如開けた場所に出ました。そこに広がっていたのは先程のような土壁ではなく、美しく整えられた石材の壁です。
その最奥にはドラグーンアーマーに乗っても尚大きいと思えるような扉が一つありました。
扉の模様は細かく、ツタや葉などが沢山描かれています。中心部には架空の生物である竜と人が手を取り合うような模様が刻まれていました。
「ドラゴンと人……?」
桔平はドラグーンアーマーを進ませ、扉に手を掛けました。しかしいくら力を掛けても、バーニアの力を借りても、扉はうんともすんとも言いません。
それならば壁の材質やサンプルだけでも入手し、持ち帰ってみようか。そう考えた桔平はドラグーンアーマーから降り、扉に近づきました。
一体何のために作られたのか、誰が作ったのか。
桔平はそんな事を考えつつ、無意識に扉へと触れます。
するとどうでしょう。扉は歪な音を立ててゆっくりと開き始めたのです。
「トラップか!?」
人にのみ反応するように作られていたのか、あるいは何かきっかけがあったのか。どちらにせよ、良い展開ではありません。桔平はすぐさま飛び退こうとしますが、それよりも早く扉は開き、目を覆いたくなるような光と風を生み出します。
目映い光は温かく、そしてどこか懐かしさを気取らせるような優しいものでした。対する風はというと、荒々しく、桔平の身体を乱暴に持ち上げて扉の中へたぐり寄せようとします。
「うおぉ!?」
桔平はドラグーンアーマーの方へ腕を伸ばしましたが、彼の抵抗空しく、扉の中へと引きずり込まれてしまいました。
それどころか扉は徐々に閉まりつつあります。
「んなアホな事で死んでたまるか!!」
彼は扉が閉まる間際、頼み綱である緊急通信を飛ばしました。
「誰か来てくれ、座標は――!!」
◇◆◇
光と風の奔流に呑み込まれた桔平でしたが、気がつけばそこは洞窟でも目映い光の中でもありませんんでした。
広がっていたのは石造りの柱が立ち並ぶ神殿のような場所です。後ろには先程通った扉と同じものがあり、目の前には見知らぬ人々と――大勢の竜がこちらを見つめていました。
「やはり神話は……いえ、ようこそ世界を渡る者」
人々の前に立っていた一人の男がそう述べました。その隣には一匹の黒竜が付き従っています。
「……あんたは?」
「私の名はメルゲン。このブランダーバス王国を治める王です。隣の竜はダイル・ウスン」
メルゲンがそう言うと、隣にいた竜もまた恭しく礼をしました。
「竜……? いや、ブランダーバスとは聞いた事がねえな、そもそも王国とは――」
「貴方がどこぞより参ったかは知りません。ですが、そうですね……ここは一つ話を聞いては頂けないでしょうか」
メルゲンはそう言うと、この国に伝わっている神話を教えてくれました。
この世界の名はハイラハン。様々な国が点在している世界だというのです。
その中の一つとして存在しているのがブランダーバスという王国であり、彼の国には一つの神話が伝わっていました。
神話の始まりは四匹の竜です。
太陽神バトゥカン。
月神セオラ。
天竜アマラ。
地竜ムンフツェツェグ。
この四匹の竜が世界を作ったと言われ、四匹の竜――四大神竜は世界を作った後、長らく地上を見守っていました。
後よりやってきた人間は四大神竜の加護を受け、営みを重ねて四大神竜に信仰を抱くようになります。
同時に、四大神竜の子らである沢山の竜たちも、人々の良き友として平和を共にしてきました。
しかしブイルクカンと呼ばれる邪竜が現れた事により、人と竜の安寧が打ち破られてしまいます。
二種族は友誼の契りを結び、悪しき竜を退治しようと戦いに身を投じました。
戦争は長引き、人も竜も疲弊していきます。豊かであった大地の一部もその姿を変え、その大半は荒れ地となってしまいました。これ以上の被害を受ければこの地に住まう事自体が難しくなります。邪竜をなんとかしない限り、この地に平穏は訪れません。
そんな状況を変えたのは、扉よりやってきた『渡り人』と呼ばれる存在でした。
渡り人は四大神竜の加護を受け、また外の世界より齎された類い希なる力をもって邪竜を弱らせ、邪竜を嘆きの谷底へと落とし、封印する事に成功しました。
そうしてブランダーバスには平和がもたらされ、渡り人もその功績により王位につきました。
――というのがこの地に伝わる神話です。
「ですので、今一度わたしたちに力を貸して頂けないでしょうか。このままでは邪竜によってこの地は滅んでしまいます」
急な申し出を受け、桔平は慌てふためきます。しかも先程の内容は明確に『神話』と言い切られていました。
「いや、でもさっきアンタは神話って言ったよな?」
「ええ、ですが……邪竜が復活しつつあるのは誠です」
ここ数年、谷底の封印が綻び始め、人や竜が耐えられぬほどの瘴気を放出していると教えてくれました。
また、空の覇権を握るためにも、邪竜は自ら生み出した眷属達をほうぼうへ仕向けているといいます。
既にブランダーバスの村や町はいくつか滅んでおり、メルゲンは藁にも縋る思いで家臣を引き連れ、扉のある神殿へとやってきたのだというのです。
そこに現れたのが神話と同じく扉を潜った異世界の者――渡り人である桔平だったのでした。
「だからこそ、我が国にお力を――」
メルゲンが言葉を紡ぐのと同時に、耳を劈くような咆哮がそれを阻みました。
神殿の屋根、ステンドグラスの向こう側に見えたのは黒々としたオーラを放つドラゴン達です。
「話はあとにしましょう。とにかく、邪竜の眷属を退ける手伝いをしてもらえませんか。扉をくぐりし者であれば加護を授かっている筈です」
「つったって、一人じゃ厳しいものが――」
桔平が狼狽えつつも答えようとすると、扉が再び開きました。
重苦しい開閉音、そして目映い光と共に現れたのは特異者――いえ、この地に導かれた『渡り人』である貴方たちです。