神なき世界、
テスタメント。
創造神が去り、神の理が失われたことで、世界を束ねる法則が消え去った世界。
そこでヒトは、ヒトの理を作り、神の代わりに世界を束ねる法則を作り上げて、その安定のもとに、文明を構築・発展させてきました。
しかし、増えすぎたヒトは多様な価値観を持ち、それにより旧来のヒトの理を否定するものも現れました。
このままでは、世界を束ねる法則が破綻し、世界は無数の欠片に砕け散ってしまいます。
それを恐れたヒトたちは、従来のヒトの理を破却し、新たなる神を創造することで世界を束ねる法則を委ねようとしました。
ですが――新たなる神を作り出すということは、その創造者が神に最も近いものとして世界に君臨することを意味していると受け止めるものもいました。多様化したヒトは、そのような画一的独裁に恐怖し、神造りを妨害しました。
多くの血が流れたテロの後、それでもなお神を作ろうとするヒトたちと、それに反対するヒトたちは鋭く対立し、前者は
フリートラント共和国、後者は
ポラニア連合王国に別れて相争い、世界の破綻は身近に迫っていました。
★
「これより
ウランカ大都市圏奪還作戦、秘匿名称
ザーリャの要項について説明を行う」
”ポラニア親衛騎士団”司令官にしてポラニア連合王国王冠領ヘトマン――すなわち近衛軍司令官である
アレクサンドラ・フィグネル中将は、ブリーフィングルームで特異者の皆さんを一瞥し、言葉を継ぎました。
「まず、ウランカ大都市圏においてポラニア最大のパルチザン組織、
”ポラニア国内軍”が全面蜂起する。これと呼応し、ポラニア連合王国軍は南部戦線で大規模な反攻作戦を実施し、ウランカ大都市圏へと打通路を開く。その先鋒になるのが、我々”ポラニア親衛騎士団”だ。我々は敵司令部の斬首作戦のため、長駆機動しウランカのフリートラント南方方面軍司令部を突く。激戦が予想されるが、貴官らの精鋭ぶりは先の
リーガ・ダム攻防戦で実証されている。各員奮って健闘されたし」
「結局は、俺たち特異者を便利使いのコマにするつもりじゃないのか?」
当然、そのような疑問も上がります。
しかしアレクサンドラは首を振りました。
「この闘いには、私も旗艦”ペルーン”に座乗し先鋒を切る。この戦争はポラニアとフリートラントの戦争だ。だから貴官らには参加を拒否する権利もある。だが、この世界の窮状を見かねて志願してくれた諸君であれば、きっと最善の健闘をなしてくれるだろうとも期待している」
果たして、特異者の皆さんはどのような選択を取られるのでしょうか。
★
一方、フリートラント支配下のウランカでは、南方方面軍司令官
エドヴァルト・フォン・レーヴェンハイム上級大将が、フリートラントいちのエース、
テオドール・ティンメルマン大佐とチェスをしていました。
「直に総蜂起と南部戦線での大攻勢が呼応して行われるだろう。君ならどうする?」
エドヴァルトの問いに、テオドールはやや首を傾げ、駒を動かしました。
「先手を打ってウランカのモグラ共を包囲殲滅しましょう。これ、このように」
盤面ではエドヴァルトのキングがテオドールの駒の軍勢に包囲されていました。
「若いな、もっと大味にものを見るべきだ。それが、大局観を養う」
エドヴァルトは告げ、キャスリングによりキングとルークの位置を入れ替えます。
「では、どのように?」
テオドールが興味深げに問うと、エドヴァルトはチェスの駒をさっと板状から薙ぎ払いました。
「ゲームのルールを変え、南方攻勢も総蜂起も吹き飛ばす。それがベストだ」
「
人工神格レーゲルの軍事活用ですか。それをやれば殲滅戦になりますよ。ポラニアとの講和は事実上不可能になるかもしれません」
テオドールは懸念を表明しますが、エドヴァルトは涼しい顔です。
「なに、うまくやるとも」
ですがテオドールは、このエドヴァルトという老人を心底では軽蔑していました。
(世界の崩壊に際し人工神格の兵器転用で早期講和を図るなど、それこそ大局眼というものがない)
そして、彼のその感情は、フリートラント共和国現総統である、
カール・フリードマンにも向けられていたのです。
★
その頃、ポラニアでは、貴族主義者の首魁、ビトム大公
ツェザリ・ヴァレンサが、ポラニア連合王国議会王
エカチェリーナ・ピウスツカ・ソビエツキに対し、その権威を貶めるクーデターを計画していました。
「議会王陛下と王冠領ヘトマンに権威と戦力が集中しすぎている状況は困る。ましてやあの特異者というよそ者を用いて専制政治などされては立ち行くことができん」
「では、私に立てというのですかな?」
ツェザリの対面に座っている壮年の男は、重々しく言いました。
「無論、貴君にとっては身を切る選択であることは重々承知だ。だが、跳ねっ返りの娘をどうにかするのも、父親の役目ではないか」
ツェザリの言葉に、壮年の男――
フョードル・フィグネル連合王国大ヘトマン、すなわち王国軍総司令官は沈黙を保っていました。
ですが、ツェザリにとってはそれで十分だったようです。
「沈黙もまた答えなりだ。貴君の好意に感謝する」
そしてツェザリは、貴族派の息のかかった軍隊をリーガに集め、アレクサンドラ出征中にエカチェリーナを失脚させ、返す刀でアレクサンドラをも処断し、政治的権力を手中にする策に打って出ようとしていたのです。
★
そして、何処とも知れぬ暗闇の中では、秘密めいた会話がかわされていました。
「我らの目的、”
ギルグール”の素材となりうる者を選定せねばならぬ」
「そのものを玉座に据え、世界を新生さねばならぬ」
「滅びの宿命は新生の喜びとなる」
「必ずや、成し遂げよう。”ギルグール”のため」
★
――神なき世界においては、ヒトの意志が試されます。
――あなたたち特異者は、この世界を救えるのでしょうか?
――あなたたち特異者は、ヒトの愚かさを赦せるのでしょうか?