※※本シナリオはMC参加ポイント「200ポイント」のプライベートスペシャルシナリオです。※※
プリシラ公国とグラン・グリフォン都市同盟とを結ぶ街道の途中から寄り道するように在る居留地クーナには現在ゴンゴンと木板に釘打つ重い音が響いています。
光の射さない暗い部屋の中で
リーラレスト・クルクゥリは汲み置きの水で満たした水差しを木製テーブルの上に置き、引き出しから袋を取り出しました。
「これ以上暗いままだと気分が落ちますね」
言いながら袋を逆さにし、水差しに白い粉を振るい入れます。手を入れて水音を立てて掻き混ぜると水差しはランプよりも明るく発光しだしました。
すると、部屋の一辺の壁に背中を預けて座り込んでいる乙女が、火精霊らしい瞳でリーラレストを見上げている姿が、現れます。物言いたげな注視にリーラレストは肩を竦めます。
「レディとの取引を続けたい方が……蟲を必要としている方が、こうも多いとは私としては驚きです」
交易行路の中継地点として栄えている居留地クーナには小さな蟲が蔓延っていました。魔族たるダークエルフ
レジスト・レタディーの飼う小さな蟲が人々の手に渡っていました。
そうです。誰もが口を閉じて秘密にしていますが、居留地クーナでは魔族との取引が盛んに行われていたのです。
レジストという名の男は人間が好きだと公言して憚らない変わり者で、金持ちになりたい男が、美しい体を手に入れたい女が、病を治したい老人が、訪ねてくれば快く蟲を与え、人々は自分の意思でそれを体内に入れるのです。
魔族と取引を交わし、安易に望みを叶えた件の者達は、今や地獄の責め苦を受けてもいました。
居留地に留まらず各地でそれぞれ体の中で暴れまわる蟲に何人が苦鳴を上げて転げ回っているでしょうか。
「レディが死んだ今、魔力の供給が絶たれて命令系統は狂ってしまって……蟲の暴走という不都合が生じて苦しいでしょうにそれでも手放さないだなんて、彼が聞いたら大笑いしてしまいますよ。そして怒るでしょうね。レディはレディで蟲には愛着があり、自分以外の者に所有されたくないとは本人の言葉でもありますからね」
レジストは人間に分け与えた蟲には自分が使役者だと教えこむように魔力の目印を刻んでいます。本来ならその目印を頼りに操りもするのですが、絶命時に他の事に思考が囚われたのでしょう、最後の命令を下せなかったようでした。
なんとか歩けるまでになったリーラレストが訪れた時は蟲が蔓延していた居留地は既に人々の苦鳴があちこちから響き渡る地獄絵図と化していたのです。
「全て処分するとはレディの遺言なのですが聞き入れてくれないのは困りものです」
リーラレスト主導の駆虫は初日こそ希望者も多く順調でした。しかしそれも二日も経たずに治療を拒否する勢力に抵抗されて、結果的にレジストが拠点としている彼の家にリーラレストは押し込まれ閉じ込められてしまいました。
「これでは貴女を“焼却炉”という役目から解放させるのもままならないです」
リーラレストは溜め息を吐きました。
「折角、レディと私と貴女と、蟲に苦しんでいる人達とみんなの利害が一致しているというのに、このままでは蟲に喰われますね」
それでも、治療を求める人間はまだまだ残っています。
体の中で暴れまわるだけならまだマシなのです。最悪なのは生存本能に従って宿主を死に至らしめることです。
懸念すべき事柄に眉根を寄せたリーラレストは暖炉の中を覗い、煙突が塞がれていないことを確認します。煙突の幅は狭く子供一人が通れるのがやっとでここからの脱出は望めません。暖炉に薪を重ねて火を付けたリーラレストはそのまま釘で打ち付けられた板で閉ざされた窓の硝子を割っていきました。
「誰か気づいてくれるとよいのですが」
腰に提げているバックから乾燥している草を取り出しそれを火に焚べます。すると瞬く間に煙は紫色となって煙突の中を昇っていきました。
狼煙の行方を見送ったリーラレストはランプ代わりの水差しを持って乙女へと近づきます。
「蟲の処分は貴女が一番でしょうがそれはレジストとの契約あっての事だと私もわかっているつもりです。今は貴女の力を借りるには条件が悪すぎる事も。
自分が死んだ時に蟲を処分したいのは貴女との契約を解除するという彼のせめてものけじめでしょうか。全て、とは言わないものの、ある程度蟲が死んだらお役御免にするのはそういうことですよね」
自分の手元に置きたいが為に契約で縛り付けてはいるものの、それは死がふたりを分かつまで、なのだろうとダークエルフの性格を知っている魔人は複雑な表情を浮かべます。
「クルクゥリ」と名前を呼ばれてリーラレストは眼を瞬きました。乙女は魔人を見つめています。
「“お前も人間が好きだろう?” “利害が一致した、などとなぜ理由をつける?” “お前は何がしたい?”」
何を望む、ではなく、何がしたいのか、と乙女は具体的に話せと問いかけました。
その状況にリーラレストは何かを諦めたように緩く笑います。
「貴女は契約のせいでレジスト以外とは会話ができません。ですからその問いかけは私の無意識からの言葉でしょうね。冒険者の方に先日問われたばかりですし。いいですよ。何もできない現状の時間潰しに答えましょう」
ふたりしか居ないのだからとリーラレストは続けます。
「私は何がしたいのか。それは、魔族である私には答えが無いんです。聞かれても答えられなくていつも返答には窮してましてね。私が人族であればもしかしたら答えがあるかもしれません。けれど、それを考えるのは無意味でしょう? なので比較することはなかったのですが、ただ、私は人の感情を怖れています。想いには力があります。過去に、個体は群れを成して居場所を確保しました。その強さを私は怖ろしいと感じています。だからこそ、惹かれてしまうのでしょうね。人として営みに紛れ込むのはとても楽しかったですし」
ガシャンと落下した水差しが割れて床に光が広がりました。水差しを持っていたリーラレストの片手が肘まで消えています。「制御できないまでに消耗したのは大戦以来ですよ」と彼は両肩を竦めました。
「私の能力は私自身にも及びます。人間であれば、自分を突き動かすものがなんなのかわかるのでしょうか。その考えに改竄の力が働こうとして……結果人族にならず私は消えてしまいます。我が神の加護の為せることですよ? 人は魔物に化けられるというのに――。
もう少しだけ話し相手になってはくれませんか? 気を紛らわせないと私が消えてしまう。制御もままならないのでは暴走を招くだけなので、助けてくれたダーナも今は居ないことですし、せめて進行だけでも遅らせなければ。 それに……レディの代わりに、貴女を誰かに引き渡すまでは、私を貴女の側に居させてください」
隣に座ってもいいですか、とリーラレストは乙女に願いでました。
…※…※…※…
ローランド全域の教会全ての張り出されていた古い古い掲示物の一枚が、ひっそりと誰も気づくことなく、依頼書として内容が換えられていました。
内容は居留地クーナに訪れて激しく体調を崩した者への治療方法の提案と注意喚起、居留地への応援要請です。
“リーラレスト・クルクゥリ”の名前で、発生した蟲の被害に対し、冒険者へと助けを求めるものでした。