乾いた砂の匂い、血の臭い、硝煙の香り。
そして忍び寄るは死への手招き――。
シャングリラからほど近い小型の浮遊大陸『死の大地』は惨憺たる有様でした。
「誰か居ないの、返事して!!」
声を荒げたのはドラグーンアーマーに搭乗している少女、相馬若葉でした。
割れたコックピットから入り込む砂嵐に目を細め、辺りの様子を窺いながら仲間に通信を飛ばしていましたが……それに応える者は誰一人いませんでした。
「全滅した……? それすらも分からないとは……砂塵が機体に入り込んだ……? いや、違う。おそらくは天候のせいね」
辺り一面、恐ろしいほどの砂嵐が吹き荒び、搭載されたレーダーもジャミングされているのか点灯を繰り返しています。
視界と聴覚を狂わせる嵐の中、探索を続けていた若葉はドラグーンアーマーの足元に何かを見つけました。
半分程度砂に埋もれてしまっていますが、見慣れた形をしています。
「これは……スタンドガレオン!! 誰かいる!? お願い返事をして!!」
若葉が通信を飛ばすと、音の嵐に紛れ、か細い女性の声が返ってきました。
「――こちら、オーフェデリア……」
声の主はオーフェデリアです。彼女は死の大地に調査へ来た地質学者であり、同時にこの浮遊大陸を所有する領主の娘でした。
「オーフェデリア様、よくぞご無事で!!」
若葉は半壊したスタンドガレオンのトラップをこじ開け、ドラグーンアーマーの手にオーフェデリアを乗せました。砂嵐から庇うようにアーマーの手でそっと包み込むと、オーフェデリアは携帯タイプの無線で若葉に通信を飛ばします。
「若葉!! 無事だったのですね、他の方は?」
「生憎なことに他は分からずじまいですが……先の戦いの具合からして相当の死者は覚悟してください。とにかく、我々だけでも駐屯基地へ戻りましょう」
「ですが……皆様を放っておくわけには!!」
「大丈夫ですよ。我々は傭兵ですからタダじゃあ死にません。それよりも、早くここを離れなければ私達まで砂に埋もれてしまいます」
「……分かりました。戻り次第、お父様に通信を送ります」
◇◆◇
「――さま、お父様!!」
領地コーデリア。その中央に位置する領主の館に、悲痛な声が響き渡りました。
声は通信機から届けられており、その前には身なりの良い老人がこめかみをトントンと叩きながら眉を寄せています。
「聞こえておる、オーフェデリア……」
男はこの地の領主、エルフィガという男です。
落ち窪んだ目を伏せ、何やら考え事をしている様子でした。
「先発の調査隊はバルバロイの群れによって壊滅に追い込まれました。確認できる生存者は私を含め二名のみ……おそらく死者もいるでしょう。ですが、取り残された者達はまだ助かるかもしれません。迅速な救助を――」
「喚くな。貴族の娘が見苦しい声を出すんじゃない、誰かに聞かれたらどうする」
早口で捲し立てるオーフェデリアとは違い、エルフィガは紅茶でも楽しんでいそうなほどゆったりとした口調で彼女の嘆願を遮りました。
「そのような事を言っている場合ですか!!」
「先発隊は金に群がってきた傭兵どもだ。危険など承知の上で此度の調査に乗り出しただろうに。何を慌てる必要がある」
「傭兵であろうとなかろうと、彼らはアーケディア王国の民ではないですか!!」
「そうだな。……だが我々の統括するコーデリアの民ではない」
領主エルフィガは小さなため息を落としました。
聞き分けのない子に接するように言葉を続けます。
「冷静におなり、我が娘よ。そんな事より”アレ”は見つかったか?」
「そんな事……?」
「見つかったのかと聞いているんだ。あの、希少金属が見つかったのかどうかを――」
◇◆◇
「お父様の分からずや……いえ、人でなし!!」
オーフェデリアは通信の途絶えた通信機を握りしめ、憤怒の表情を浮かべました。
自領の民でない者への扱い方や、人の命よりも己の利益を心配するような言い方がどうしても許せず、噛みしめた唇は色が変わってしまうほどでした。
「オーフェデリア様……」
オーフェデリアを気遣うように寄り添ったのは、先程共に基地へ戻ってきた若葉です。
彼女は痛む身体を押さえながら、オーフェデリアから通信機を取り上げました。それに合わせ、止血用に巻いていた包帯からは血液がしみ出してしまいます。
「若葉……!! あなた傷が!!」
「問題ないですよ。生きてはいるので……まあ、エルフィガ様の仰ることも一理あります。今は楽園シャングリラに辿り着いたばかりですし……コーデリア領の維持で頭がいっぱいなのでしょう」
アーケディア王国は楽園シャングリラを第二の故郷として基板を整えている最中でした。
バルバロイとの戦いが勝利で終わったとはいえ、その傷跡はとても深いものです。
更にはシャングリラの開墾という任務まで仰せつかっているこの現状、資金を含めた何もかもが足りない、というのがコーデリア領の現状でした。
「だからこそ、この大陸の調査が必要なんですよね?」
若葉は辺りを見回します。
辺り一面、全てが砂と岩に覆われている赤土色の世界でした。
シャングリラとは何もかもが違うこの場所は、コーデリア領が所有している浮遊大陸の一つです。
それの調査に訪れたのがつい先日、偶然発見した希少金属の流通を確保するため、先発隊は大陸の奥地へと目指していましたが……道中、バルバロイの襲撃と、酷い砂嵐によって壊滅させられてしまったのです。
「ええ、この浮遊大陸……『死の大地』で発見された希少金属、それが定期的に産出できるのであれば、コーデリア領は今よりもっと……いえ、王宮より勲章を賜る事だって可能でしょう」
「その金属ってどんなものなのですか?」
「未知の金属ですが、軽量で加工がしやすく、とても丈夫な金属です。……おそらく、現存しているどの金属よりも高性能でしょう」
「なるほど、それが沢山採れればコーデリア領は安泰、と」
エルフィガの物言いも理解ができる、と若葉は大きく頷きました。
「ともかく、私達も後発の隊を集めましょう。お父様も希少金属を逃したくはないでしょうし、人を集めてはくれると思いますが……若葉も外法の者らへ声を掛けて頂けませんか」
「ええ、私の方も通信で声は掛けてみます。一時とは言え、隊を組んだ仲間たちの安否も気がかりですからね。出来うる限りの事はします」
「ありがとう、若葉。全てはコーデリア領……いえ、アーケディア王国の為です」
オーフェデリアは立ち上がり、砂嵐の方角へ視線を移しました。