神なき世界、
テスタメント。
創造神が去り、神の理が失われたことで、世界を束ねる法則が消え去った世界。
そこでヒトは、ヒトの理を作り、神の代わりに世界を束ねる法則を作り上げて、その安定のもとに、文明を構築・発展させてきました。
しかし、増えすぎたヒトは多様な価値観を持ち、それにより旧来のヒトの理を否定するものも現れました。
このままでは、世界を束ねる法則が破綻し、世界は無数の欠片に砕け散ってしまいます。
それを恐れたヒトたちは、従来のヒトの理を破却し、新たなる神を創造することで世界を束ねる法則を委ねようとしました。
ですが――新たなる神を作り出すということは、その創造者が神に最も近いものとして世界に君臨することを意味していると受け止めるものもいました。多様化したヒトは、そのような画一的独裁に恐怖し、神造りを妨害しました。
多くの血が流れたテロの後、それでもなお神を作ろうとするヒトたちと、それに反対するヒトたちは鋭く対立し、前者は
フリートラント共和国、後者は
ポラニア連合王国に別れ、世界の破綻は身近に迫っていました。
★
「あれ?」
ポラニア連合王国最大の都市圏、
ウランカ大都市圏の雑踏の中、ひとりの少年が摩天楼の隙間の狭い空を見上げました。
「母さん、空にお船が浮かんでいるよ?」
つられて空を見上げた母親が見たのは、戦列を組んだエアロシップの艦隊と、そこから降下してくるメックの大群でした。
「一体どうして……」
次の瞬間、疑問は爆発によって燃え尽きました。メックとエアロシップから放たれる砲撃が、親子を始めとする無数の人々を消し炭に変えたからです。
これが、フリートラント共和国によるポラニアへの奇襲攻撃――
「統一戦争」の幕開けでした。
★
「ウランカ大都市圏の占領に成功! 我が方の被害は軽微!」
「国境方面でも、我が軍は圧倒的勝利を収め、追撃戦に入りました!」
次々に届く戦況報告を、精悍な風貌の壮年の男――フリートラント共和国総統、
カール・フリードマンは物憂げに聴いていました。
「本来ならば、するべくもなかった戦争なのだがな」
彼は内心、この決断を下すまで、ポラニアが妥協に応じるという期待を捨てきれませんでした。しかしポラニアは新たなる神、
人工神格レーゲルの共同開発を頑なに拒否し、ヒトの理である
ポラニア正教にしがみついていたのです。だから、彼は人工神格の創造に必要な巨大な国力を欲し、敵対者であるポラニアの打倒を欲し、戦争を決意したのです。
総統はふと、執務机から壁に描かれている巨大な壁画に目を移しました。人々が手を取り合い、輪になって踊る、ロマン主義風の絵画。それは、かつての盟友より送られた、ポラニア正教の理想を掲げた宗教画でした。
ややあって、彼はつぶやきます。
「今さらヒトの想いを束ねることなどできん。ならば新たなる神が理をもたらすことが世界を救う道と、何故わからんのか」
総統は憂いを深くし、この戦争がせめて短期間で終わり、世界が早く修復されることを希望しました。
★
「フリートラントの侵略は、ヒトとヒトとの調和と協同を脅かし、世界を破滅に追いやるものです。これに対し、我がポラニア連合王国は、自衛の権利を行使します。ポラニア正教の教えに従い、共に手を取り合い、団結し、心をひとつにして、フリートラントの侵攻を食い止めましょう」
少女の面影を残した女性――ポラニア連合王国議会王、
エカチェリーナ・ピウスツカ・ソビエツキは国民に向けてこのように演説しました。しかし内心では葛藤があります。
――今のポラニアでは、フリートラントに勝てない。今のポラニア正教では、ヒトの心をひとつにまとめられない。
それは彼女にとっては明瞭な真実であり、にもかかわらず、いやそれだからこそ、国内の輿論をまとめきれず、フリートラントと戦争になったことを悔やんでいました。
「ヒトが本当に心をひとつにすることは、果たして可能なのでしょうか……」
演説後、私室でひとりになった彼女は、深く思い悩みます。そして、かたわらのポートレートに目を移します。
「父さん……今私は、間違ったことをしているのでしょうか?」
そこには、彼女の父とフリートラント総統、そして幼き日の自身が写っていました。彼女の父は、かつて人工神格レーゲルの創造に同意した政治的同志であったのです。しかし彼は、ポラニア内部の政争によりテロで命を落としました。そのため、エカチェリーナ自身も、父の思いを受け継がなければならないという思いと、今侵略してきているフリートラントに対抗しなければならないという思いに引き裂かれそうになっていました。
そこへ、彼女の盟友であるポラニア王冠領ヘトマン――すなわち近衛軍司令官である妙齢の女性、
アレクサンドラ・フィグネルが現れました。彼女はエカチェリーナに対して告げます。
「エカチェリーナ様。あなたは正しいことをしています。ウランカを焼いたフリートラントの蛮行は、彼らが大義に取り憑かれ、ヒトとしての正義を忘れていることを示します。そのような者たちに、新たなる神など作れようはずがありません。それは偽神です。あなたは、あなたの大道を見つけ、そして進んでください。不肖私めも、あなたの剣として盾として、その身をお守りいたします」
「――ありがとう」
エカチェリーナはアレクサンドラの言葉に励まされ、目尻に浮いた涙を拭くのでした。
そのふたりの背景には、壁に描かれている巨大な壁画――奇しくもフリートラント総統執務室に飾られているものと対になるそれがありました。
★
そしてアレクサンドラは、首都
リーガ大都市圏へと迫りくる敵軍に敗退したポラニア軍をまとめ、首都の水源地である
リーガ・ダムの奪回により、首都への水供給を回復し、首都の無条件降伏を押し止める作戦を決行しようとしていました。戦力を陽動部隊と奇襲部隊に分け、陽動部隊でフリートラント軍の予備をひきつけ、手薄になったリーガ・ダムを精鋭奇襲部隊で奪回するのが、彼女のプランでした。
そこに、あなたたち特異者が、ゲートをくぐって現れたのです。
エカチェリーナは言います。
「人々の平和と明日のために、皆様の力を貸してください」
アレクサンドラは言います。
「諸君らは私と共に闘い、この国を守ってほしい」
あなたたちはそれを、どう受け止めるのでしょうか?
★
――神なき世界においては、ヒトの意志が試されます。
――あなたたち特異者は、この世界を救えるのでしょうか?
――あなたたち特異者は、ヒトの愚かさを赦せるのでしょうか?