※※本シナリオはMC参加ポイント「200ポイント」のプライベートスペシャルシナリオです。※※
「お願いです。お願いです! このままではみんな殺されてしまう!」
砂漠へ続く荒野の中程に建てられた教会に、身なりのいい男が駆け込んできました。
砂埃の汚れが嫌に目立つ服装だからこそ際立つ違和感と異様な取り乱し方に、教会の窓口の人間は立ち上がって側に寄り添うと、落ち着くように宥めてから話を伺います。
男の口から語られた、砂地に埋もれ忘れかけられている、過去は砦建つ古戦場の地でもあった地名に、何人かが資料庫へと走り古い地図を持ち出してきます。
そこは草木の生えないあまりに痩せた土地でした。人族が住めないと判断されて、その向こうに都市も街も村もなく道を繋ぐ理由も無いと捨てられた場所でした。
荒野の水際として人族の平穏を守る役目も兼ねる教会は、そんな場所で人間が魔物を飼い増やし狩り殺すという行いがこの数十年程ばかり繰り返されているのを知ることになります。
人が魔物を狩る行為自体はなにも不思議なものではありません。内容によっては飼育することもあるでしょう。それがなぜ皆殺しに繋がるのか、男が切々と訴えます。
狩り庭の正体は金持ちの遊び場であり、一部が復元された魔界の森で、巨額が動く闇市でありました。売買されるのは命であり、そこに人族も魔物も動物も植物もありません。全てに値段がつけられて、物として扱われています。
時にそんな非道さえ許される中、ただそこに絶対に守らねばならない『魔物に人の血を与えてはいけない』という制約がひとつだけありました。
が、これが破られたのです。
主催の富豪の側仕えをしていた男は詳細こそわかりませんが、狩り場から警笛が吹かれたことで、富豪の顔色が変わったのを目の当たりにすることになります。
運営は全て人族が管理しており、その多くの人間も含め、ゲストも誰も彼も狩り庭に関わった全員を処分するように命令が下ったそうです。
「これが狩り庭の門の鍵です」
主催の富豪が人間最後のひとりとして死んだあと、人の味を覚えた魔物が解き放たれることになります。
「どうか。どうか。旦那様を止めてください」
狩り庭は巨大ではありませんが皆殺しの虐殺にはそれなりの時間を要するでしょう。
自分にはそれができなかったからと男は頼み込みます。
怖ろしさに真っ青になっている顔で男は「みんな人間です。いくら旦那様のお嬢様の為とはいえ、魔物は殺せても、人間は殺せません。“あなたがそう言うように”選択肢があるのなら殺すのではなく人を助けたい。助けたいから」と小さく身を縮め何度も「だから密告する方法を選びます」とそう繰り返します。
…※…※…※…
獲物を見失って去っていく魔物――グリフォンに
リーラレスト・クルクゥリはとりあえず危機は脱したと安堵の息を吐きました。
「生きてください。この場面で世差(よさ)の無常を語るのはまだ早いですよ?」
“狩り庭”と呼ばれる砂漠の緑地。鬱蒼と茂る人界では見ることも無い瘴気吐く木々の下で、若いファーリーの赤く染まって先さえ失った腿を配給品の包帯できつく縛るリーラレストは気を確かにと声をかけます。
「毒がつれーよ」
出血に意識が朦朧としているのがむしろ心地良いと若者は言い返してきます。
「魔族と知っていて、どうして私を庇ったのですか?」
なにゆえにグリフォンの爪の前に飛び出してきたのか、と魔人は若者に問わずにはいられません。
「逃げろと言われたからな。魔人のくせに魔物除けがないと魔物に襲われちまうようような奴にさ」
それにリーラレストを狩り庭の仕事に付き合わせたのは自分だからとファーリーは小さく笑い飛ばします。
「……女三人に連続で振られたと酒場で飲んだくれている野郎にほだされたオレもオレなんだよ。厄介な見かけしやがって。魔族なら魔族らしい見てくれでいろや」
「それは……これだけは生まれなので仕方がないです。神は――」
「――神は選べない、か」
「はい」
沈黙を嫌がり、リーラレストは「すみません」と続けます。
「今回はこんなつもりはなかったんです。まさか私自身がきっかけとなるようなこんな……私こそ除外されるべき対象であったのに。今日の日まで魔物除けの紛失に気づかなかっただなんて……」
「なんだよ、冥土の土産に持ってけって話か。 ……それならついでに聞くが、この狩り庭(オアシス)はおまえが造ったのか?」
「私と、取引をしましょう」
「話をはぐらかしたな? で、オレに魔族の取引に応じれと?」
「私は貴方とは別れの準備ができていませんから。生きて欲しいのは私の望みであり、なので私は取引を持ちかけるのです。それが貴方と私との別れとなりましょう。だから貴方が望んでください。生きたいと。望んで……、
――でも、貴方は魔族(私)に縋ってでも生きようとはしてくれないでしょう」
脱いだ外套まで止血に用いながら魔人は気絶だけはするなと繰り返しながら、近場の草花を根ごと引き抜き手に取っていきます。
「大丈夫ですよ。助けが来ます」
「お前がそう仕向けたからか?」
問いかけに魔人は頬を緩ませて、若者の口に即席の鎮痛薬を未加工の生薬そのままの形で差し込み噛むように促します。
「森の恩恵に文目(あやめ)の差も紛れて貴方と私の姿は何者の目にも“見えません”。声や血、匂いも何も“わかりません”。貴方が助け出されるそれまで、全ての脅威から私は貴方を隠しましょう」
富豪の希望の為に物事を揃えた魔人は、運用前にそれを瓦解させた己の失態にきつく奥歯を食い縛り、ただただ事の成り行きに全てを任せていました。
…※…※…※…
「ねぇ、あんた。そう、あんたよ、あんた」
告白したことで居たたまれず教会から抜け出した男の元に、世にも美しいダークエルフが近づいてきました。
「あんたから花の蜜の香りがするわ。 ……そう、魔界の花の匂い。どこにあるのか教えてくれないかしら?」
綺麗な女性だと圧倒される男は簡単に魔族の接近を許してしまいます。
「魔界を離れて久しかったの。おかげでいつまで経っても疼いて治まらないのよ。押さえつけるのも一苦労だし、我慢強いあたしにだって限界があるわ。だから……ね?」
そうしてダークエルフが女性ではなく青年であることに男は気づきますが、顎を鷲掴みにされて逃げるより先に恐怖で身が竦んでしまいました。
「声も出ないの? 可愛いわねぇ」
ぶるぶると震えるしかできない男に青年は興奮しきった顔でうっとりと艶やかに笑いかけます。
重なる顔が離れ蟲を飲み込んだ男は痙攣に激しく体が跳ねてしまいますが、青年に顎を掴まれたままだったので倒れることはありませんでした。
やがて男の痙攣が収まれば、青年もまた顎を掴む指を開きます。
「さぁ、案内おし。この砂漠のどこに魔界の森があるのか……、魔族と取引を交わした人族の裏切り者をあたしに紹介なさいな」
虚ろな目をして静かになった男に
レジスト・レタディーは優しく囁きかけます。