アーク辺境、アルスター辺境伯領。
この地で起きた相続目当ての殺人未遂事件と、その後の政治的暗闘、その背景にある血筋の問題は、王室の耳に入り、監察の対象となっていました。
「アルスター辺境伯領の秩序紊乱は甚だしく、当事者による自浄作用は困難であり、直ちに責任者各位を処断し、貴族裁判を行うべきです」
貴族の監察や裁判を行う王室の部署、<星室庁>の敏腕監察官、シンシア・マクブレイド女男爵は、当初そのように王室へと報告書を送ろうとしていました。しかし、殺人未遂事件については、被害者であるアルスター辺境伯
イーモン・アルスターが訴追を拒み、その後の政治的暗闘についても、アルスター辺境伯領を簒奪しようと表面上振る舞っていた
キリアン・ラードナーをかばう姿勢を見せ、譲ろうとしません。
「このご時世、現場の長の意思を無視して動くことはできませんし、3千年続いたアルスター辺境伯家ともなれば格別です。彼らの出方によっては恩赦もあり得るのでしょうけど」
シンシアはそう呟き、思案顔をしました。
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アルスター辺境伯領の城館の一室では、老いの気配濃い当主イーモンが、血のつながっていない娘である
フィオナ・アルスターに話しかけていました。
「そなたがたとえ我が血の連なりに属するものでないにしても、我が家の家風を継いだ娘であることは間違いない。ブリジットも、哀れな女であった。ワシは、今となっては全てを許している」
フィオナは神妙にイーモンの言葉を聞き、イーモンは言葉を継ぎます。。
「だからこそ、できればそなたにこの領土を任せたかったが、ならずとも、全てが失われるわけではない。諦めるな。さすれば、繋がる道もある」
「はい――辺境伯閣下」
頷くフィオナに、イーモンは重々しく告げます。
「父上で構わん。王室に対し、アルスター臣民に対し、ただしく騎士であり、貴族であると証明してみせよ。それが、そなた自身の存在の証明となるであろう」
フィオナはこの辺境伯領を、アーク全体を守る騎士としての意思をはっきり持ってうなずきました。
「はい。父上、私の友達や守り支えてくれた方のためにも、私が正しく騎士であり、”高貴なる者の義務”を果たしうると、皆に示してみせます」
ですがその前には、星室庁との正統性を巡る闘いが待っていることは明白でした。
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そしてバルバロイは、人間同士の争いを待っていてくれるほど悠長ではありませんでした。
「サトゥルヌスの326付近に、敵の大集団? 100m級小型艇5、バルバロイ100程度、だと!?」
天測を行っていた老天文学者は自身の観測にうめきます。その位置はアルスターの方角に属し、なおかつ、ちょうど大戦力を別方面に拠出していたアーケディア王国にとっては手薄な方面からの奇襲だったからです。
「これは大変じゃ、今にもアルスター辺境伯に報告せんと……」
しかし通信を開く前に、ふと思うのです。
――今のアルスター辺境伯領に、この攻勢を留める力と結束はあっただろうか、と。