浮遊大陸アーク、アルスター辺境伯領。
そこでは領主たるアルスター辺境泊と閨閥のラードナー一族が鋭く対立していました。
「王国危急存亡のとき、何としてもシャングリラを発見し王国を導かねばならん、なぜそれがわからないのか!」
50過ぎの偉丈夫、
イーモン・アルスターが、会議の場にて獅子のように吠えます。彼はアーカディア王国建国以来の名家として、「高貴なる者の義務」を果たそうとしていました。
それに対し、辺境伯夫人
ブリジットの弟であり、自身もラードナー伯爵である閨閥の長、
キリアン・ラードナーが涼やかに反論します。
「しかしこの辺境伯領もバルバロイの脅威にさらされています。まず領民を守ることこそ、”高貴なる者の義務”を果たすことになるのではありませんか?」
「物は言いようだな、ブリジットの弟と言う立場につけ込んで、他人の領地の政にくちばしを差し挟む手合が」
明らかに怒りを見せてイーモンは皮肉を口にします。本来なら決闘ものですが、キリアンはサラッとそのセリフを流し、反論します。
「我が姉ブリジットが嫁ぐまで、子宝に恵まれなかったアルスター家が再興したのですから、少しは発言を認めてもらっても良いでしょう。それに、私も伯爵です。口には気をつけていただきたいですね」
イーモンは黙り込みます。何人もの嫁を娶りながら、子宝に恵まれなかったアルスター辺境伯家が、断絶の危機に陥っていたのを救ったのは、たしかにブリジットとの子
フィオナが生まれたからでした。
そのフィオナは、父と叔父に向かって折衷案を提示します。
「まずは動かせる戦力の半分をシャングリラ探索に、残りを領内防衛に当ててはどうでしょう」
「話にならん」
「空論ですね」
イーモンとキリアンがそれぞれ否定するにも関わらず、フィオナは言葉を継ぎます。
「不幸中の幸いですが、昨今領内にも”外法の者”が増えております。この者らを登用し、戦力を増加させれば、将来的には可能です」
「ふむ……しかしそのような者共にそんな重大事を任せて良いものか……」
悩むイーモンに対し、キリアンは頷きます。
「そうです。我々貴族が”外法の者”などに頼るなど、貴族の名折れです」
結局、その日の会議は物別れで終わりました。
★
「お父様も叔父様も話を聞いてくれないなら、自分で動くしかないわ」
そう決心したフィオナは、城下の下町に出て、自ら「外法の者」を始めとする者達に、アルスター辺境伯領を救ってもらえるよう積極的に呼びかけをはじめました。
幸い、父であるイーモンはそれを黙認しています。娘がどこまでやれるか見届けようという親心でしょうか。
一方、叔父であるキリアンの方はフィオナの行動に目を光らせていました。
「フィオナになにか事があれば我家の権勢にも関わります。重々変事なきよう守護して下さい」
そしてこうも呟くのです。
「会議の場ではああ言いましたが、我が家の切り札であるフィオナがそう動くなら、態度を改め、新たな指し手を打たないといけませんね」
そこに、慌てた様子の侍臣が駆け込んできます。
「大変です! アルスター辺境伯南部に、バルバロイの大群が出現!」
「ふむ、私達も加勢して迎撃しましょう。フィオナの実力を推し量る好機でもあります」
落ち着き払い、象棋のコマを一手勧めながら、キリアンは涼やかな笑みを浮かべるのでした。