3年間の長きに渡る内戦をようやく終息させた
エリノス=ブレドム連邦王国は、国家再建と外部への発展の途を緩やかに進もうとしていました。
しかし、アレイダ中心部にあり交易路のハブであるとともに、豊富な鉱物資源をアレイダに供給してきたニブノス連邦が瓦解の危機に立たされている今、ブレドムもまた、それが引き起こした大嵐に翻弄されていました。
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ニブノス連邦瓦解の危機の中で、もっともブレドムに対して面倒な問題となったのは、平等党の支配権が強いニブノス連邦北部が「北部同盟」を名乗り、ニブノス連邦から半独立状態になったことです。
ニブノス北部は98戦役におけるブレドムによる占領の記憶も新しく、バノテスカヤの虐殺事件はブレドムによって仕組まれていたという現地報道も喧しく、北部同盟地域は反ブレドムの急先鋒でした。彼らは平等党を与党と奉じており、平等党弾圧に転じたニブノス連邦政府と決別。中立の立場で航路保持につとめるニブノス宇宙軍の制止を振り切り、ブレドム船舶の航行妨害に至りました。ブレドムでは先だってのディヤウスへの小惑星落下テロ未遂による平等党嫌悪もあり、北部同盟討つべしとの声が沸き起こりつつあります。
もちろん、これは内戦に疲れ果てたブレドムにとっては少数派でしかありえませんでしたが、問題は平和統一によりだぶついた宇宙・地上戦力と、同じく平和統一により産業構造転換を強いられる軍需産業が、急進派の側に付きかけていることでした。
「統一したそばから国論が過激化か、なかなか喧しいことだ。テロ屋の毒が効いているな」
「ニブノス宇宙艦隊はまだ健在だし、平等党のパルチザンを太らせる義理もないわね」
ブレドム統一の立役者たち、政商
ボーンベニン・セルハバードと、エリノス王家の
マハル・エリノス内親王は、それぞれに意見を述べた後、同時に溜息を付きました。
「まぁ、この変事だ、頭に血が上るやつもいるだろう。だが、せっかくなった平和統一だ。こんな下らんことで兵を挙げるなんぞ御免こうむる。急進派を抑え込んで国論を収拾せねばならん。幸い、ライアー帝国もカイラーサ自治領も、98戦役の反省や平等党との同志的連帯といった独自の思惑はあるが、全面的に急進派抑制に協力すると言っている。やるぞ、マハル」
ため息の後、セルハバードははっきりとした態度を示します。マハルも決意を秘めた表情で頷きました。
「ブレドムは、エリノス王家は、このくらいの嵐にたじろがないと、高貴なる者の義務を果たして見せると、はっきり臣民に示してあげるわ。絶対に、やっと成し遂げた平和統一を無駄にはさせない」
しかし、アレイダ全土に吹き荒れる嵐は、未だ復興の渦中にある統一ブレドムを激しく揺さぶっていたのです。
それでもなお、統一ブレドムという船は、嵐の中に漕ぎ出そうとしていました。
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エリノス=ブレドム連邦王国暫定総理大臣、
クラウス・和賀は、セルハバードに呼び出され、いつになく緊張していました。
ソファに深々と座り込んだセルハバードは、対面する和賀に、開口一声こういいました。
「選挙を実施する前に、選挙管理内閣の仕事として、新選挙制度を作れ」
「はい? ――いやたしかにそうです、絶対に必要ですそれは」
和賀はすぐに真意に気づいて頷きます。
エリノス=ブレドム連邦王国では、王が臣民を直接支配し、その補佐を列公会議と貴族院が行い、それらの監査を普通選挙による民選議院が行うというやり方が、憂国士官会台頭直前には成立していました。現在の政治構造は、3派和平の際、カイラーサ自治領を除いて「旧に復す」ことが条件だったため、先述の形に落ち着いています。
ですが、現在の選挙制度は中選挙区制であり、死票が少ない代わりに勝者の取り分が少なく、小政党が乱立しがちな傾向があります。セルハバードはそこを補強し、臣民の多数を占める中産階級や貧困層の支持を得た政党が民選議院で優位に立ち大政党を形成できるようにしろと、和賀に命じたのです。勿論これには、対北部同盟政策で強硬な態度を取る急進派を少数派として封じ込める意図も含まれていました。
「そうなれば完全小選挙制が一番単純ですが……いずれにせよ民選議院でヘゲモニーを握る大政党が生まれるような選挙改革案を、王室が通しますでしょうか?」
至極まっとうな和賀の疑問に、セルハバードは一言、重々しく告げました。
「マハルは全面的な協力を申し出てきた。王室は臣民の権利拡大によるいびつな階級制度の是正を図っている。問題ない」
「えっ」
和賀はエリノス王家がそこまで譲歩することに驚きを隠せませんでした。
ですが、和賀もここが正念場と見定め、少しでも上を目指そうとしますが、気にかかることがあります。
「とはいえ、王室の協力と申しましても通しやすい案と通しにくい案があるでしょう。そこの判断は私に委ねてもらって結構でしょうか?」
「ああ。お前の才覚は信頼している。ただ、選挙後も見据えて行動しろ。できれば選挙後の最初の民選議会で、民主憲法制定建白書が出せるくらいの票数が集まる選挙制度と政党づくりをやれ」
セルハバードの無茶振りに、和賀は眉を少し顰めましたが、彼が暫定ではない本物の総理大臣になるためには、これは必要な試練と言えました。
そうして、熱い政治の季節が始まったのです。
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エリノス=ブレドム連邦王国暫定外務大臣、
烏丸 秀は、周辺勢力が彼のロスマンズ・ロック・ハイウェイ構想に対し、次々と対抗案を作り上げているのを知って、苦々しい顔をしました。
「ボクのプランの後追い、はっきり言って邪魔なんだけどね? 鳶に油揚げをかっさらわれるのはゴメンだよ」
烏丸が知ったところによると、周辺勢力の対抗策は、合計で3つ始動しつつあります。
まずは、ライアー帝国からの提案――「帝国外辺環状航路」構想です。烏丸の構想に上乗りする形で、ライアー帝国とアレイダの結節点にあるフォルクレーテ要塞~ライアールートと、メネディアの3点を接続する環状航路の建設を行うという構想は、烏丸案の換骨奪胎であり、ブレドムとメネディアが一体として、ライアー帝国の強い影響圏下に組み込まれる結果を生むでしょう。
次は、アラコスからの、ポート・リンクス~フラードルのアレイダ製西方縦貫航路を啓開する「アラコス・ハイウェイ」構想です。これが実現すれば、メネディアはアレイダ南部に対して何かと面倒なニブノスとの折衝をしなくて住み、アラコスとの直接貿易が可能になります。それは同時にメネディア重工業界とNF57系企業との競争の開始を意味しますし、アラコスの軍事的圧力を露骨に受けることになります。
最後に、これらの航路の開設によって、辺境航路に追いやられる勢力による抵抗案――メネディア平等党が起案し、ニブノス、ブレドムの平等党勢力が同調する。平等党影響地域をつないだ既存路の安全帯の確保――「繁栄一路」構想です。時間と資金のかかる新たな投資に反対し、平等党影響地域のベルト交易路の安全を確保することに傾注すべきという案であり、現状の微温的環境の温存を願うメネディアではもっとも人気があります。なぜなら、NF57もライアー帝国も渋い顔を浮かべるこの案では、メネディアは主役を演じることができ、自分は大規模プロジェクトの資金を負担しなくても良く、なおかつ大国との距離を保つことができるからです。
しかし、烏丸は負ける気は毛頭しませんでした。彼の構想は他のものより一歩先んじていることがその根拠でした。
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このような課題を抱えた中で、列公会議による裁判が始まろうとしていました。列公会議議長であるケセルリア大公、
ヘルムート・ラスドアは、他の列公会議議員とともに、前憂国士官会総帥、
アラディヴ・ラジェンドラの起訴状を作成しつつ、その後の展開を考えていました。
「シャルード・アリシーバ大将他複数の殺人罪、内乱罪、王室に対する反逆罪が主だった罪状になる。これはほぼ確実だが、お手盛り裁判にしないためには、確実な立証と訴訟指揮が必要だ……」
ラスドア大公はそうつぶやき、そして疲れたように溜息を吐きました。連日の起訴状作成で、実際疲労が蓄積しているのです。
「それでも、ワシがやり遂げねばならん――ラジェンドラの跳梁跋扈を許したのはワシの責任でもある。皆、ワシに力を貸してくれ」
その言葉に他の列公会議義員が頷いた瞬間、ラスドア大公は胸を抑えて倒れました。
「大公殿下!」
列公会議議員たちがあわててかけより、侍医である
テレサ・ファルシエを呼びます。
「狭心症です。まだ軽いものですが、あまりに身体を酷使すると、命に関わります」
テレサは内心、『ラスドア大公にはラジェンドラ裁判の指揮はできないのでは……』と懸念していました。しかし、ラスドア大公はその懸念を振り切るように言いました。
「ラジェンドラ裁判が終わるまでは、ワシは死なんよ」
その言葉にテレサは、言い知れぬ不安を覚えるのでした。
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ブレダ太陽系、主都星ディヤウス、首都ジャヴァーリ。その中心街近くにそびえる野外コンサートホールでは、和平統一祝賀と、統一維持切願のための、「和平大芸能祭典」が開かれようとしていました。
そのリハーサルでは、ひとりの女性が、スポットライトに照らされながら、段上中央に立ち、情感のこもった歌声を上げています。
「目を閉じてみれば 瞼に浮かぶあの笑顔
もう二度と聞けなくても 決して忘れないあの声
あなたが夢見た世界が 今そこにあるよ
共に未来を掴もう 新しい希望と 奇跡を」
「はい! 良かったよアインちゃん!」
和平大芸能祭典のプロデューサーが、アイドル貴族院議員
アイン・ハートビーツに呼びかけます。彼女はこの祭典のメインとして、新曲含む数曲を歌い上げることになっていました。
「ありがと!」
渡されたスポーツドリンクで喉を潤わせながら、アインはリハーサルでの自身の歌を吟味します。
「んー、もう少し気持ちを載せたほうがいいかな?」
「いや、十分気持ちは乗っていたよ!」
「でも、今回はブレドム全土にフォールドプローブも使って中継するんでしょ? だったらもっと頑張らないと!」
そんなやり取りをプロデューサーとしつつ、アインは夜空を見上げます。
――もしあの小惑星が落ちていたら。
――和平どころか、ディヤウス自体が壊滅して1億5千万もの人が死んでいたかも知れない。
そんなことを思い浮かべて、ふと顔を曇らせますが。
「いけない! ボクはみんなに希望と笑顔を届けるアイドルだからね! しっかりしなくちゃ!」
アインはファイトポーズを取り、来たるべき祭典へと心を集中するのでした。
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ブレダ太陽系から遠く離れたファルケン岩礁宙域――そこに、ファントップ精鋭コマンドウ部隊「オリョール」残党の物資集積基地がありました。
「次のテロ目標だけど、概ねみっつ。統一選挙の妨害による相互不信と憎悪の刺激、反平等主義急進派の刺激、そして和平大芸能祭典への攻撃だ。このための装備は十分備蓄されている。核がないのが残念だけど、BC兵器や小火器なら十分あるさ。それに、テロは1丁の銃からでも十分な効果を発揮する。せいぜい楽しいパーティを、自分自身を賭けた恐怖と憎悪の祭典を繰り広げよう。勿論アドリブも大歓迎だとも」
基地のミーティングルームで、オリョール残党と新しくスカウトしたテロリストたちに、作戦を説明するのは、オリョールのリーダー、
レフ・ダヴィドです。白面の貴公子然とした彼こそ、その涼やかな笑顔に見合わず、ディヤウスに小惑星を落下させ、死の惑星としようとした狂気のテロリストです。
「ああ、勿論、逮捕された仲間たちの救出も行う。だけど、このみっつのテロでブレドムが十分混乱してからだ」
「混乱しなかった場合は、どうする?」
テロリストのひとりがそう問いますが。
「昔から言うだろう、テロは行うこと自体に意義がある、ってね」
レフは涼やかな笑みのまま、軽く言ってのけます。
そこで、険しい顔をしたファントップの政治将校が、レフに向かって怒りをあらわに告げました。
「レフ・ダヴィド。貴様には本国党政治局から党除名ならびに軍籍剥奪処分、本国への帰還命令が出ている」
「おや? 何故だい?」
からかうように問いかけるレフに、政治将校は怒りを爆発させます。
「本国はブレドム平等党の支援作戦を実施しろと命令した! にも関わらず、貴様は越権行為で、アレイダにおける親ファントップ勢力であるアレイダ各国平等党の理念と活動に回復不可能なほどの損害を与えた! その意味がわかっているのか?」
すると、レフは笑みを収め、真剣な表情で、政治将校を見つめました。
「今ある確かなものを賭け、不確かなものを得ようと試みる――テロとは世界に対する挑戦であり、”ただそこにある”世界を否定し、”意味ある世界”を我がものとするための手段だ」
「貴様は何を言っているんだ!?」
政治将校に、レフは冷ややかに宣告します。
「僕が今言ったのは、”ヒトの言葉”だ。それが理解できない君は、ヒトではない――ただの、ファントップという固く冷たい体制の檻に閉じ込められた家畜だよ」
「家畜、だと?」
「そう。ファントップはヒトの平等を唱えるが、実際は家畜と”より平等な家畜”しかいない巨大な『厩舎』だ。僕はね、その体制はヒトを否定するものだと理解した。このアレイダで、理解させられたと言うべきかな。だから僕は厩舎からの脱柵を決意し、ヒトがヒトらしく自らを可能性に賭けうる道を選択した」
氷のように怜悧な表情とドライアイスのように冷たい声音で、レフはそう告げます。
「レフ・ダヴィド、貴様を党への反逆分子として粛清する!」
政治将校が銃を抜き、発砲します。しかしレフは髪の毛1本の差で銃弾を避け、そのまま衝撃波を放ち、政治将校を惨殺すると、涼やかに、謳うように言いました。
「反逆じゃないさ。ヒト本来の生き方に目覚めただけだよ。そして、僕の異能で、他のみんなも目覚めさせた――もともと目覚めていた人は別だけどね。だけど」
レフはふと表情を冷たくし、氷の声音で言葉を継ぎます。
「アレイダの人々は、自由の価値を理解していない。そのままじゃ、いつまで経っても”家畜”のままだ。だから、僕は――」
レフは言葉を切り、一転軽やかな声音で、並んでいる隊員とテロリストたちに告げます。
「そんなことは今更どうでも良かったね。僕たちは自由だ。その自由を最大限に行使し、アレイダに真のヒトのあり方を指し示そう。そう、恐怖と憎悪によってね」
静かに、しかし確信を持った声音で告げる彼は、本当に”ヒト”なのでしょうか?
そして涼やかな彼の顔に、どこか隠しきれない暗さが見えるのは、一体何故なのでしょうか?