臨時軍事評議会暫定内閣総理大臣である
クラウス・和賀は、将来の展望に心をさまよわせていました。
「ラスドア派との交渉で、我々はラスドア候をケセルリア大公として認め、列公会議議長に迎えて、列公会議によるラジェンドラ裁判の裁判長となるよう求めているのですが、はたしてこれにラスドア侯は乗りますかねえ……」
ラスドア派の首領、
ヘルムート・ラスドア候は、かなり和平に心を固めていますし、候子
コンラートはより熱心な和平推進派です。ただ、ニーベン大公位の継承者である
エルンスト・ライドナー候は、和平するとしても貴族の利権をより強化しようと考えており、彼が交渉の表に出てきた場合、ラスドア派との和平は貴族にどれだけ権利を譲るかという綱引きになるでしょう。
「対するブレドム連合は、少しばかり厄介です。彼らはライアーの庇護を得るための交渉を我々より先に進めていますから、カイラーサ太陽系の自治と、王政社会主義政党の政治活動是認を条件とした強硬な交渉をしてくる可能性がありますねえ……」
ブレドム連合の指導者であるカリスマ思想家
チャマク・ウッタイと、その下で実権を握る
ジャック・リーは、カイラーサ人民の真の平等を求め、ライアーと締結されようとしている一連の政治・経済・情報的協定を盾に、最弱の勢力ながらかなり強気の交渉をしてくるものと思われます。
「更には、首都での怪しげなカルトの活動もありますねえ……戒厳令で抑え込んでいるとはいえ、抜本的な解決が必要でしょう」
首都ジャヴァーリでは、クーデター直前頃から「サイバネティックスによる障害者の解放」をスローガンとする、平等党系カルトが暗躍し、傷痍軍人たちなどの間で勢力を広げつつありました。
「ですが、負けてはいられません! 私には、和平を完遂し、しかるのちに選挙管理内閣の総理として公正な選挙を行い、ブレドム臣民の再統合ならびに政治の民主化を成し遂げるという大きな使命があるのですから!」
和賀は現在臨時軍事評議会の下の傀儡総理でしかありません。ですが、臨時軍事評議会から選挙管理を任されており、これは後々重要になるポジションであることは確実です。将来の展望は、不透明であるが明るいと、和賀には思えてなりませんでした。
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「あのお調子者は、放っておくと傀儡であることを忘れて動きそうだな。だが、使える男だ。臨時軍事評議会や俺に足りない内政のメソッドを理解している。軍人とも商人とも違う、まさに政治家としての手腕だな」
クーデターの首謀者にして臨時軍事評議会のフィクサー、政商
ボーンベニン・セルハバードは、肩をすくめつつも和賀の手腕を認めていました。
「私も同感ね。彼は今のところうまくやっているわ。それはそうとして、和平のイニシアチブは誰が握るの?」
クーデターを支持し、祖母である
アフィーナ女王と父である
アルナーチャラム皇太子を押さえることによりクーデターに貢献した、
マハル・エリノス内親王は、同意しつつもより重要な話題をセルハバードに振ります。
「ふむ。こちらからは、臨時軍事評議会の重鎮と暫定内閣の主要閣僚クラスを出して予備交渉に当たらせよう。ラスドア候もウッタイも、その格に見合う相手だからな」
「特に貴族は格を重視するから、その判断は間違いではないわね。だけど、それ以外の人材でも、やる気があって有能な人間なら抜擢していいと思うのだけど」
「当然だ、ガッツのあるやつじゃないと面倒な交渉はできんからな」
セルハバードはワイルドな笑みでマハルに答えます。
「でも、和賀の観測ではラスドア派も連合派も和平に前向きなんでしょう?」
「前向きと言っても、こうした議論は、総論賛成各論反対になりがちだ。長い議論になれば、俄然ガッツのあるやつが有利だ。だが、ゴリ押しだけでは交渉は決裂しかねない。ときに折れ、人の言葉を聞く度量のあるやつに交渉を託したいものだな」
マハルはセルハバードの言葉に納得し、和平後のビジョンを語りました。
「和平がなれば、国内産業の活性化もなるし、数ばかり多い軍人も復員できるから、ブレドムの景気は随分良くなるわね。メネディアとのFTAを結べば、メネディア資本も導入できるから、ますますというところかしら?」
「メネディアは金融と工業製品で儲け、ブレドムは工業部品で儲ける。win-winの関係だ。ここにニブノスが加われば、資源>工業部品>工業製品のサイクルを金融でメネディアが回す仕組みが完成するんだがな、ここは難しい。当面はニブノス情勢を見つめていこう」
セルハバードのビジョンは堅実です。マハルは、彼のそうした態度に、ふと父親にも似た信頼感を抱きかけ、この男がしたたかな女たらしであり、悪魔のような奸計を巡らす人物であることを思い出して思いとどまりました。
いずれにせよ、ふたりは明るい未来のため前に進み続けるつもりでした。
★
その頃、
イレーネ・シェーンブルグSS少将は、ジャック・リーとの交渉に頭を悩ませていました。
「アレイダにおけるファントップの情報提供、カイラーサ岩礁地帯のテルモナイト鉱山開発誘致、ライアーからの武器購入、統一政権におけるライアーへの服属による他勢力の牽制――この条件自体は悪くない。だが、私に報告もせず交渉をまとめていた外務省――総統府の動きは大問題だわ」
イレーネは総統府からSS少将の位を受けていますが、ノイシュタット大公
ロルフ・シュタインから女伯の叙爵も受けています。そして本人としては、ロルフに忠誠を誓い、その意志のアレイダにおける代行者として振る舞ってきました。外務省――ひいては総統府の横槍は、彼女にとって不愉快かつ不安な現象です。総統府の一部が――まさか総統自身ではないでしょうが、ロルフに対してアレイダ政策の主導権を奪おうと挑戦してきたということですから。
「総統にとっては不利益になりかねないことを、独断でやって、こちらまで混乱させられてはたまったものではないわ」
イレーネに対する挑戦は、ロルフにとっては列公会議や国政国防会議における政局の種となり得るものです。その無謀さにイレーネは呆れ、この件についてロルフに報告し、主導権を握り返すこととしました。
「それはそうとして、すでに締結されているこの協定を、臨時軍事評議会派に呑ませるにはどうすればいいかしら……」
しばらくイレーネは考え込みましたが、結論は最初から分かっていました。
「セルハバードほかの臨時軍事評議会首脳部と膝詰め談判するしかないわね……」
そこで繰り広げられるであろう煩雑な交渉を思い、イレーネはため息を付きましたが、それでもブレドム問題は現在のイレーネの最優先事項でした。そこに広がっている善悪成否定かでない混沌とした灰色の事象を、少しでもライアー有利にまとめ上げるため、イレーネはまだブレドムに深くコミットメントする必要がありました。
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「ラスドア派、ブレドム連合派、いずれの勢力も現在の臨時軍事評議会と和平させるわけにはいかない、断固として阻止し、ブレドム内戦を長期化させ、もってライアーのアレイダ戦略を停滞せしめよというのが、本国の方針だ。我々は、苛責ないテロによってのみそれを妨害できる」
ファントップ――アレイダから見てライアーの後背にある人口100億以上の共産主義超大国からやってきた、長距離襲撃部隊「オリョール」は、ブレダ太陽系で和平妨害テロを起こすことを計画していました。
「しかし、先だってのマハル内親王誘拐計画は失敗し、ブレドム和平の機運は高揚しており、生半可な方法ではこれを妨害できない。だが、本国の命令は絶対かつ無謬だ。我々はこれを必ずや遂行せねばならない」
ファントップは数百年前にライアーから独立し、以後極めて強固な全体主義・共産主義体制を取っています。ライアーより更に辺境であるファントップがその国体を維持し、ライアーに対抗していくためには、そのような堅固で、裏切りや離反を全く許さない体制が必要だったのです。そんな国家の軍における最精鋭、特攻兵に選ばれるのですから、「オリョール」隊員はみな鉄の意志をもって祖国に忠誠を捧げています。無批判かつ徹底的に。
だから、このような作戦案も出るのです。
「我々『オリョール』は、ディヤウスのラグランジュポイントに存在する資源小惑星『プリティヴィー』の制御を奪い、ブレドム連合による犯行声明を出した後、核パルスロケットを再点火し、ディヤウスに対して落下させる。この作戦が失敗しても、ブレドム連合に対する臨時軍事評議会派・ラスドア派の態度は硬化するだろう。成功すれば、臨時軍事評議会派を――いやブレドムという国家すら粉々に砕き、内戦のスキームを、根底から変革しうる」
明らかに常軌を逸した作戦でした。大質量兵器による惑星爆撃は、連合条約世界では正式に、アレイダ自由圏やライアー帝国ですら不文律として守っている交戦規約「ジェーン条約」の絶対的禁止事項です。軍事と陰謀の大国であるライアー帝国が、NF57星系を征服しようとして行った大星間戦争「87年戦役」の時ですら、そのような蛮行は行われませんでした。それだけの禁忌なのです。
それにもかかわらず、『オリョール』の面々は、うっそりと頷き、リーダーの言葉を受け入れています。この大量殺戮計画は、実現すれば1億以上の人命を奪い、ディヤウスを居住不能の死の星とするでしょう。しかし、その計画を知るものは、未だ彼らの他にいませんでした。
ですが、その意味では完璧な計画を立てておきながら、彼らのリーダーである
「レフ」は、水の入ったコップを見つめながら、心中密かに、どこか苛立ちを隠しきれない調子で思うのです。
「コップの中の嵐に石ころを放り込み、溢れさせる。そうすれば奴らも、自分たちがいかに狭いが豊かな楽園にいたか、放り出されて初めて気づくだろう。いや、俺が気づかせてやる」と……。
彼は本当に、ファントップの命令に従っているのでしょうか?
いずれにせよ、そこには闇黒の意思が込められていました。