ロンバルト・コッペル准将はは総司令部より、突然の呼び出しを受けました。
「食品健康被害のほうは、カタがついただろう。緊急でやってほしい案件がある」
巌の如き骨格の歴戦の大将、ニブノス連邦軍総司令官ボスロフはコッペルに告げました。
「バノテスカヤですか、それとも元通関局の賊退治ですか」
「そのどちらでもない。君の仕事はNF57系から買い付ける新型戦艦の艤装委員長だ。喜べ、ニブノス最大最強の軍艦の艦長候補だ」
「艦長なら大佐職でしょうし、どこから買うかも決まってない船では……食品被害の始末も兵士救済も終わってはいません」
「君はオメガ部隊襲撃への関与を疑われている。君は政治にのぼせすぎている。ほとぼりと頭を冷ましてこい」
連邦における最大の統合的な官僚組織である軍には2つ問題を抱えています。
ひとつは政情不安鎮圧のために派遣したオメガ部隊が現地住民からの攻撃を受け、大規模反撃をおこなってしまったことです。これによりバノテスカヤ小惑星府は情勢鎮圧のために戒厳令を発令し、現地鎮撫を最優先として、上納金・軍の供出を引き上げていることです。
もうひとつはメネディアとのFTA締結により、それまで通関業務で私腹を肥やしていた仕事を失い、海賊への武器横流しを名目とした大規模な監査を食らった通関局が大規模サボタージュに入っていることだ。一部は船ごと離反宣言をしている。改革派民間団体が委託で代行したり、保守派有志がサボタージュを脱し、業務を行っているが、業務の停滞、混乱がはじまっています
ニブノス連邦軍は、基本的にフォースプロバイダーは各小惑星府、フォースユーザーは連邦軍総司令部の建て付けとなっているため、連邦予算の不足が発生すると、活動の不活性化が危惧されている。それらの重要業務から外したのは明確な左遷人事でした。
「全く政治というのは厄介なものだ」と部屋から出たコッペルはボヤキを残しました。
クレソンの評議会入りを助けた結果は覚悟していましたが、これからの身の振り方には細心の注意を払わなければ、火の粉はかれの身を焼くことに成るでしょう。
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あらたに
評議会入りしたクレソン・ナムはニブノス内で力になってくれた有力者、
ドラコス評議員の下を訪れていました。
「ミセス、現在のニブノス連邦が抱えている問題はなにか?」
「まずは統一の回復、次に適切でそれなりに合理的な中央・地方関係の構築が必要です。バノテスカヤ平等党には【油種】の供与で説得しましょう」
「あいつらは発掘資金を出していない。先に投資したものには利益があるのは鉱山の常識だ。自分もそれで身を立てたのだ」
現在発見された【油種】の管理は発掘を主導した、ヴァーツラフ・クラマーシュの管理下にあります。
「どのみち、持ち出しも複製も簡単なものなら。量産すれば、いずれ秘密は漏れ、盗用されるようになります。それくらいなら早くに提供して適正な利用料をとったほうが有益になるでしょう。それに植物栽培なら他に適した国もあります」
「その相手はメネディアか?随分と信用しているな?」
「メネディアが信用できないなら、NF57系のアラコスあたりに利用権限を売ってもよいでしょう。軍艦購入代金をそこから出しましょう」
「それでは、あまりにもニブノスにとって旨味がない。旨味が無ければ配る金も足りなくなる」
「ニブノスの基幹産業は鉱業と交易船団であり、未来に向けて積み上げる力です。偶然のロステク発展の恵みは交易活発化による比較劣位で経営している食品よりは、いくらかましな業態へ転業できることで十分です。あまり突発的な要因に依存しないのは経営の基本でしょう」
「考え方は理解したが、それでうまくいくなら経営に苦労はせん。経営とは思いがけないことの連続だよ、とくに組織が小さいときにはな」
ドラコスはそう言うと机のモニターをつけた。
ライアーの水と燃料の安価供給によって、アレイダ近隣市場の混乱で大損した投資家の話。ライアーがニブノスに大使館移転にともなう警備力増員を申請していること。なかなか解決しない病院の渋滞。ブレドム政変によって明らかになったラジェンドラ政権の悪行といった問題が次々と表示される。
「これはブレドムから送られてくる『戦争難民』だが……」
いささかすぎるほどに艶やかな格好をさせられた若い女たちの動画が映し出される。
「表向きは難民船ということになっているが、『花嫁船団』と呼ばれているらしい。実態はまぁ……旦那つきという名目で国なり親なりに売り飛ばされたということだ。戦争中の国から娘を逃すという親心かもしれんが。男社会で慢性的な嫁不足のわが連邦にとって、商業的価値を有する交易物のひとつとなっているらしい。ブレドム情勢の変化にあわせて、帰還など対応が必要になるかもしれない」
そこまでいってドラコスは息を吐いてみせた。
「商品の返品となれば、相応の不満も生じる。この問題に対応しなければならない。娘を抱える親ならわかると思うが、このような国にはしたくないものだな」
「ひとつ伺ってもよろしいでしょうか、あなたの愛人のなかに、ブレドム難民出身者は?」
「3人ほどいる。人には幸せになる権利がある。どんな状況からでも」
「罪悪を覚えたことは?」
「ない。人の上にたつものは、幸せであると見せる義務がある。どんな手段をつかってでも」
「よくわかりました」
「よい仕事を期待している。クレソン評議員」