先の<リンゼイ船団>より始まった近地球圏からの植民者の来着は、散発的ながらもなお、続いています。
しかし、その内実は大戦前のそれの様に秩序だったものではなく、規模構成もまちまちで計画性があるとはとても思えないものでした。
そして何より、その乗船者に入り混じる、近地球圏において多かれ少なかれ忌避されてきた存在たちの姿。
あるいは変異種、あるいは異能者、身体改造の進み過ぎたサイバネティクス、等々。
形式上志願があったか否かもともかく、明らかにそこには<厄介払い>の意図が見え隠れしていました。
そして中には、事実上の<棄民>とすら言えるようなものさえ……。
第1景 異形の漂着者たち
ここは……どこだ……
簡素なコンパートメントで、彼は目覚めました。
「ウソだろ。ほとんど1年たってるじゃねぇか」
そして、思い出します。
近地球圏の片隅、荒廃した星のスラム街。何らかの形で社会から排斥されて来た彼らの、最後の居場所。
だが、そこからさえも催涙弾やテイザーで駆り立てられ、送り込まれた施設の中で、画面越しに役人がこう言います。
『疎外されてきた諸君らこそは、人類の新たなる可能性だ。フロンティアの拡大のため、新天地で頑張ってくれたまえ』
くそったれが!! 画面を叩き割ろうとした時、ショックとともに彼は意識を失いました。
そして、おそらくは冷凍睡眠下に置かれ……。
***
連合条約植民世界の最前線NF57。その更に辺境アレイダ宙域。そして、その中の小国家レバーナ植民地連邦の首府、キャステロ・シティ。
1年前、そして数千光年の向こうとは随分と異なり、ここでは彼らを市民・植民者として、歓迎と期待をもって遇するつもりのようです。仮IDと5kポンドの与信。ガーディアン等級(社会的権利義務のようなもの。与えられたのは最低級でしたが、基本的人権は保障されます)の設定、等々。建前上、これらを全く持たない条約域内居住者はないはずなのですが、彼にとっては初めてのことでした。
ですが今、一定期間の適応訓練を終えて街中に解放された彼は、漠とした不快感をもって佇んでいます。
ここでは異邦人、異形として社会的に排斥される様なこともあまりありません。
無理矢理に引きはがされて来たとはいえ、あそこが惜しむような「故郷」だったとはとても言えない。思えない。
しかし……いろんな面で生活や処遇は向上しても、何もわからないまま勝手にされたということに、このいきなりの異郷アレイダに、どうしても疎外感を感じざるを得なかったのです。
もやもやとした気持ちが、つい声となって漏れました。
「有難くって、涙がでらぁ。くそったれが」
すると、その彼に後ろから突然声がかかります。
「<地球の子>よ。葦船の着いた地はお気に召さなかったかな?」
驚いて振り返ると……そこにいたのは、銀髪痩身の男。
顔立ちは異様なまでに整っているが、どこか少し、疲れた風な印象があります。
何を言ってるのかはさっぱりわかりませんが、なんとなく育ちは良さそうで、人間は悪くないような感じもしました。
その彼は携帯情報端末を差し出し、更に言葉を継ぎました。
「行き場がないのなら、居場所がないのなら……どうだい? 私の船に乗ってみないか? やれること、やりたいことを見つけるついででもいい」
その画面には、募集広告。
『Toward The Star :求む。一芸ある、はたまた一癖ある乗船者。
ロストテクノロジーのロマンを追い、星をめざす旅。食住保障。されど結果の保証無し。成功はなくとも愉快な経験にはできようか。来るもの拒まず去る者追わず』
「なんだ、こりゃ……」
「ま、私の道楽みたいなもんでね。この星域の歴史民俗・惑星科学・ロステク・その他諸々……人文社会から自然科学まで、全てにわたる包括的サーベランスをやってるんだ。興味範囲があまりに広範なんでね、いろんな人材の手助けが欲しい」
「調査って……俺にゃ学なんてものはないぞ」
「別に、学術的技能だけを求めてるわけじゃない。護衛とかでもいいし、街中でいろいろヨタ話を聞き込んできてくれるだけでもいい」
そういわれてみれば、彼の周囲には、それとなく随行する護衛らしい振る舞いの者もいます。
周囲に溶け込む、というよりも、そこらの住人と変わらぬ風体の者も。つまり、これが彼のようにリクルートを受けた人間ということでしょうか。
「まあ、道楽でもあるが、強制植民者順化プログラム事業としてUTDCの支援指定も受けている。この邦に慣れるまで、というのも悪くないと思うが?」
胡散臭いと言えば、胡散臭い話ですが……。
第2景 諸人、うち集いて評議するに……
1: <円2/政商>
デネヴ星区、首都ユーリズレクト市。
高層ビルの一室に、情報端末の読上げ音声が流れています。
『ジョン・サリヴァン・アーキヴ。富豪にして学者、著述家、ディレッタント、放浪家。連合条約植民省の現地駐在員に端を発するカート・エッジの名家、アーキヴ家の3男。もともとUTDCで学者や官僚を輩出する家系だが、その中では異端児で、外へ出て放浪することを好み、総じて保守的な一族の伝統とは距離を置く』
その声に重ねるように、部屋の主は呟きました。
「どうみても、ただの道楽者の呈だが……だが、こんなふわふわした事業、しかもよりにもよってレバーナなんて極め付きの辺地でのそれに連合条約の金が入っている。腐っても条約官僚の裔には違いない。何かが、ある……のか?」
まだ若い。30前後に見える、身なりのいい男です。
「NF57の筆頭星区たるデネヴとしては、条約政策の支援は<当然のこと>だな」
そう嘯くように言ってから、ふと眉を顰めます。
「まあ『連合条約は、既に存在しない』と、かの優越人間は言ったわけだが。それでも数千年数千光年を閲してきた体制なのだ。一夜明けたら消滅していた、という風には行くまい。現に今も遥か彼方より植民船を送ってくるし、植民者IDの付与やガーディアン等級設定は未だ彼らの専権事項なのだからな」
頭を振りながら、自らに言い聞かせるかのように言い継ぎます。実際、各種ID等の付与権を持つ(付与後の管理は現地行政に委ねられるが)というのは、およそ無視できることではありません。これまで恣意的操作の事例はなく、それ故にほとんど空気の様なものですが、逆に言えば植民者の社会制度的アイデンティティの根本を握っているとも言えるのです。
「まあ、今の時点では旗を掲げてやる程でもない。代理人を介し、現地でエージェントを雇う。探り針くらいは付けておいても良かろう」
この、誰が聞くわけでもない言い訳めいた言葉は、彼が本件に何かを、今はまだ何かいわく言い難い、しかし看過しえないと思うものを感じている、ということを意味していました。
2: <杯K/議長>
レバーナ植民地連邦首府、キャステロ・シティ。
移民たちを運んできた船に群がる無数の光点。
宇宙作業服に身一つを委ねた工夫達です。切り出される資材機材がまとめられ、あちこちで大きな塊を成していました。現地政府に払下げられ、解体されているのです。
もともと、連合条約植民省の標準型船は完全無人による片道便で、地球圏に帰ることはありません。到着後は船としての機能を停止し、現地で資機材に転用されるよう設計されています。これは今に始まった話ではなく、大戦以前から連合条約の植民政策は中央から辺境への一方通行で、逆行は厳禁とされていました。技術水準差による社会的混乱を避けるためとも、人口送出を目的として始まった移民政策の故とも言われますが、もはや何百年も前よりそれはただ、自明のルールとされてきました。
船として使えないことに不満もあるでしょうが、資材だけでも膨大で、受け入れ側のメリットは十分にあります。辺境各政府が今回の急な移民船をこぞって受け入れたのも、単純に人の確保ということのほかにも、そういう多くの受益の故があったと思われます。そう、あたかもかつての隆盛期、大植民時代の再来のごとくに。本来、辺境とはそうやって発達してきたのですから。
「これからだ……ここで再び、条約との関係性を繋ぎ直し、投資を呼込む。我々は大戦による開発の頓挫以来、300年近くもこの時を待ったのだ」
初老の男は、その光景を前にしてこう言います。
「新しい住民たちとも、いろいろとあるだろう。今までのレバーナでは居られなくなるかもしれない。だが……このままでは駄目だ。若く、意欲の在る人間からこの邦を出て行ってしまうようでは、駄目なんだ」
彼は、何らかの深い悔恨を込めてこう呟くのです。
「今度こそ、フォルトゥナを逃がすわけには行かない。最後の、チャンスだ。この邦にとっても、私にとっても」
ですが、そこで視線を上げ、声に決意を込めて言い切りました。
「だからこそ……邪魔はさせない。時代遅れの海賊なぞに、この今この時に、レバーナを荒らさせるわけにはいかんのだ」
3: <剣9/傭兵>
キャステロ・シティ近傍。PMC<ファーターラント>母船。
「無茶をおっしゃる。我々は既に半ば以上、土着民です。横車を押せるような立場ではない」
『ふん、田舎暮らしに染まり切りおって』
「そうさせたのはどちらですか。戦中戦後を通じ、この地に残置された我らはろくに生存補給すら受けていない。傭兵として自活せざるを得ず、そしてこの辺境では、地元勢力との一定の関係性なくしてそれすらままならない」
『それでもなお、卿らは帝国の兵である……だが、そういう立場なら、逆に、そのことを公言されたくは、ないだろう?』
「……埋め草としての役割は果たしている。あなた方もせっかくの枝を無駄遣いはしたくないでしょう?」
『まあ、辺境も辺境だから、なあ。それほど惜しいとも……たまさかの任務発令を厭うことのないような草なら、まだしも、な』
「……道楽家の動向は、監視します」
『まずは、それでいい。今はまだガラクタとも宝ともつかん話だが、もし、宝なら……裏切るなよ。帝国の手は長いぞ』
切れた画面をにらみながら、彼は吐き棄てる。
「補給の足はないくせに、背中を刺す剣ならば届くか。くそったれが……」
4: <杖K/海賊>
レバーナ深奥部。秘匿ランデヴーポイント。
「海賊ったって、獲物どころか、通行船もロクにないこんなド辺土じゃ先がねぇ。何としてもこの大ネタに食らいついて、この糞ったれな消し炭デブリしかねぇ星域をおん出るぞ!!」
赤毛で巨躯、いかにもな海賊首領が、並み居る手下を前に気勢を上げています。
「しかし……さすがに条約のミッションに手を出すのは不味くないですか? 今はスタメナ止まりのアラコスを刺激しませんか」
だが、そこで一人の老海賊が口を挟みます。言は柔らかいものの、強面の首領の言に割って入るなど中々ではあります。それもそのはずで、彼は元々、地元海賊の中でも頭だった位置にあり、この場に居並ぶ小頭目の中でもそれなりの立場を維持する存在でした。
「ふん、また俺様が追い出されるって言いたいのか?」
「そこまでは言ってません。58睨みでこっち向きの薄いあいつらですが、辺境派が居ないわけじゃない。口実にならないか、ってんです」
宥めるかの様に言いますが、スタメナに盤踞していた首領が有力星区の掃討作戦に押し出され、このレバーナにやって来た、ということを改めて強調しているかのように聞こえなくもない。まあ、その放逐にも関わらず、落ちた先のレバーナで地元海賊をあっという間に平らげてしまう首領の手腕は端倪すべからざるものとも言えるのですが。
しかし、そういったやり取り自体は左程気にした様子もなく、首領は突然、違う話を老海賊へと向けます。
「ま、それはともかく、ジュード。お前ぇ、最近、やたらキャステロの犬どもと仲が良いみたいじゃねぇか」
「……最近、って言いますか……まあ、良かれ悪しかれ古い付き合いですからね。情報交換ってやつです」
「ま、そうさな。そういう枝張っとくのはこの稼業じゃ大事なことよな」
鷹揚に頷いて見せて、突然空気を変え、老海賊を睨み据える。
「けど、な。そいつら経由でグレイバールに渡りをつけようってのは、良くねぇなぁ」
グレイバール、NF57アレイダ方向を占めるもう一つの列強。主としてレバーナに隣接するネトヘス首長国連邦に強くコミットする星区であり、首領の因縁の敵でもあります。それこそ、スタメナを追ったアラコスなどよりも深い深い遺恨の。
「他所もんの俺が気にくわねぇってのは良いが、条約の手下を引入れるってなあ、海賊の仁義に反するんじゃねぇか?」
低く、強く、圧するように言うのに、顔面蒼白となった老海賊ですが、それでも睨み返して答えました。
「……あんたの言う<本物の海賊>とやらがどんなもんかは知らねぇが、あんたのやり方にゃ、ついてけねぇ」
先までの迎合的な物言いとは打って変わり、はっきりと、言い切ります。
「俺たちも確かに海賊を生業にしちゃいるが、レバーナの住民でもある。こんな痩せた宇宙じゃ、刈り取るだけじゃ共倒れだ。俺たちは代々、ずっとこうやって生きてきたんだ。あんたみたいに一発当てて他所行こうってんじゃないんだよ」
無言で、むしろどことなく面白げに老海賊の言を聞いている首領。ですが……
「あんたのやり方はレバーナ海賊に染まねぇ。言えば、ネトヘスでもバイシールでも、そうはなかろうよ」
この言葉を聞いた瞬間、彼は変わらず無言のまま、老海賊は無論、周囲が気圧されるほどの凄まじい怒気を発しました。
「ふん……言いよるわ。傭兵崩れの屍兵団はともかく、国ごっこの末に条約の手の中で踊るネトヘスなぞ、バールスランターの裔が聞いて呆れる」
視線は老海賊のほうを向いてはいるが、どこか違うところを見ているかのようにも感じられます。
「俺は、違う。俺が<海賊>だ。他と比べられるまでもねぇ」
その言が終わるとともに、あらためて老海賊に焦点を合わせ、顎で老海賊の腰を示しました。
「抜けよ。先に抜かせてやる」
老海賊は言われるままにゆっくりと銃把に手を置くが……抜かない。蒼白ながらも視線をずらすことなく、答えます。
「切った張ったであんたに勝てるものかよ。殺せ」
「……そうか」
短い言葉の次の瞬間には、首領の眼前に骸が転がっていました。
一瞬だけ目を瞑り、そしてすぐに大声を張ります。
「他に、異存ある奴ァいるか? 受けて立つぞ!」
譲り難き異議あるは挑戦によって決する。こればかりは意思決定に猶予のない深宇宙民すべてに共通する文化です。
これを経たものを違えることはできない。遺恨も、無し。さなくば皆、死んでしまうから。
そして、先の経緯を見てなお、声を上げられる者は今ここにはいませんでした。見渡して彼は宣言します。
「よし。これより俺たちはユーティーどもを追う。まだ丁半知れねぇが、俺ァ目があると見た!」
彼の、ここぞと言う時の戦勘については、ともにスタメナを追われてきた者たちは無論、ほんの数ヶ月でまとめられてしまった地元レバーナの面々も肌身に染みて知るところです。
その実績とカリスマを前に、ある者は歓声を以て、あるものは僅かに怯えを含ませながらも、大声を和して意気を上げるのでした。
***
寂れ果てた辺境に来着した舟、そして稀人たち。
彼らの、そしてその周辺があやなす、様々な思惑。
その行き着く先は何処か、もたらすは宝か厄災か……。
船に乗る者、乗らぬ者。
辺境アレイダの、さらに辺地で、人々の星めざす旅が今、始まります。