軌道エレベーターに乗った特異者達に、
イェル・トゥ・シーズが話を切り出しました。
「相手を知れば様々な局面で有利となります。幸いにもラヴォルモスの各所にはヴルトゥームに纏わる言い伝えや資料が残っているようですので、そちらの調査をお願いします」
昇降機はかなり広く、専用のシートや居住モジュール等が設けられています。円状シートに座るシーズは一旦言葉を区切って思案すると、一言付け加えました。
「ラヴォルモスはスポーンが住まう都市です。スポーン以外の方は隠密行動をお願いします」
「隠密での調査か。ああ、任せてくれ」
シートに座ってシーズと対面する
飛鷹 シンは、自信を持ってそう答えました。ついでとばかりに、疑問を付け加えます。
「そういや、シーズはラヴォルモスに降りたら何をするんだ?」
「ラヴォルモスに降りれば、私は忙しくなります。万が一ヴルトゥームが目覚めれば、ラヴォルモス全域に被害が及ぶでしょう。最悪の事態に備え、私達はラヴォルモスの市民をマーズの地表に避難させます。
ヴルトゥームに対する決起の準備もしなければなりません。クティーラ様は演説を行って下さい」
「演説? 私がか?」
シーズの言葉の矛先が
クティーラに向かいます。当惑を露わにするクティーラにシーズは滔々と語りました。
「必要なのです。我々の今後を考えると、どうしても象徴めいたものが。クティーラ様には象徴となって貰わなくてはなりません。象徴ともなれば民衆の支持が集まり、マーズの監視にも都合が良いと思われます」
「穏やかな話ではなさそうね」
クティーラの隣に座る
藤原 千寿は、シーズの言葉から不穏なものを感じ取りました。
超高速で降下する昇降機の中でシーズは手を組むと、深刻な色を伴う声音で言いました。
「……クティーラ様がマーズの監視者になるのは構いませんが、それだけでは正当性が『弱い』のです。私たちもなるべくクティーラ様を助力しますが、最終的に物を言うのは民衆の素朴な支持です。親しみが必要なのです」
「クティーラさんが本当の意味で偶像にならなければならない、と?」
風間 那岐の補足を受けたシーズは頷きました。
「ええ、そうです。我々を見守りはすれど、常日頃は干渉しない。そういった象徴が必要なのです」
ただの監視者では悪意の標的となりやすく、それこそ、ラヴォルモスに降りた途端に現地住民に叩かれてしまうでしょう。
シーズだけではクティーラは守り切れません。クティーラがマーズの監視者となるには、自力で信頼を勝ち取る必要がありました。
「どうでしょう? 今の時期こそが、マーズにおける貴女の土台を固める好機かと思いますが」
「……分かった。やってみよう。だが――」
クティーラは目を細め、シーズを鋭い視線で射抜きました。
「あなたの発言からは私を政治的に利用せんとする意図が汲み取れる。まさか、私をヴルトゥームの娘として仕立てあげようと思っているのではあるまいな?」
シーズは長い沈黙を以て答えとしました。
クティーラは融合と分離を司る独自の観念『水の力』を持ち、ヴルトゥームもまた『水の力』を持つ可能性が高いとされています。それは、会談の際のシーズの反応からも分かるように、侵殻獣にとっては両者における血の繋がりを連想させるには十分なものなのです。
――純真無垢の民衆たるイェル族とウル=ガ=ム族に圧政を強いるグ=ラグル族。それを影で操るヴルトゥーム。ヴルトゥームの隠し子たる娘が突如として現れ、民衆を率いてグ=ラグル族とヴルトゥームを倒し、善政を敷きましたとさ。
筋書きとしては有効です。筋書きとしては。クティーラはこれまでになく険しい眦で忠告を発しました。
「誘いには乗るが、演説の最終的な内容は私自身で決めさせて貰う」
「……賢い選択です。では、演説の草稿と必要な機材はこちらで用意しましょう」
昇降機の空気がぴりぴりとしたものに変じる中、
黒鉄 隼人はヴルトゥームとの決戦を思い、携帯端末からワールホライゾンに救援要請を発しました。
(ラヴォルモス……全てを終わらせる地で活動するのは決して容易いものではない。ワールドホライゾンの特異者達の力が必要だ)
軌道エレベーターの通信施設を経由した救援要請は光信号に変換されて惑星ゴダムに届き、無事にワールドホライゾンの特異者達に届きました。
「さて、そろそろ到着の時間ですね」
軌道エレベーターのリニアレールを高速で経由し、昇降機が1階に降り立ちます。
かつてヴルトゥーム墜落の折りに地下に埋没した1階は、侵殻獣が住まう都市ラヴォルモスの出入り口となっています。特異者達はラヴォルモスを調査するため、腰を上げました。