※※本シナリオはMC参加ポイント200ポイントのプライベートスペシャルシナリオです。※※
鬱蒼とした森の路を、数台の幌馬車と騎馬隊が進んでいました。
『
一振』の
楽戦支中隊、そして
軽歩兵中隊は、霊素武器カミナギと霊素兵装ムラクモでの合同訓練を行うため、『樫把練兵場』を目指しています。
軽歩兵中隊は新中隊長を迎え、楽戦支中隊は新兵班を三班結成と互いに組織が安定してきたことから、中隊長たちが機会を作った合同演習のこの日――。
しかし出発時から生憎の天気で、外套のフードに叩きつける雨音は徐々に強くなってきています。
列の中央に居た軽歩兵中隊第一小隊長
月舘 征士狼が空を見上げると、前を行く馬車の幌を持ち上げて小さな影がひょっこり顔を出しました。
楽戦支中隊小隊長
詰草 白です。
「雨足が強くなってきましたね、皆さん大丈夫ですか?」
カミナギを濡らさぬように幌馬車に乗車している楽戦支と違い、乗馬移動になる軽歩兵の面々を見て、詰草は心配げに眉を下げます。
「大丈夫ですよ、目的地ならもう間もなくですし。
それより……崖上にきてから大分道が悪い。長時間床に座っている楽戦支の皆さんの方がケツがお辛いでしょう」
征士狼の言い方に詰草がクスクス笑いを漏らしていた、そんな和やかな時でした。
「報告! 敵多数、三時の方向!」
突如耳をつんざいた声を聞いて、外の様子が分からない楽戦支の兵たちがざわめく中、軽歩兵小隊長の命令が続きます。
「軽歩兵第一小隊、菱形陣形、陣形維持のまま敵兵迎撃せよ! 森、瀬戸は右翼移動、射撃援護」
「征士狼さんっ! 何が――」
身を乗り出した詰草は、軽歩兵の馬たちが手綱を締められているというのに、悲鳴のような馬の嘶きに目を見開きます。
そして次の瞬間、馬車が暴走を始めたのです。荷が左右どころか上下に揺れ、カミナギを守るどころか自分の身を守る事すらままなりません。
争う声と戦闘音。
敵が現れたという事以外何もわからない状況の中で、楽戦支兵たちの視界は天地が逆さまになり、そして――
* * *
それから数分の事――。
楽戦支中隊の兵を乗せた馬車が落下したのは、高い高い崖の下、木々生い茂る暗い森の入り口でした。
「報告致します。軽症者多数、ただしカミナギの演奏や移動に問題は有りません」
積荷はあちこちに散らばっていますが、兵たちは幌馬車から放り出されなかった為、幸い重症者は居ませんでした。
しかし、良いことはそこまで。
馬はすべて首の骨を折って死んでいたため、移動は徒歩を余儀なくされそうでした。
一度でも雨中行軍を経験した者なら想像がつくでしょうが、雨のなか、荷物を背負ってぬかるんだ地面を歩くのは、想像するだけで骨の折れることです。
「カミナギの損傷状態はどうだ」
「小太鼓一台を除き問題有りません。ただこの雨の中では、長時間の演奏に支障が出ると思われます」
中隊長
真継 成人を前に報告をあげている詰草は、兵たちがカミナギを雨から守っている様子を苦い目で一瞥します。演奏者として咄嗟に両手を脇の下へ挟んだものの、積荷と一緒にされていた自身のカミナギは守ることが出来ず、最早演奏出来る状態に有りませんでした。
「そうか――」
嘆息と共に声を吐き出した真継の隣で、副隊長
功刀 利一と
山本 一太上等兵が崖を見上げています。
「この高さでは登ることもかないませんね。我々は軽歩兵ほど身軽ではありませんから」
こんな事態なのにどこか面白そうに言う功刀の皮肉めいた微笑みに、山本は反論します。
「だがこれのお陰で追い討ちをかけられずに済んだのかもしれない」
「軽歩兵は敵襲に気付いていた。その彼らが現れないという事は、未だ交戦中の可能性が高い。
いずれ敵兵に見つかる前に何とかして軽歩兵との合流を――ッ!」
突如身を固くした真継を支え座らせたのは、馬車の御者をしていた軽歩兵中隊の
内村 五百子です。触診しながら、真継へ告げます。
「肋骨をやってますね。ヒビが入っているか、折れているか。
いずれにしてもこれで動いては危険です。下手をすれば肺を突き破ってしまいます」
「ああ、そうだな。だが……このままここに残ればその方が危険だ」
真継は不安げに見守る兵たちを見上げました。
「詰草、中隊指揮権を一時委任する。ネギ坊主と軽歩兵第一小隊のことなら功刀よりもお前が適任だ。
とにかくお前たちは練兵場を目指せ。
恐らく……ここからなら歩いて目指した方が早い。そうだな内村」
真継に問われて内村は頷きました。大襲撃前の軽歩兵中隊はかつてこの森で訓練を行ったことがあるのです。
「ここからまっすぐ北を目指せば辿り着ける。アタシらが木につけたシルシが残ってたらその通りに進めばいい」
内村が投げてきた方位磁石を受け取った山本は、詰草と揃って真継を見つめました。すると予想通りの言葉が上官から出てきます。
「俺はここで積荷と一緒に残る。このままお前たちと行ってもそれこそお荷物だからな」
「安心しなよヤマモっさん、アタシもここに残るからさ」
無表情ながらも思案げに見える同期に笑ってくるりと振り返った内村の顔に、真継は反論せず「頼んだ」と静かに言いました。
こうして楽戦支中隊は、詰草を中隊長代理に練兵場を目指してぬかるんだ土を踏み始めました。
「あったぞ。これが内村の言ってたシルシだ」
山本は木の幹に付けられたバッテンを手で摩ります。
「よかった。どうやら迷子にならずに済みそうだ」
安堵の吐息をついた
高橋 真上等兵は、振り返った詰草の表情が優れないことへ首をかしげます。
「あっ、いえ……気のせいです」
不思議そうにしている高橋へ微笑み、詰草は歩みを進めます。
葉擦れの音が多く聞こえるのは、雨が兵たちの制帽や草を叩きつける音の所為だと思いながら――。
そんな彼らを森の中ほどで、待ち構えている凌人の集団がいました。
率いているのは火炎魔人
灼溶です。
灼熔は、先日楽戦支中隊をうまく内側へ引き込みながら、結局逃してしまったことへ内心苦い思いを感じており、彼らを倒す絶好の機会と唇を釣り上げています。
「もういいかげん、うざいんだよ、おまえら。今日こそひとり残らず消し炭に変えてやる。ボクのこの炎で」
* * *
その頃、洲輪神社へ向かっていたエスタは、空にぎっしりと詰まった雨雲に毒づいていました。
「もうっ! 着物が濡れちゃうじゃない!! 用事が終わったらさっさと帰るわよっ!」
フンッと鼻を鳴らしたエスタは、ふと横手に見える森の、とある方向を見つめて呟きます。
「蜘蛛の巣の中に飛び込んだ蝶がどうなるか……さぞ見ものでしょうね。
この目で見えないのがちょっと残念かも」