◆◇◆◇◆ あらすじ ◆◇◆◇◆
――小世界【ゼルカディア】。それは、各世界で奇妙な事件を起こす《特異者X》によって発見された小世界です。
特異者達は明夜市長に依頼され、《特異者X》が潜伏するゼルカディアを調査することになりました。惑星ゼルカディアに降り立った特異者達はまず西方大陸のドゥーグシティを探索し、この世界のおおまかな事情を知りました。
最初の探索で得た知識は多岐に渡ります。まず、この世界に進入するとアバターの力は封印されてしまいます。アバターの優れた身体能力はおろか、身に付けた技巧や装備品、更には普段行動を共にしている相棒までもがデジタルデータとして変換されてしまうのです。
使えるものは己の頭脳だけ。さてどうしたものかと思案に暮れる特異者は《鋼獣》との接触に成功し、活動域の拡張に成功します。
《鋼獣》とは、この世界だけに存在する巨大な体躯を持つ機械の獣です。鋼獣に乗った特異者は《MMC(マルチ・メモリ・カード)》を介する事で、封印されたアバターの力を一時的に復活させ、鋼獣の力として行使する事が出来るのです。
やがて特異者達は、鋼獣と《邪神系列機》の間に潜む闘争を見出しました。特異者達は鋼獣に搭乗して邪神系列機との戦闘に介入しましたが、邪神系列機の戦闘能力は強烈でした。
苦戦する特異者達の前に現れたのが、光道12宮が1つ『獅子座』の化身たるライオン型鋼獣【ライトニングレオ】です。亜光速で移動するライトニングレオは鋼獣と邪神系列機を壊滅させると、特異者達に衝撃の事実を告げました。
なんと、ライトニングレオに乗っていたのは《特異者X》だったのです。《特異者X》は自身が【ゴダム】出身の特異者である事を明かし、
ゼノス・ルーグと名乗りました。
胸中に疑問渦巻く特異者達に対し、ゼルカディア政府の大統領
オーガスタ・サンシールはとある案件を依頼します。それは、闘いの競技《トレミーカップ》でサイレントノッカーの優勝を防いで欲しいという内容でした。
オーガスタの話によると、前大統領の死亡にはサイレントノッカーなる組織が関わっているそうです。しかもサイレントノッカーにはゼノスが所属しており、トレミーカップで何やら企んでいるとのこと。
特異者達は第10回トレミーカップに参加し、ゼノス含む強敵を下していきました。遂には強敵《チーム・インフェルノアリエス》を倒し、《チーム・トライアンブラー》が優勝します。
トレミーカップに優勝したチーム・トライアンブラーは《光道12宮の力》を獲得し、ゼルカディアの真実の一片を知りました。そして光道12宮の化身《リブラ・アストライア》の口によって、《ティンダロス・フェンリル》に食べられた水瓶座の化身の救出を依頼されました。
ゾディアックバトル運営委員会の委員長
フレディ・ダーシーの手によってドゥーグシティから追い出された特異者達は北方大陸に向かい、抵抗組織《ガイアリベリオン》と接触します。
ガイアリベリオンによってサイレントノッカーがゼルカディア政府の裏の姿だと知った特異者達でしたが、ひとまずそれは置いておき、水瓶座の化身を救出すべく《ガニュメデス・シティ》から発ちました。
雪山での探索は、特異者達に多くの知識を授けてくれました。鋼獣/邪神系列機の真の姿は《電子の海》で活動するデジタルデータで、ライトメタル/レフトメタルを介して現実世界に実体化できること。鋼獣/邪神系列機は普段は共存していること。鋼獣/邪神系列機の禁忌、『生死の冒涜』についてなど。
この世界のより深き知識を得た特異者達は水瓶座の化身の救出とティンダロス・フェンリルの初期化に成功しましたが、フレディが操る《キラーキャンサー》の奇襲によって初めての犠牲者を出してしまいました。
◆◇◆◇◆ 現在 ◆◇◆◇◆
キラーキャンサーに奇襲された
西澤 刹那は死亡しました。パートナー機体の《イド》は西澤のATDを保護するため、今はガニュメデス・シティのどこかで身を潜めています。
ガニュメデス・シティの中心で、
朝倉 蓮は項垂れました。
「この世界を甘く見過ぎていた……」
ゼルカディアではアバターの力は封印されています。アバターの力を使用できる他の世界であれば、西澤は死なずに済んだかもしれません。
特異者達が悲しむ様を白い目で見ていた
アレックス・バーズは言いました。
「西澤とか言ったか? あいつはわざと死んだのか?」
「はぁ!?」
意味が分からず困惑する蓮に、アレックスは冷たく言いました。
「お前らの態度からして西澤は完璧な人間らしいな。完璧な奴が死んだのなら、それは自分から死を選んだという意味になる。そうじゃないのか?」
「んなわけねぇだろ! あれは事故だ! あれは理不尽な事故で……そうだ、きっと死ぬのが予め決まっていたんだよ! この世界には優秀な奴から死ぬみたいな、そういう法則があってだな……」
「何を言ってるんだ、お前は?」
アレックスは蓮を訝しみました。アレックスは特異者ではないため、“世界の法則”を理解できないのです。
「物事には原因がある。連携すらまともに出来ていない状況で『光道12宮殺し』を本当にどうにか出来ると思っているんだったら、それこそとんだ勘違いだ。
今のお前達なら分かるはずだ。
トレミーカップがなぜ3対3だったのか、その理由を」
「……あっ」
何となく察し、蓮は声を出しました。トレミーカップは1チーム3人制です。トレミーカップで優勝した者は光道12宮の力を得て、《光道継承者》と呼ばれるようになります。
つまり、トレミーカップ優勝者である《光道継承者》は常に3人纏まって行動している訳で、『光道12宮殺し』はその3人を纏めて殺せるだけの力を持っている事になります。
「キラーキャンサーはどこにでもワープできるから、《光道継承者》をいつでもブチ殺せる。一見すると無敵に見えるかもしれないが、光道12宮の力を持たない一般人や機体を狙わない……というより、“狙えない”、と言った方がいいんだろうな」
「すまないが事情が呑み込めない。一体どういうことだ?」
《光道継承者》になったばかりの
ジェノ・サリスは事態を上手く呑み込めず、アレックスに尋ねました。アレックスは少しばかり苛立ち混じりの口調で言いました。
「第10回トレミーカップに参加したスレイ兄さんのチームを思い出してみろ。スレイ兄さんは《光道継承者》だが、残りの2人は光道12宮の力なんて持っていない。この意味が分かるか?」
サキス・クレアシオンはぼそりと呟きました。
「《光道継承者》は、普通の人間たちに守って貰っているんだね……」
「そういうことだ」
スレイ・バーズは《光道継承者》でしたが、残り2人は普通のパイロットです。キラーキャンサーは《光道継承者》以外の人間を狙えません。スレイの周囲にキラーキャンサーが出現しても、残りの2人が割り込めば何も出来ないのです。
「あのチーム編成は、キラーキャンサー対策としての意味合いも兼ねていたのか」
仮に《光道継承者》が無敵の存在ならば、《光道継承者》同士でチームを組めばゾディアックバトルで幾らでも優勝できます。そうならないのは、キラーキャンサーがいるからです。キラーキャンサーがいる限り、《光道継承者》同士はトレミーカップでチームを組めません。キラーキャンサーによる襲撃を防いでトレミーカップに参加するには、必ず、複数の“普通の人間”に守って貰う必要があります。だからこそ、あの奇妙なチーム編成だったのです。
その上、チーム・インフェルノアリエスは徹底した『後の先』を取っていました。後の先は奇襲に強い戦法です。感嘆するジェノとは対照的に、アレックスは落胆の溜息をつきました。
「お前達なら兄さんを超えられるかもしれないと思っていたんだが……。勝手に期待してすまなかったな。ガニュメデス・シティの機能は好きに使え。俺達もお前達にはとやかく言わない。じゃあな」
「ごめんねー、そういうことだから! じゃ!」
ガイアリベリオンは特異者達に別れを告げ、去っていきました。
「……どうにかこうにかやってきたつもりだったんだがなぁ」
「終わりじゃない……」
蓮の呟きに対し、サキスは答えました。
「――特異者は、復活できるよ……」
この世界では、死んだ特異者はアバターチェンジすれば復活できると聞きます。中央広場に佇む水瓶座の化身《アクエリアス・メイジ》はこう告げました。
「ええ。死亡した生物が復活できると言うのであれば、それは厳密な意味での死亡ではありません。この世界における真の死は、復活の余地がない死亡……つまり、データの完全消滅です」
「西澤のデータは完全消滅していないから、本当の意味では死んでいないってことか」
容易に反転できる死は永遠の安息ではなく、単なる小休止に過ぎません。アクエリアス・メイジは肯定の意を返しました。
「その通りです。貴方達が死から蘇る事を選択したのであれば、私たちは特に干渉はしません」
生きるか死ぬかの選択。鋼獣達は人間の選択を尊重しているようでした。
蓮は押し黙る《アトラ》の操縦桿に触れ、アクエリアス・メイジに問いかけました。
「……鋼獣の死はどうなるんだ? 鋼獣はデジタルデータなんだろ? デジタルデータはバックアップを残せるんだから、バックアップからの蘇生が可能になるんじゃねーのか?」
「私たちは自身のデータのバックアップを行いません。仮にバックアップを行っても、その瞬間にバックアップデータを消去するように設定しています」
それはつまり、
生まれ持った不老不死の特性を自らの意志で解除した、という意味です。
思い当たる節があり、サキスは顔を上げました。
「鋼獣達は、
自分の意志で願いを叶えた生き物なんだね……」
アクエリアス・メイジは頷くと、西の方角を指差して言いました。
「北方大陸の西に《ランドロール09》が存在します。《ランドロール09》にて、人を襲う鋼獣達が発見されました」
ジェノは《アクエリアス・メイジ》に問いかけました。
「《ランドロール09》とは何だ?」
「《ランドロール09》は北方大陸で最も巨大な採掘場で、最も多くの鉱石が採れる場所です。
件の鋼獣達は《ランドロール09》の内部及びその周囲で、人々を襲うそうです。このまま件の鋼獣達を放置しては、周囲の人家に被害が及んでしまいます」
疑問を抱いたジェノはアクエリアス・メイジに尋ねました。
「件の鋼獣達はなぜ人を襲う?」
「私にも理由は分かりません。ですが、一つ気になる事があります。
機を同じくして、《ランドロール09》の最深部で
山羊座の化身《ガイド・カプリコン》が出現しました。ランドロール09に出現した《ガイド・カプリコン》のデータは破損してしまっており、私たちの干渉を受け付けない状態になっています」
サキスはデータ破損という言葉に疑問を抱きました。サキスは率直に疑問をぶつけてみることにしました。
「データが破損したのはなぜ……?」
「不明です。ですが、何らかの災害によって『山羊座の化身』のデータが破損された可能性が高いと思われます。
もしかしたら、データが破損したために『山羊座の化身』は鋼獣達に悪影響を与えているのかもしれません」
災害という言葉に引っかかりを感じ、ジェノが問いかけました。
「災害か。心当たりはあるのか?」
「はい。現在、ランドロール09で労働している人間の方々が《フルメタル化現象》に見舞われているそうです」
「フルメタル化現象ぉ!? 今度は何なんだよ!」
混乱する蓮に対し、アクエリアス・メイジは粘り強く説明を付け加えていきます。
「ライトメタルとレフトメタルはあらゆる物質を侵食します。ライトメタルとレフトメタルに身体を全て侵食されると、全身がフルメタル化してしまいます」
「それは、人間が鋼獣化する……ということか?」
ジェノの問いかけに、アクエリアス・メイジは首を横に振りました。
「いいえ。我々は、ライトメタルとレフトメタルを一手に引き受ける事で、人間や他の生命の《フルメタル化現象》を間接的に防いでいます。
貴方たちは我々を『元々は人間だった』と考えているのかもしれません。ですが、それはある意味では間違いなのです」
「ある意味では正解なのだな?」
「はい。我々とこの世界の人間は、違う歴史を辿った存在です。似ているようで根本的に異なるのです」
――
人間が鋼獣になる訳ではない。ゼノス・ルーグのメモに記された『鋼獣の人型形態の変形は退化に当たる』という文面を考慮すると、矛盾しているようにも思えます。
どういう事か思案する特異者達にアクエリアス・メイジは言いました。
「人間がフルメタル化すると、物言わぬ金属になってしまいます。身体を動かせず、思考もできず、ただそこにいるだけという状態になってしまうのです」
「ただそこにいるだけ……」
呟くサキスに対し、アクエリアス・メイジは頷いてみせました。
「私から貴方たちに2つの依頼があります。
ガイド・カプリコンのデータ修正と、
フルメタル化現象の解除。
この2つの依頼を解決した時、光道12宮の化身が貴方達の問いかけに答えてくれるでしょう」
蓮は「むむぅ」と一頻り唸ると、ぽんと手を打ちました。
「まぁ、やるしかねーよな」
「私たちだけじゃ無理……」
サキスの視線がジェノに向きます。ジェノは頷きました。
「微力ながら俺も手伝おう。だが、万が一という事態も有り得る。ワールドホライゾンに救援要請を送るとしよう」
こうして、ワールドホライゾンの特異者達に救援要請が届きました。
◆◇◆◇◆ また別の場所で ◆◇◆◇◆
――ドゥーグシティ・ZBタワー最上部。
革張りの椅子に座って葉巻を吸う
フレディ・ダーシーは、通信用の端末を見るなり顔をしかめました。彼は椅子から腰を上げると、タワー最上部の全面を覆う強化ガラス越しにシティを見下ろしました。
「先程、ランドロール09にて“フレア”の出現を確認した。……我々のやり方は性急すぎると思うかね?」
フレディの問いかけは、背後に佇む
ゼノス・ルーグに向けてのものでした。
ゼノスは、隣の席で萎縮する
オーガスタ・サンシールを一瞥してから答えました。
「お前の味方は『いいえ』と答えるだろう」
「君らしい回答だ。だからこそ、こう言える。答えを問うには『敵』でなければならないと」
フレディは溜息をつきました。落胆、絶望、失望、覚悟、希望……数多の複雑な感情が籠もった溜息でした。
「歳を食うのは嫌なものだな。……ああ、これは失礼。君は
若者だったな」
ゼノスは微動だにしません。フレディは僅かに笑みを浮かべ、ゼノスに問いかけました。
「改めて問うが、君は世界の救済に興味は無いのかね?」
「私は
イヴェットを救うので精一杯だ」
「そうか」
フレディは吸い終えた古い葉巻をテーブル横の灰皿に押し付けました。彼はすぐに新しい葉巻を取り出そうとして、途中でやめました。
フレディは椅子から立ち上がると、真剣な面持ちで空を見上げました。
「では、君以外の《未知なる者たち》に答えを聞くしかないな」
「特異者という存在は個であって群ではない。大多数が未熟で、何より若い。期待はするな」
「君がそう言うのだから、恐らくはそうなのだろうな。だが、こうも言える」
フレディはゆっくりと振り返りました。彼の表情には、笑みの欠片もありませんでした。
「だからこそ聞いてみたいのだよ。未知なる若人たちの答えを、『敵』としてね」