※※より多くのお客様にご参加いただけるよう、本シナリオへの参加は1プレイヤー様1アカウントでお願いいたします。
複数アカウントによるご参加はご遠慮いただき、他のお客様にお譲り頂きますようお願い申し上げます。※※
ゴダムの小世界
明正——。
人間、妖怪、半妖が暮らす明治・大正時代を思わせるこの世界に繋がったゲートは、特異者達を
日ノ本という国へ導きました。
しかしこの国では数ヶ月前、
華醒衆と名乗る平和な社会に仇す悪しき半妖・凌人と邪妖による
尼松町と
凌陽閣の乗っ取り事件が起こっていたのです。
特異者たちは事件の解決のため、対妖戦特務連隊
一振に所属し、一丁目の半分と凌陽閣を残した尼松町を奪還しますが、多数の犠牲者が出る結果に終わります。
更に作戦中、邪神群の
百鬼夜行、霊素通信の遮断による現場の混乱、楽戦支中隊の中隊長の謎の死と、事件は複雑な面を見せ始めるのでした。
* * *
塔京——皇居を抱く街、千和田。
真木家の敷地内にある剣術流派・真明一心流の大道場には、今日も門下生らの鍛錬の声が響いています。
磨き上げられた床の上は見渡す限り男ばかりのその場所に、振袖を着た一振連隊長
真木 乙女がやってきました。普段は軍警察の制服や稽古用の着物ばかりの乙女の艶姿に、門下生たちは沸き立ちますが、真木家の長兄である師範に視線で諌められ、すごすごと稽古に戻って行きます。
乙女に呼び止められた一人を覗いて——。
「視線が痛ぇな……」
と、ぼやいたのは軽歩兵中隊の中隊長代理
根岸。
彼はこの流派に縁が有ったことや実力を認められたことから、所謂特待扱いで道場へ通っていましたが、ここは華族や士族の集まる場。ただでさえ肩身の狭い庶民であるのに、門下生憧れの剣術小町をこうして独り占めにしてしまうと更に強くなる風当たりを肌でひしひしと感じるものがあるようです。
「何度目の正直か知りませんが、今度こそ上手くいきました?」
「お土産にビスカウトを持ってきたわ、…………だからその事については聞かないで頂戴」
どんよりとした空気を纏う乙女から菓子箱を差し出され、根岸は質問を重ねずかわりにビスケットを口に放ります。
「根岸君、第七のことは聞いた?」
防霊陣の構成施設に異常が見られた事で騎兵中隊の一部が有朱を離れ調査へ向かう、その話なら知っていると根岸は頷きますが、乙女の顔は曇天に舞う粉雪を見つめていました。その顔色が優れないのは、先日の奪還作戦から向こう、問題が山積みである所為でしょう。
「鎧装兵の尼松一丁目の残存華醒衆掃討が上手くいかないのよ。大邪妖が複数体居ながら、まるでこちらの動きを知っているかのように逃げ隠れされて。
本部からは
華術部隊を出すから引っ込んでいろ、と暗に言われたわ」
「……
池平 薔薇(そうび)。あの男」
華術部隊の部隊長の名を口にして、根岸は簡易防霊陣設置後に連絡の取れない鎧装兵中隊へ伝令に走った時を思い返します。
あの時目にしたのは、百鬼夜行に追い詰められ即時救援に入らねば複数の鎧装兵に死傷者が出るであろう中で、例の部隊が前線の付近に待機している——妙な違和感を覚える場面でした。
(戦況を覆す兵力を持ちながら怠業して高みの見物か。
否、あの時の奴の顔、まるで気が熟するのを待つかのような……)
「池平殿がどうかしたの?」
乙女の問いかけに根岸はこの出来事を話すべきか逡巡します。しかし相手は本部のトップエリートで、鎧装兵中隊
兎道 つつじ副隊長の許嫁。憶測混じりでの中傷めいた発言は、プライベートな会話とは言え、後ろ盾を持たない彼には許されない事でした。
「この季節にあんなに胸を肌けて寒くないのか、と思いまして」
根岸が何らかの思案をしていた事に気づいたものの冗談にのせられた乙女は、殿方のご趣味を笑ってしまった失態にその後慌てて取り澄まし、根岸が口を噤んだ内容を取り違えて答えます。
「もしかして霊素通信遮断の事かしら。それなら未だ五里霧中よ。それから……御免なさいこちらから先に話すべきだったわね」
言い辛さから後回しにして忘れかけた話題を思い出し、乙女は改めて根岸に向き直ります。
「先日話した軽歩兵中隊の中隊長候補だった歩兵第九連隊の中尉、お亡くなりになったわ」
「またですか」
今度の死因は何かと言いかけたのは不謹慎さから止めたものの、これで何人目かと根岸は辟易します。一振軽歩兵中隊に着任が決まると死ぬ『中隊長の呪い』と言うのは軍警察内で実しやかに囁かれる噂です。
その下手人として真っ先に名前を出されるのが、現在代理を務める自分であると知っている根岸は、早々にこのポジションから逃れたいと思っている為、落胆を表情に出してしまいました。
「出来るだけ早く人選を進めるわ……」
それから暫く。乙女は空に向かって我知らず嘆息して口を閉じ、積もる雪を眺めていた根岸は口を開きました。
「尼松一丁目の残存華醒衆の掃討、俺達を使って下さい」
申し出を聞いた乙女がはっとこちらを向いたのに、根岸は姿勢を正し、連隊長へ訴えます。
「華術部隊の設立で一振そのものの存続が危うい今、犠牲が無ければまともに目的遂行も出来ない軽歩兵に足を引っ張らせる訳にはいかない、それは理解しています。
既に半壊状態にある隊にこれ以上打撃を与えたくないという采配も有るでしょう。しかし、何時までも待機は出来ません。どうか、我々に挽回の機会を与えて頂きたいのです」
頭を下げる根岸から、乙女は目を逸らしました。
「ええ、そうね。でも今はまだ隊の立て直しを——」
歯切れの悪い返答を、根岸は「それに」と割って入る事で止めます。乙女が先日の奪還作戦で多数の新兵に犠牲が出た事で胸を痛めていることを、兵たちは知っていました。
「出撃命令が死に繋がる俺達を出したくない乙女さんの優しさも分かります。
ですが、俺達は軍人なのです。入隊理由はそれぞれですが、皆、己の命は皇民に捧げるものであると思い、覚悟しています」
こちらへ向けられた精悍な目つきを見つめていた乙女は、自らも覚悟を決めると、静かに頷くのでした。
そして数日経たぬ内に、その作戦は軽歩兵中隊に所属する特異者のもとへ下りてきました。
尼松町は新たに封鎖線を張り直したその先、一丁目で、鎧装兵中隊と残存華醒衆の掃討へ向け共同作戦を行う。
軽歩兵中隊の目標は、邪妖群を率いている可能性がある凌人たちです。
以前とは違い仲間と共に動くこの作戦に、特異者たちはどう挑むのでしょうか。