ここは東トリス某所にある、小さなアパートの一室。
市松柄の床の上にゴシックアンティークな家具が並べられ、壁一面には真紅の布が貼られている。
大きな作業机の前に座っているのは、煌めくようなサラサラの白髪頭をした小柄な青年だった。
「やっと……完成したのに…………ボクの手では……もう……ドールを……作れない…………」
青年は作業机を見つめながら涙を流す。
「ごめんね、マルニ…………約束を守れなくて…………」
□■□
「魔素汚染による疾患?」
A機関の支部、という事にして使われているバーにて、エージェントのルタが同僚に聞く。
「魔素で作った魔素粘土で生きた人形を作ろうとしたんだと。で、両手が魔素に汚染されて思うように動かせなくなっちまったんだとさ」
「恐ろしいな……おそらく魔素への耐性が無い人間が安易に手を出してしまったんだろう。しかし、なんのために人形を作ろうとしたんだ? 何か企みがあったなら看過できないが……」
「自作の人形で人形劇をやりたかったらしい。子供達に生きた人形による人形劇を見せる事を生業にしたかったとか言ってたな」
「悪意があったわけではないんだな。不憫だ」
少し間を置いて、ルタの同僚が話し出す。
「実はな、その青年がA機関に対して『一度だけ恋人が経営する孤児院で魔素人形の劇を手伝って欲しい』と依頼してきたんだ。まあ、俺達がやる事じゃねえし、当然引き受けなかったんだが……」
そう言いながら、ルタに対してメモを渡す。
「…………それは、仕方ないな」
そう言いながら、ルタはメモを受け取った。
メモの内容は以下の通り。
魔素粘土に使われた魔素を提供したのはA機関の裏切り者・レスター。
この魔素は流通禁止となっている“レジスタンス・ドラッグ”で、これを若者に“合法で有能な魔素”と偽って売って金儲けをしている。
レスターが儲けた金を戦争強硬派に献金したという事実が確認された。
確実に仕留めるため、A機関の一部の人間にこの事実を共有している。
口の堅いエージェントを集めて、レスターを隠密に始末して欲しい。