人が闇に抗う世界、ローランド。
かつて魔王に支配されていた国もありましたが、
他国や他の世界の人間が協力することで魔王を滅ぼし、国を取り戻すことができました。
現在では、ある者は落ち着いた世界を享受し、ある者は探求心のままに行動していました。
一方、砂漠地方には「ヴュステラント連合国」には加わっていない小国や自治体がありました。
そのある自治体を治める貴族の屋敷内では、娘が一人泣いていました。
「デザトリアンお姉様の嘘つき。『アナタが舞踏会に行けば小国の王子様と結ばれる』だなんて
顔だけチラッと会わせて終わってしまったじゃない」
彼女が泣いていると、ローブに身を包んだ人物が現れました。
その人物がローブを広げると、
怪しい光を放つ様々な宝石を身につけられていました。
「可哀想なサンドリオン。それはとても辛かったね。そんな君にはこれは相応しい」
そう言って渡してきたのは
一足の靴でした。
まるで
ガラスのように透明でありながら、紫水晶のように美しく怪しい光を放つ靴。
魅了されたサンドリオンは、それに手を伸ばしました。
* * *
ヴュステラント連合国首都、ザンテンブルク。
そこの中心街にある酒場では、客のほとんどがカウンターに座る女性を見ていました。
彼女の特徴的な前髪まで縦に巻かれた髪型と、意地悪そうな吊り目に覚えがあったからです。
「あ、あの、デザトリアンお嬢様だよね? なぜ、こんな古びた酒場に」
見かねたマスターが小声で問いかけました。すると、彼女は立ち上がり語り始めました。
「よくぞ聞いてくれましたわね! そんなに聞きたいのならお話して差し上げてもよろしくてよ?」
「あ、いや、そこまで」
「ワタクシはあのトルネール家の娘として生まれましたわ。トルネール家はお父様もお母様も猫ですら
とっても意地わ・・・・・・ハッキリ言ったり大きく振る舞うのが得意で、いつも召使いたちに色々考えさせていたの」
「もっと違うこと言おうとしてたよね?」
「一番考えさせられていたのは、妹のサンドリオンですわ。
彼女は前の父の子どもで今の父になってからは、召使いの10人分くらい色んな仕事をしてもらっていますの」
「なんて、かわいそうなサンドリオン」
「召使い10人でやる仕事、しかも段取りも悪いしテキパキ動かないし。なので、ワタクシがその仕事を奪ってやりましたの!」
「え、奪ったって言ってるけど、優しいじゃん」
「ワタクシ、人が仕事をしていると自分がやった方が早く終わると思って、
代わりたくなる性分なんですの。社畜だったからでしょうか」
「シャ、シャチク?」
酒場の皆、首を傾げました。彼女の発したその言葉はローランドにありません。
デザトリアンは実は転生者で、前世はブラック企業の会社員、いわゆる社畜でした。
「ですが、何度もそんなことをしているうちにワタクシは追放されましたの。
『令嬢が情けないことをするな』『サンドリオンが仕事できないのはお前のせいだ』と」
「なんて、かわいそうなデザトリアン」
「ワタクシは仕方なく砂漠を旅していた冒険者のパーティーに加わりましたの。
そのパーティーはとても規模が大きく豪快で、
魔獣を討伐していたというより討伐しにきた別のパーティーを襲っていましたわ」
「それ、たぶん盗賊団だよ」
「戦う術を知らないワタクシの仕事は主に雑用。
強奪した金品の仕分けや武器や食料の在庫管理や調達、あとはメンバーの肩もみなど」
「令嬢が盗賊団の雑用なんて」
「いいんですの、慣れていますから。ですが、それもすぐに追放されてしまいますわ。
『やっぱり自分たちだけでもできる雑用にわざわざ人を割きたくない』と。それで今に至りますの」
酒場の皆がデザトリアンの話に聞き入っていると、乱暴にドアを開ける音がしました。
「デザトリアンという女はいないか! ヤツがいないと何がどこにあるか分からん!」
「それに肩もめちゃくちゃ凝ってイライラしとるんだ! この店に入っていったのは分かってる!」
彼女がかつて所属していた
冒険者のパーティー?が一斉に押しかけ、店内を荒らすように捜し始めました。
デザトリアン自身は咄嗟に隠れ、打開策はないかと考えるしかありませんでした。
* * *
その頃、サブラ砂漠では砂船に乗った人々があるものを指差し、声を上げています。
それは
数体の巨大なサソリの形をした機械族であり、一際大きなサソリの頭にはサンドリオンがいました。
瞳には正気がなく、
足元では靴が怪しげな光を放っていました。
「・・・・・・気づいたの。わたしはデザトリアンお姉様あってのわたしなの。
わたしには絶対デザトリアンお姉様が必要なの。
だから、早く出てきてちょうだい。でないと、まわりにあるもの全部めちゃくちゃにしちゃうかも」