■前回までのあらすじ
イルミンスール魔法学校に通いながらも、ホームタウンであるナーサリィ近辺に出没する白き害敵・“怪異(グリーム)”を退治する依頼をこなしている地球人、“アリス・テニエル”とそのパートナーである剣の花嫁、“エシラ・リーディル”。
彼女たちの現在の保護者に当たるヴァルキリー、“先生”から怪異の存在とそれを退治する依頼――
『狂ったお茶会事件』を発端として、アリスとエシラは怪異狩りを続けていた。
そんな中、屋敷の執事長的存在であるゆる族、ラビィ・クロックが所用でナーサリィの隣街であるパルクァへ赴いた際に怪異事件が発生してしまう。
街一つを巨大な白亜の城へと上書きするほどの強大な力を持った怪異を、アリスとエシラは契約者と特異者たちの力を借りて討伐する。ラビィも無事に救出され、大掛かりな事後処理を終えた後にこの事件は
『心臓の城事件』……別名『心臓の城攻略戦』として語られることになる。
――それからしばらく。『心臓の城事件』からいくつかの季節が過ぎようとしていたほどの刻を経たパルクァ近郊では……
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かちり、かちりと針は刻み続ける。
とめどなく溢れる狂気と闘い続ける二人。
彼女たちはいつまで強くなればいい?
そんなのは決まってる、世界を征服できるまで!
けたけたと嘲笑うのは、歪で真っ黒な頁群――
◆◆◆
「――エシラ、そっちにいったわ!」
「了解です、そのまま合わせましょう、アリス!」
「もちろん……よッ!!」
――まるで獣を追い込むかのように、アリスは今回のターゲットである中型の怪異・白トカゲのビルの後方を追いかけます。その前方にはエシラが自身の得物を構えており、いわゆる挟撃の状態になっていました。
横へ逃げようとする白トカゲでしたが、アリスとエシラのまるで長年連れ添ったおしどり夫婦のような息の合ったコンビネーション攻撃で白トカゲの四つ足をすべて切断。続けて、頭と胴体をそれぞれで分断するように切り捨てます。
移動手段を切断され、とどめを刺されてしまった白トカゲは、そのまま音もなく――まるでそこに最初からいなかったように消えていきます。怪異独特の消滅方法であり、怪異へ確実なとどめとなった確たる証拠でもありました。
「よし、これで依頼達成ね」
「お疲れ様です。……だいぶ強くなりましたね。今回の怪異、あのような姿でも狂ったお茶会の分裂体クラスの被害を出していたはずなのですが」
「ふふーん、あたしの手にかかればこんなものよ。エシラと一緒だからって言うのもあるけどね」
アリスの言葉に、若干照れの様子を見せるエシラ。二人は確実に、自身たちの力の強まりを感じていました。
――『心臓の城事件』以降、アリスとエシラは怪異狩りを中心に積極的な活動を見せていました。基本はコンビのみで、時折は他の契約者や特異者たちと一緒に依頼をこなしていたようです。
その甲斐もあってか、今やアリスとエシラはすっかり一人前となっており、その実力としてはアリスはヴェローチェとしての戦闘適性を大きく凌駕し、テンペストとしての戦闘適性に。エシラは元々のヴェローチェとしての戦闘適性の拡大に合わせて、デディカーレとしての可能性も見出し、お互いの役割がより明確に色づいた雰囲気を見せていました。
「――さて、と。おそらく今回も無駄足になりそうだとは思うけど、周辺捜索だけやって屋敷に戻りましょうか」
「わかりました。……この前は西区近辺でしたから、今回は北区を見てみましょう」
依頼の後片付けはほどほどに、アリスたちの表情が引き締まります。……彼女たちには、このゴーストタウンとなった街でまだやらなくてはならないことがありました。――季節をいくつか過ぎた彼女たちにのしかかる、いくつかの問題解決に向けた行動を。
――しばしの間、アリスとエシラは別行動でパルクァ北区を重点的に捜索していましたが、結果は芳しくなかったようです。
「ったく……捜索してるだけでも怪異の奴ら、ちっこいのが何匹も襲ってくるなんて。まだまだ疎開した人たちに戻ってもらうわけにもいかないわね……」
彼女たちが抱える問題は三つほどあり、一つは怪異の数が日々増加していること。幸い、怪異はナーサリィ近辺とパルクァの街全域のみにて確認されており、特にパルクァは発生源がどこかで生まれたかのように、街のいたるところに小型の怪異たちが跋扈している始末です。そのおかげで依頼には困らない様子のアリスとエシラですが、やはりというかあまりいい顔ではありません。
「事後処理をしていた時点ではそれほどでもなかったのですが……何か要因があるのでしょうか」
「さぁ……さすがにそれはわからないわ。――エシラ、そっちに痕跡とかあった?」
「いえ、ありません。……どこにいったのでしょうか」
――問題の二つ目は、彼女たちが探しているものでした。
『心臓の城事件』解決後、事件の事後処理でしばらくこのゴーストタウンと化したパルクァの街に滞在していたアリスたちでしたが、その際に“街が蹂躙された際に逃げ遅れたと思われる少女がいまだ発見されていない”ことが判明しました。
事後処理自体は長期に行われていたため、他の安否不明者と同様に捜索されたのですが――捜索が打ち切られるまで、その少女のみがいまだ安否不明のままでした。
捜索が打ち切られることをよしとしなかったアリスは個人でその問題を引き継ぎ、今日まで捜索を続けていた……という次第です。
しかし今現在でもその痕跡すら見つけられず、代わりに唯一得られた情報……というより噂として、“パルクァ近辺に銃使いの怪異狩りが出没しているらしい”ということを知った程度でした。
「……はぁ、進展なし。噂の銃使いもいまだ遭遇してないし、何がいて何がいないのかさっぱりね」
「少なくとも、怪異はいますね」
「あいつらが喋ってくれれば少しは役に立つんだろうけど……無駄なこと考えちゃった、そろそろ戻る?」
「はい、そうしましょう。……次は『先生』のほうですね」
エシラのその言葉に、アリスもまたため息をつきます。……三つ目の問題、それこそが『先生』に関わりのある事でした。
「『先生』も行方不明……本当、あたしたちの周りどうなってるのかしら」
◆◆◆
――アリスたちの住む、図書館併設の屋敷の主である『先生』。彼が行方不明になったのは、『心臓の城事件』から季節を一つ過ぎたあたりの頃。
いつも通りにナーサリィ内での様々な書類仕事をこなした『先生』でしたが、所用とのことで屋敷を出て、それを機に屋敷に戻ってくることはありませんでした。
『先生』捜索のため書斎を調べようとしたラビィたちでしたが、書斎関係の鍵はラビィの手から離れて『先生』が管理していたためか、特殊な錠前で施錠されたままの書斎への進入はいまだなされないままでいました。
ナーサリィ警察の方々も捜索に参加してくれましたが、結局成果は無し。捜索に進展のないまま、今に至っている次第です……。
「そういえば『先生』、なんか相当げっそりしていたような気がしたんだけど……エシラ、そういうの見た?」
「普段より覇気……というより、生気がないように感じられました。お食事は普通に食べていましたが……うーん」
指を自身の顎に当てて、当時の『先生』の様子を思い出しているエシラ。アリスも、『先生』と交わした最後の会話を思い出しているようです。
「……屋敷を出る時、あたしたちに「もっと強くなってくださいね。どんな敵にも負けないような……」って言ってたわよね、確か。――あたしたちに実力付けさせようとしてた節は感じてたけど、何か目的があるのかしら……」
謎と疑問。深まるその二つを感じながら、ナーサリィにある屋敷へと戻ってきたアリスとエシラ。扉を開けて中に入るなり、帰宅人を感じ取っていたのか奥からラビィが小走りにアリスたちの所へ走ってきました。
「あらラビィ、随分慌ててどうしたのよ」
「あぁアリスさん、エシラさん……お帰りなさいませ。あの、実はですね――」
――アリスたちと同様に、『先生』の行方を捜していたラビィ。こちらも二人同様に手がかりは見つからなかったものの、他の手がかり……というより、一つの“悪寒”を口にしていきます。
「……悪寒を感じた、と?」
「ええ。ただかなり遠い位置からの悪寒……おそらくは私の故郷の方から感じたのです。こんな事初めてで……」
ラビィの一族は危険や悪意などを“悪寒”という形で感じ取れる力を持っており、『心臓の城事件』の際にはその力が契約者たちの役に立ったこともありました。
「その悪寒能力、ずいぶん遠くの位置まで感知できるのね。そんな便利な能力だっけ?」
「普段はそんなことないんですけどね……おそらく、故郷方面で起こった悪寒だからでしょうか」
「ラビィの故郷……“獣隠れの里”ですね。私もそこで発見されたんでしたよね」
“獣隠れの里”。そこはラビィとチーシャのゆる族組の故郷であり、眠るエシラがラビィたちによって発見された場所です。
ザンスカールから西にあるベッドタウン、ナーサリィから南西方向。サルヴィン川を越えてさらに南西にある巨大火山……“アトラスの傷痕”と呼ばれるその火山の麓にあるとされている隠れ里です。
「エシラの眠ってた場所も相当な場所よね……」
「それでラビィ……獣隠れの里のある方向で悪寒を感じたのでしたよね。何かあるのでしょうか?」
「悪寒、というからには少しばかり嫌な予感がするのですが……それとは別に、故郷にいきたい理由がありまして」
そう言葉にしたラビィは、続けて口にしていきます。
「――私の故郷にいる長老に会おうと思います。長老の占いで、『先生』やアリスさんたちが探している少女の行方を占ってもらいましょう」
「う、占いって……それ、信用できるの?」
「失敬な! 長老の占い、すごいんですよ?」
占い、というスピリチュアルなものに頼ろうとするラビィに対し、アリスは想わず怪訝な顔を浮かべます。しかし、長老の占いは特別なものなんですよ! と強い熱意で力説するラビィにアリスは苦笑いを浮かべるほかありませんでした。
「今までは屋敷の管理が忙しくて故郷のことも忘れかけていましたが、『先生』がいない今なら長距離移動をしても大丈夫なはず! さすがに全員出ると留守番がいないのでチーシャは置いていきます!」
「おいおい、本人が後ろにいるのにずいぶんなアレじゃないか。里帰りできることに気合入りすぎではないかね?」
ラビィの帰郷宣言に、いつの間にかラビィの後ろにいたチーシャはにへらと笑います。とはいえ、チーシャ自身はそれを受け入れて留守番態勢万全の様子でした。
「……まぁ我は長老とは犬猿の仲、もとい犬猫の仲だからな。あいつの捜索ならこっちで一時的に引き継いでやるから、お前さんはあの爺様どもに会ってこい」
どうやら、ラビィが離れている間の『先生』捜索はチーシャがやってくれるとのこと。それに対し、ラビィは信じられないかのように妙な顔をしてチーシャを見ていました。
「――アリス、提案があります。……皆様の力を借りましょう。そしてアリスは少女の捜索を、私とラビィが獣隠れの里へ向かいます」
「……どういうこと?」
エシラからの提案に、首を傾げるアリス。別行動は少女捜索の時によくやっているので問題はなさそうですが、自ら別行動を申し出ることに少し驚いているようです。
「分担作業、というのもありますが……今日のパルクァ捜索、あと少しで何かが得られそうな感じがしたのです。もしよろしければ、アリスと契約者の皆さんで確認してきていただきたいのです」
剣の花嫁の勘、なのかもしれません。普段はアリスに付き従うエシラが、分担してでもその勘を信じたい気持ちになったのか……力強い瞳で、アリスを見つめてそう頼みました。
「わかった。エシラがそういうなら、パルクァの方はあたしに任せて」
アリスもまた、エシラの勘を信じたくなったのでしょうか。エシラの提案を力強い頷きで返し、分担策を了承していきました。
「あたし、エシラとラビィ、あとは……チーシャ。それぞれであたしたちの問題を一歩でも解決できるように……頑張りましょうか!」
アリスのその言葉に、それぞれの掛け声で返答していきます。そして――契約者たちへの連絡、長距離移動の準備、屋敷内の再捜索とそれぞれ行動を開始します。
――少しでも、先に進むため。今抱えてる問題を、少しでも解決するため。
彼女たちは久しぶりに大きく動き出したのでした……。