アークの辺境、煌めく宝石のような海に囲まれた水晶の入り江。
しかし、水晶はところどころ破壊され、バルバロイによる襲撃の痕が幻想的な雰囲気を打ちこわし、廃退的な空気を漂わせていた。
そんな入り江のある浮島の正反対に位置する荒野の片隅に、二人の男がいた。
「返してくれ…… 僕の家の宝を……」
何かを懇願する男は傷だらけになりながら這いつくばり、もう一人の男の足にしがみつく。
「返して欲しいなら水晶の入り江のある浮島の場所を言え。それが条件だ」
「ふざけないでくれ! それはもともと僕の…… いや、僕の先祖の恋人の持ち物だ! お前にくれてやる理由なんてない!」
「聞き分けがないな…… お前みたいな一介の本屋の店主が、こんな高価な物持っていて何になるっていうんだ?」
「……ッ! 返せ!!」
這いつくばっていた男は僅かな力を振り絞ってもう一人の男に飛び掛かる。
しかし……!
ドカッ
「うぐぅ……!」
「汚い手で触らないでくれるか。この笛はバルバロイ教独自支部『バイオレンス・ワーシップ』の象徴として使うっていう使い道があるんだ。お前が浮島の場所を教えるなら、返してやると言っているだろう?」
「お前たちは本当にバルバロイを崇拝しているバルバロイ教なんかじゃない……! ただ金が欲しいだけで、水晶を売ろうとして……」
言いかけた時、入り江の近くにもう一人男が現れる。
「シグマさん、そろそろ信者たちとの食事会の時間ですよ」
「おっと、そんな時間か。それでは、取り敢えず現時点では交渉は保留ということで」
「待ってくれ……! その笛だけは……! くそ…… 僕が、あの笛を水晶の入り江に封印しておけば、こんなことには……!」
□■□
「ねえねえ、人魚の入り江の噂って知ってる?」
「聞いたことあるかも! 恋人の笛のやつでしょ?」
「なにそれ、私知らない!」
「あのね……」
昔、まだ人魚たちがこの世界に存在した頃の話。
それはそれは美しい人魚の娘が、ある人間の男と恋に落ちた。
人魚は貝殻と真珠で作った“恋人の笛”を鳴らしては男を呼び、呼ばれるたび男は入り江へと駆けつけた。
ある日、異形の虫によって人魚は殺された。
男は人魚を失った悲しみからなんとか立ち直ろうと、恋人の笛を形見に貰い人魚の伝承を代々伝える作家になった。
男の兄弟の子供に恋人の笛と作家業を託し、やがて男も死んだ。
その家系は人魚の加護か繫栄して行き、やがて王都で人気書店を家業とするまでに成長していく。
恋人の笛は、その書店に飾られ今も代々受け継がれている――――
「素敵~! 超ロマンチック! その本屋って今でもあるの?」
「セイレーン書店のことじゃないかって言われてるけど……」
「え…… あの本屋、ちょっとヤバくない?」
「ヤバいって何が?」
「バルバロイ教と繋がりがあるとか…… 何か、資金援助とかしてるらしいよ」
「え、マジ? ショックなんだけど!」
「でもそれ、どうもバルバロイ教に脅されて仕方なくお金出してるらしいよ」
「なにそれ~ちょ~カワイソ~じゃん!」
「ね~! でも、セイレーン書店で売ってる本って人魚に関するものばかりだって聞いたけど、そういう理由があったんだね」
「人魚の笛ってどんな感じなのかな? 見てみたいな~」