神州扶桑国の帝都から街道沿いに幾らか行った所へ、桜並木で有名な町がありました。
川に面した場所に町があり、春の季節ともなれば川のほとりや街道沿いに桜が立ち並びます。
その町に訪れた不思議が二つ。
「早桜か。いいじゃないか。これなら色々売れそうだ」
行商人が町へ訪れた時、桜を眺めて微笑を浮かべました。
まだ季節には早いというのに既に花が色づき始めているのは、まるで商売の成功を桜が祝福しているかのように見えたからです。
「見ごろにゃ少し早いが、この時期だからこそ物入りだよな。いい時期に……ん?」
行商人の商売相手は見物客ではなく、彼らを迎え入れようとする町の商人たち。
本来はまだ桜が咲くには早いこの時期が彼とっては絶好の時期なのです。
しかしこの町を訪れたのは行商人ばかりではありません。
この町に訪れた不思議はもう一つ。
生憎とそちらは良い事ではありませんでした。
川下の方から、何やら怪しい連中がやって来ます。
フラフラと歩く姿は花見で浮かれた酔っ払いの様ですが、遠目にもまともな姿ではありません。
「なんだありゃ!? 死体が動いてやがる!」
遠目でしたが判り易い特徴がありました。
手足が欠けているどころか、体の半分くらいが無かったり腐っている死体が動いていたのです。
つまり死体がマガカミの影響を受け、まるで生きているかのように動く『生ける屍』でした。
行商人は何が起きているかは良く判らないものの、慌てて町へ走り始めました。
* * *
行商人以外にも伝える者は多く、町の人々は騒めきました。
ある者は逃げようとし、ある者は無茶を承知で生ける屍を押し留めようとします。
「てめえらは商売道具を持って逃げろい! その気のある奴ぁ、おいらについて来い。修祓隊が来るまで何とかすんぞ!」
「ガッテン!」
威勢の良い鳶職に大工、あるいは船を持つ水主たちが鉢巻撒いて腕まくり。
しかし彼らが命を懸けても何とかできるとは思えません。
生ける屍を倒し、町を守るのはあなた方なのですから!
「お待ちください。おそらくマガカミの影響……黒不浄と思われます。あくまでその影響で死体が動いているだけ、倒してもまた動く可能性があります」
偶然通りかかったのかそれとも町で調べ物でもしていたのか、修祓隊に所属する方が人々を押し留めました。
マガカミは広く知られてはいないので、昔からある白不浄・赤不浄・黒不浄と言う知識に置き換えます。
黒不浄とは死者による穢れが周囲に満ちることを言い、今回は屍が動き回っているので違和感は少なかったようです。
お年寄りを中心に人々も納得したようですが、問題なのは倒してもまた影響が強く成れば同じことが起きる事です。
「そんな! どうすりゃあ……」
「影響こそを減らしましょう。まずはただ倒すだけではなく、誰もが判り易くするのです」
倒しても動くという事は、不意打ちを受けたり、足元を抜けられる可能性があります。
「判り易いように場所を区切って、その中に入った屍を派手に倒してください。それで『この場所に入った穢れは倒される』と喧伝します」
「なるほど。染料なり用意しましょうか」
生ける屍が脅威でも、その場所に入ったら倒される。
町の人々がそう認識すれば、町に与えられる影響は少なくなるでしょう。
不謹慎ですが技や術の練習をするつもりでド派手に戦うのです。
染料で足元が染まって居れば、死体が動いているのかも判ります。
「他には? おいら達にも何か手伝わせておくれ!」
「でしたら、ちょっとしたお祭りを行いましょう。賑やかな音や、綺麗な服を着た行進、あるいは屋台での楽しい思い出です」
「なら着物を貸し出したり、料理を用意するとするわ。手伝ってもらってもありがたいさね」
次にマガカミの影響などない、あっても恐れるに足りないと宣伝します。
人々が不安に思っても、賑やかな音を聞き、煌びやかな行進を見れば不安は払拭されるでしょう。
屋台で買い食いしているという事は、安全だと判り易くなります。
その事を聞いた者たちは、あるモノは生ける屍を倒す為に河原へ。
ある者はお祭りを催すべく、町の入り口へ向かうのでした。