ポリアナード王国、サルマティア。
この街に、この日、一人の少年が降り立ちました。
彼はその華奢な拳を握りしめると、片頬を釣り上げるニヒルな笑みをことさらに意識しながら、誰に言うともなく、ひとりでつぶやきます。
「戻ってきた……この世界に……!」
彼の名は自称「《黒き剣士》シリト」こと、尻隠 藤吾(しりがくれ とうご)。
つい最近、特異者になったばかりの、中学二年生です。
ヒーローに憧れる彼は、ワールドホライゾンでも最近になって力を入れ始めた世界RWO《レディアントワールズオンライン》でならば、自分もきっと活躍できるはずと、勇みやってきました。
彼は特異者になる以前から、RWOのゲームをプレイしていました。
この世界のすべてを知り尽くしているという自信があります。
今回はアタッカーでアバターを作り直したので、今から最速のレベリングを目指し、この世界のヒーローになることを狙っています。
「レベリングを考えたら、ソロが一番効率良いんだ」
誰に聞かれたわけでもなく、彼はそうひとりごちると、街での準備もそこそこに、近くの森へと向かいます。
森の浅いところを道なりに、近隣の村へと向かっていると、道の先から聞こえてきたのは幼い少女の悲鳴でした。
彼は自分の知識が十分に通用することを確信し、またニヒルっぽい笑みを浮かべると、急ぎ悲鳴の方へと向かいます。
そこには、雑魚モンスターの一種、コボルトに追い回される少女の姿がありました。
彼はすぐさま剣を取り、コボルトを追い払いました。
「あ、ありがとうございます!」
少女は涙ながらに、彼にお礼を言います。
ワケを尋ねると、少女は病気のお父さんのために森の奥に薬草の花を取りに行かないといけないのだそうです。
でも、森の奥にはモンスターがいるので、自力で取りに行くのは難しく、助けてくれる冒険者を探しに、サルマティアの街へ行く途中だったと言います。
「そういうことなら、俺に任せておけ。この《黒き剣士》シリトに」
藤吾はニヒルでカッコイイ笑みを意識しつつ、少女に微笑みかけました。
すべては、彼の記憶していた通りに進んでいます。
少女の依頼を受けて森に向かうと、薬草の場所にはトレントがいるはずです。
でも、このモンスターはそこまで強くありません。
薬草を手に村へと赴くと、今度はコボルトたちが集団で村を襲ってきます。
これも村人たちと手分けをすれば、なんとか対応できるレベルです。
その後、コボルトたちが村を襲った理由が、森のトレントの異常発生にあるとわかり、トレントのボス、エルダートレントを討伐しに行きます。
これもその頃にはレベルが上っているので、ギリギリ可能です。
それら一連のクエストの最後に、村長からお礼にもらえる剣が序盤ではかなり強いはずなのです。
「ほんと!? ありがとう!」
無垢な少女は、シリトの言うことを疑いもしません。
「森の奥のトレントのところに薬草が生えているはずなんだけど、どうしてか最近は全然無くって、森の奥に最近現れたおっきなトレントのところにしかないの! でも、オニイチャンは強い剣士さんだからダイジョウブだよね! しかも、コボルトも最近たくさん増えちゃって、ボスがやっぱり強そうなの! 今にも食べ物を奪いに村までやってきそうだから、誰かに助けてもらわないとダメだって村長さんが言ってたの。それもオニイチャンなら、ラクショウだね! じゃあ、わたし、村長さんたちにおはなししておくから!」
少女は矢継ぎ早にそう言い残して、村への道を駆け戻って行きました。
残された《黒き剣士》こと藤吾は、少女の言葉を呆然と反芻しています。
薬草がエルダートレントのところにしかない?
すぐにも村にコボルトが攻めてくる?
コボルトのボス? そんなのいなかったはずなのに!
自分の知っているクエストとあまりにも様変わりしすぎていて、彼は途方にくれます。
ログインしたばかりの初期状態では、とても対応できません。
かといって、少女はすでに村へと戻ってしまいました。
クエストは受注状態になっています。
彼がいつまでも途方にくれていると、偶然、特異者の大先輩である
星川 鍔姫たちが通りかかりました。
藤吾が困っているのを見て、鍔姫たちは事情を聞き出します。
結果として、他の特異者にも声をかけて、鍔姫たちは事態に対処することになりました。