海洋の世界、ゼスト。
インテグレーターによって空を奪われたこの世界で、ゼスト連合軍は空を取り戻すための戦いを繰り広げていました。
極東での激戦。
エリア15での新兵器の開発と、敵の“超兵器”との攻防。
そして、南方で回収されたレガシー“プレイアデス”と、明かされる旧時代の真実。
資源戦争の裏で行われていたAB財団と当時の特異者の、決して語られる事のなかったもう一つの戦争の存在。
特異者たちは様々な出来事を通し、一歩ずつ確実に、インテグレーターの元へと近づいていました。
そしていよいよ、“インテグレーターとの最後の戦い”が始まろうとしています――。
* * *
エリア15に一時的に帰投し、補給を行っているエリア防衛艦シャーロットの司令室に、通信が入りました。 国家連合本部を介した、いつかの『宣戦布告』と同じ全体発信です。
『ごきげんよう、ゼストの諸君。
それと、“蒼の鍵守”の元にいる特異者の皆様』
通信の主は、インテグレーターの参謀長、
桔梗院 咲耶です。
モニター越しに彼女が、拍手をしました。
『なかなか楽しかったわ。
まさか“四姉妹”のうち三体を倒してしまうなんて。それにまるで彼女たちを人であるかのように接しようとするなんて……泣かせてくれるじゃない』
「……相変わらず嫌な言い方をする女ね」
九鬼 有栖がモニターを睨みます。
『さて、あなたたちはもう私のいる場所はご存知の事でしょう。
そちらの勝利条件は、当然覚えてますよね?』
宣戦布告にて咲耶が提示した『ゲーム』の国家連合・特異者側の勝利条件は、
・インテグレーターの本拠地を見つけ、制圧する。
というものでした。
彼女がいる場所が、喪失を偽装していたエリア4であることが判明し、連合側は、あとはそこを叩けばいいという状態になっています。
無人IFスケアクロウを主体としているインテグレーターの戦力も、プログラムアップデートしたものの連合軍で解析が進み、第二次極東戦役以後は次々と撃破されています。
『さてさて、連合軍の皆様は私たちを追い詰めたとお思いでしょうが……』
咲耶が指を鳴らしてしばらくすると、司令室に各地から「一転して押されている」との報告が入るようになりました。
――スケアクロウが全て、上位機であるマリオネットに変わったのです。
『IFのコア……いえ、アクティベート技術というのは便利なものね。設計データを一括で書き換えればほら、この通り。
一瞬で盤面をひっくり返すこともできるのよ。
それと、こちらの勝利条件もちゃんと覚えていますか?』
インテグレーターの勝利条件とは、
この世界に眠る“ある物”――越界聖具の獲得です。
『お互い、その“座標”が送られてきていることでしょう。
こちらは、
私が最も信頼のおける“最強のパートナー”をそこへ行かせます。
拠点防衛には、
四姉妹の“最後の一人”を。
もしも倒すことができれば、その時点で“私は”詰みです。
どう、シンプルで分かりやすいでしょう?』
遠回しに、自分には二人ほどの戦闘能力はない、という事を示します。
『さあ、早く来ないと連合軍の被害が増えるばかりですよ? 今までそうしてきたように、力尽くで勝ちにきなさいな。私は逃げも隠れもせず、待ってるわ』
そこで通信は切れました。
「……上等だ、咲耶ちゃん。どんなに下種だろうと、美女に会いに行かないのは男が廃るぜ」
ライル・西園寺は、静かに言い放ちました。
* * *
「盤面をひっくり返す、か。ワタシは子供の頃からリバーシが得意でね。
気付いたら石だけじゃなく、既存の常識をひっくり返す事に喜びを覚えるようになったが」
ゼスト各地の状況をエリア15からモニタリングしながら、
プロフェッサー・ハイゼンベルクは
笑った。
「そういうわけで、この状況をまたひっくり返させてもらうとするよ、インテグレーターの参謀長殿。
そちらが『システムと物量』なら、こちらは『人と質』でいかせてもらうとしよう」
そして“戦士たち”は動き出しました。
「狙い、よし! 撃てー!!」
エリア2近域の陸地では、豊葦原から祖国である共和制ヴァイマールへ帰還し少佐となった
シャルロッテ・ディートリヒ率いる機甲師団が。
『カカシがお人形になった程度で狼狽えてるんじゃないわよ。
リーリャ小隊、これより敵機動部隊の掃討を行うわ』
エリア7近海では、
アレクサンドラ・パヴロワ大佐率いるリーリャ小隊が。
次々とマリオネットを撃破していきます。
しかし、敵はそれだけではありません。量産型クアンタロス――これまでの戦闘データがフィードバックされた『後期型』もいます。
「……ごはんたべたいなー」
そのクアンタロスを、機械でできた大鎌のような武器で薙ぎ払っていく、銀髪の少女がいました。
――南方海域で発見されたコールドスリープ装置の中で眠っていた旧時代のブーステッド、
“デスサイズ”アンティです。
そして――
「止まって下さい……って言っても、聞こえませんよね。意思を持たない、あなたたちには」
宙を舞うリフレクターシールドに、クアンタロスが放ったレーザーが次々と反射され、撃ち抜かれていきます。その主は無論――“四姉妹”の
ヴァイオレットです。
「少し前まで敵だった者がこちらにいるのは少々複雑ですが……味方にいると心強いものですね」
ハイゼンベルクの後ろで、豊葦原海軍大将
ナミエ・シンカイが呟きました。
「プロフェッサー、通信をお借りします。
紫藤中将、そちらで回収された“プレイアデス”――スターライトブレードを使わせてはもらえませんか」
「ええ、かしこまりました。“彼”も、あなたであれば異存はないでしょう」
「助かります。……無茶をするのはこれで最後にするとしますか」
その頃、ヴァイオレットの前に一機のIFが現れました。
ただ一機残った、コマンダータイプのスケアクロウが。
『おいおいお嬢ちゃん、おじさんの事忘れちゃったのかな~?』
「な……何者です? わたしは、あなたの事なんて……知りません」
『あー、初期化しちゃったか。ピス子と違って、性格は変わっちゃいねぇみてえだがな。
ま、反抗期のお転婆さんには、ちょっとお仕置きしなきゃねぇ!!』
声の主は、極東の戦いで機体と共に散ったようにも見えた、“博士(ドク)”でした。
* * *
「……準備はできたよ。エリア4の守りは、フリージアだけじゃない。
道は開こう」
デバイサースーツに着替えた
ミサキ・ウツミは、特異者小隊の面々に向き直り、告げました。
「山元提督殿の艦隊がこちらに来ている。損害は受けたものの、援護はできるとのことだ」
「……了解。でかいのは任せる。わたしは量産型の方を排除する。
教授が言うには、エリア4がゼスト全体の無人機のコントロール施設の役割を果たしているみたい。
だから、エリア4では表と裏――量子の海を同時に攻めることになる。
多くの人を送る必要がある」
マリナ・アクアノートが淡々と言います。
「ふーん、アタシの初任務がいきなり決戦かぁ。なかなか燃えるね」
声を放ったのは、新顔の赤いショートのツインテールの少女でした。
彼女はマリナが持ち帰った設計図を元にハイゼンベルクが作り上げた、「連合軍製」クアンタロスです。
「キミ、強いんだってね。まあアタシの方が高スペックだけど。足手まといにはならないでよ」
「……生意気な新入り」
* * *
――ワールドホライゾン。
それは、突然“降って”きました。
「祭の場所はここかしら? いえ、そんな話を伺ったものでして」
「
“カーリー”! 機関はなんてもの持ち出してるのよ!!」
紫藤 明夜は眼前の黒い女を見て、思わず後ずさりました。
女は、ただ貴婦人のように微笑んだままです。
「“三神”ほどではないにせよ、最悪の部類に変わりはないよね。さすがに君が出てくるのは少々早すぎる」
突如明夜の前に、軍服の青年と、ミリタリーコートの男が降り立ちました。
「恭耶、マーシャル!」
「やあ、“こっちでは”久しぶりだね紫藤君。ちょっと“好ましくない”事が起こりそうだったから、マーシャル君を連れてきたよ。念のためだったけど、連れてきたのは正解だったね。
お、エマヌエル君もいるじゃあないか。噂じゃサンディちゃんも元気みたいだけど、今はいないのかい?」
「……あなた、全部知った上で言ってるでしょ。恭耶、あなた三千界では消息不明扱いなのよ?」
「桔梗院、今の僕は田中ジュテームなんだ。まさかこうして顔を合わせるとはね。せっかくだから、久しぶりの再会を祝し」
「周り見ろ馬鹿野郎! そいつは後だ。……ったく恭耶。昔からお前は厄介ごとばかり持ち込んできやがるぜ」
明夜、
桔梗院 恭耶(ききょういん きょうや)、マーシャルこと
アドルフ・ワーグナー、そしてジュテームと、“最初の八人”の半分が揃ったのです。
「俺は制約が多い身でね。十全の力は出せない……いや、出したところであれが相手じゃいいとこ相討ちかな。とにかく、あれを食い止めるには君たちの力を借りる必要がある」
ホライゾン浮上の準備を進めていた明夜は困惑しましたが、目の前の脅威をどうにかしなければ、そちらを進める事もままなりません。
「あ、俺、十五分しかこの次元に留まれないもんでさ。紫藤君、どの程度あれば準備は整えられそうかい?」
「分からないわよ! でも、なるべく急がせるわ」
しかし、ホライゾンの周囲には歪みの影響により、界霊海域から多数の界霊たちが迫っていました。
そして、浮上させるポイントへ行くための“障害”もまだ排除されていなかったのです。
* * *
通信を終えた桔梗院 咲耶は、コンソールパネルに触れました。
アーガスの停止と廃棄のコードを入力し、最終確認画面で止めます。
「これでよし、と。あとは“グランドマスター”システムをどうにかしさえすれば、アーガスも止められるわ」
ここまで十分「楽しませてもらったこと」もあり、勝者への特典としたのです。
咲耶はおもむろに、折り畳み式のスタッフを手にしました。
「さて、今回は少しばかり“悪あがき”というものもしてみようかしら」