青春の世界、
神多品(かたしな)学園都市。
現代の日本に近い文明や文化を持ち、
楯無(たてなし)高校と
リージョン・ユニバースという2つの学校の学生によって自治が行われている世界です。
特異者達は、失踪した学園都市を治める生徒会長
ミランダ・ヴァレンシュタインを探す、神多品の住人の
高槻 榛名(たかつき はるな)と
オリヴィア・ヴァレンシュタインと出会い、捜索を手伝います。
その中で、
『三千界管理委員会』より派遣され、神多品のある世界・天儀球を監視しているという
山田 健司(さんた けんじ)と知り合い、また、悪目立ちしている生徒・
吉田 規夫(よしだ のりお)が
『三千界統合機関』の一員で、天儀球を滅ぼすほどの戦争を、この神多品の地から起こそうと画策していることを突き止めます。
そしてそれは、次期生徒会役員を決める神多品最大の祭典
『六華祭』の開催中に起こりました。
* * *
――神多品学園都市、リージョン・ユニバース、生徒会室
現在、副生徒会長代理を務める山田は、六華祭が開催されている神多品スタジアムで開会の言葉を宣言した後、生徒会室に戻ってきて書類を片付けていました。
神多品学園都市のローカル放送「KTSテレビ」が六華祭の様子を学園都市中に中継しており、生徒会室でも熱戦の様子を見ることができます。
「しかし、高崎君が無断欠席とは珍しいな……」
山田は一人で生徒会室に居ました。今日に限って書記の
高崎 恋歌(たかさき れんか)に、朝から連絡がつきません。
その時、彼のスマートフォンが鳴りました。吉田規夫からです。
『全ての準備は整った。単刀直入に言う、
神多品の越界聖具を渡せ。そうすればお前は悪いようにはしない』
「……何のことは分からないな」
『神多品湖に沈んでいるのは知っているが見つからなかった。監視者であるお前が引き上げたんだろう!?』
「神多品湖の漁師あたりが引き上げたのではないか? それに、仮に知っていたとしても、技術協力してもらっているだけのキミに渡す必要はないと思うが?」
『そうか……なら、監視している世界が滅びるのをその目で見るといい。その時改めて同じ質問をする』
通話が終わった直後、KTSテレビの中継から、悲鳴や怒声が聞こえてきました。
吉田が本当に事を起こしたようです。
『ラ・ディス神多品で市民が突然暴れ始めました!!』
『リージョン・ユニバースの研究棟で爆発があり、キメラが逃亡したとの連絡が!!』
『楯無高校付近に、ミランダ生徒会長と統制の取れたシャドウが現れたそうです!!』
彼の元に、次々と治安維持部隊の緊急招集無線が入り始めました。
「ミランダ生徒会長は吉田君が造っていたクローンだろう。
一般人の暴徒は……高崎君の仕業か。治安維持部隊が手薄で、且つ一般人が多い今を狙ったのは、高崎君の協力を見越してのことのようだね。
高崎君に裏切られるとは……もっとも、俺も因果応報かもしれないが。
各地域に居る治安維持部隊は一般人の保護を最優先! 楯無もリージョン・ユニバースの関係ない! リージョン・ユニバース校内に居る治安維持部隊も出しても構わない!」
『それは聞けないな、山田副生徒会長代理』
山田の無線に応えたのは、騎士学科を束ねる円卓の騎士のナンバー2、
皇海 秀一(すかい しゅういち)でした。
『規夫から話は聞いた。あなたの企みもな。
楯無高校とリージョン・ユニバースの生徒とを意図的に戦わせて、
実験をしていたそうじゃないか。
あなたの実験にこれ以上付き合う気はない。高遠元副生徒会長と同じく、あなたを捕らえてさせてもらう』
皇海はそんなことを言い始めました。
吉田は騎士学科にも手を回していたようです。
『吉田さんに何を吹き込まれたかは知らないけど……こちらは私に任せてもらえるかしら』
「メイサ、すまないが頼む」
『でも、全てが終わったら、皇海さんが話していた件、説明して欲しいわ』
治安維持部隊に所属している生徒は交代で六華祭に参加しています。
リージョン・ユニバースに戻ってきていた
メイサ・フランシスカ・アルメイダが応えました。
「この配置からして高崎君が指揮を執っているようだね。
“万華鏡(カレイドスコープ)”と“
千里眼(サウザンドアイズ)”が補佐しているようだが、どこにいるのか……。
ミランダ生徒会長も吉田から取り戻しておかなければ」
山田は窓に立ち、メガネを外しながら楯無高校の方を見つめました。
* * *
――リージョン・ユニバース、校門前
校門前にいた治安維持部隊はあまり多くありませんでした。皇海とメイサ、それぞれの率いるナイツが生徒会室を巡って小競り合いを始めていたからです。
校門の外を注視していた治安維持部隊は、超能力学科の研究棟での爆発と、その後現れたキメラに浮足立ち、苦戦を強いられていました。
しかも今度は校門の外から、まじかる☆かなみ、ギャレオンといったコスプレイヤーに扮したクローンが襲撃してきて、まさに門前の虎、後門の狼状態となりました。
治安維持部隊のアーミーに迫るキメラを、無数のサイコガンが撃ち落としました。
続けて電撃を伴ったキックが繰り出され、クローンを吹き飛ばします。
「やれやれ、こう外が騒がしいと、ゆっくりアニメをマラソンしながら養生できないですねぇ」
「そうかい? あたしはもっと暴れたいけど」
駆け付けたのはリージョン・ユニバースの敷地内にある神多品総合病院に入院していた
碓氷 良輔(うすい りょうすけ)と
吾妻 鼎(あがつま かなえ)でした。
* * *
――ラ・デェス神多品
「暴れている市民は出来るだけ傷つけないように取り押さえて! 彼らも被害者だから!」
レグルス・ロシュフォールはメイサと交代し、神多品スタジアムへ向かっていました。
途中のラ・デェス神多品付近で高崎のマインドキャッチによって暴徒化した市民と遭遇し、近くにいた治安維持部隊を素早くまとめて、正気で逃げ惑う人々の避難誘導を始め、同時に暴徒化した人々を気絶させるなどして無力化していました。
しかし、手数が圧倒的に足りません。
「
『五聖獣』を集めてくるから、それまで持たせて!」
丸太をかんぬきのように横にして暴徒たちを抑え込みながら、榛名の友達の
神流 ましろ(かんな ましろ)が言いました。
彼女は祖父である伝説のブリンガーの一人、神流 貞市(かんな さだいち)から、
「もしものことがあれば、神多品五聖獣様を頼れ。鈿女様を多少なりとも鎮めてくれるはずだ」
と言われ、慌てて下山してきたのです。
レグルスは頷くと、盾を前面に押し立ててましろの代わりを引き受けました。
* * *
――楯無高校、正門前
「オレ達の学校はオレ達で守るニャ! 楯無高校生の意地を、リージョン・ユニバースの奴らに見せつけてやるニャ!」
「おう! とはいえ、美人を傷つけるのは気が引けるけどな」
楯無高校では講堂で応援していた
猫沢と
武尊 英治(ほたか えいじ)を始めとした生徒達が、迫りくるシャドウやミランダのクローン達と戦っていました。
しかし、シャドウはアーミーのように統制が取れており、クローンとはいえ、六華祭優勝者であるミランダは強く、個々人で戦うブリンガーや不良は思い他苦戦を強いられていました。
* * *
――神多品スタジアム
吉田によって連れ去られた榛名を追う、オリヴィアと
陸奥 純平、愛美と
利根 志乃(とね しの)達。
途中で
宮澤 理香子が合流しました。
「何でもスタジアムから出られなくなっているみたい」
理香子が言うには、外に逃げようとメインゲートに向かっても一向に着かないとのことでした。
非常口といった場所から逃げようとした者もいましたが、非常口自体が無くなっていたとのことでした。
「おそらく
“矛盾(パラドックス)”と
“物質創造(マテリアライズ)”の仕業ね。さっき陸奥純平が言っていたように、鈿女の心を壊すために不安を徹底的に煽っているんだわ」
愛美の話を聞きながらメイン会場まで来ると、そこは混乱の坩堝と化していました。
逃げ惑う観客を
雲龍寺 麗香(うんりゅうじ れいか)と
赤城 望(あかぎ のぞみ)が必死に抑えていますが、暴走するのは時間の問題のようです。
「
ヴィルヘルム・シュナイダーもどこかに居るはずなんだけど……」
「高遠、久しぶりだな。山田から話は聞いた。残念だが、
“レッドブレザー”の五人は吉田側だった」
愛美が探していたヴィルヘルムは、彼女の背後から音もなく現れました。
彼は軍事学科の各コースから厳選された精鋭、通称“レッドブレザー”の動向を探っていたようです。
「……不穏なオーラの、人達がいるみたい……」
志乃は吉田が観客として紛れ込ませている手駒と思われる者達を見つけていました。
「吉田さんと高槻さんは……居ました!」
「嗚呼……榛名……」
周囲を見回していた純平は、六華祭本戦のステージの一つに吉田と榛名の姿を見つけました。
気を失い、ぐったりとしている榛名の身体には大量のシャドウが次々と入り込んでおり、そのたびに榛名の身体はぴくぴくと蠢き、黒いオーラが色濃く渦を巻いていきます。
吉田の目の前にはNeXTのメンバーが揃っていました。
しかし、
相馬 たくみ(あいば たくみ)以外、これだけ騒ぎが起こっているのに、身じろぎ一つしません。
「たくみ、さぁ唄うんだ、アポカリプスを調伏する歌を!」
「ノリ、何を企んでいるかは知らないが、こんなことは止めるんだ。俺は唄わない」
「そうか……お前はNeXTのメンバーの中で一番買っていたんだがな、残念だよ」
吉田に追い詰められながらも、たくみは頑として譲りませんでした。
彼は
一人の女性ブリンガーのセリフを思い出し、吉田に抗っていました。
吉田は一瞬だけ哀しそうな表情をしますが、すぐに元の卑下た笑いを浮かべると、たくみにチャームを掛けたのでした。
「多少効果は落ちてしまうと思うが、この際あまり関係ない。唄うんだ、たくみ!」
吉田に操られたたくみとNeXTのメンバーは厳かに唄い始めました。
すると会場中に榛名の悲鳴が響き渡りました。
しかし、その声は榛名のものではなく、別の少女の声でした。
「そうだ、いいぞ。もっと苦しめ! もっと悲しめ! もっと憎め! こんな世界、壊してしまうくらい!」
『痛い……苦しい……悲しい……辛い……いや……もう止めて……こんな世界……壊れてしまえばいい……』
それは榛名に宿り始めた
アポカリプス――
鈿女(うずめ)が感じている、神多品を渦巻く感情の数々でした。
榛名の身体にシャドウが入り込み続け、もがき苦しむ様を、その場に集まった人々は驚愕しながら見つめていました。
「まだ間に合います! 榛名を助けましょう!」
オリヴィアは家宝のエストックを掲げながら告げました。
純平、理香子、志乃、愛美、ぞれぞれが頷きました。