●出会い~シルヴィヤンカとユーフォリア
何処へ行くというのか────
客間の窓から見える遠くの空に飛ぶ鳥を眺めながら、自身に問いかけるかのように、思いを馳せる
シルヴィヤンカ。
遥か昔の時代。
セレスティア王国第一王女であったシルヴィヤンカは、父であるエレクシャイア七世暗殺の汚名を受けて国を追われました。
その後、名誉を回復したシルヴィヤンカは
『紅玉騎士団』として祖国のために戦う道を選ぶも、母を違える妹、正統王位継承者である第二王女エリザヴェンヌに反逆者の烙印をを押され、祖国と対峙して世界各地を転々としていました。
それがいつしか、時を越えて異なる時代に迷い込むようになっていました。
自らの意志に関わらず、紅玉騎士団の仲間と共に、何かに引き寄せられるかの如く彷徨い続けているのです。
もはや忠誠を誓う王もなく、紅玉団という傭兵団に名を変え、己が信じる道を進んでいるのが、今のシルヴィヤンカでした。
しばらくして、人の気配が近付くのを感じて椅子から立ち上がると、客間のドアが開かれて初老の男が姿を見せました。男は付き従う者たちに視線を送って下がらさせ、ドアが閉まるのを確認してから、あらためてシルヴィヤンカに視線を向けて一礼しました。
「
レノン家当主、
ウォーレスと申します。我が生涯で貴殿にお目にかかれるとは光栄です。シルヴィヤンカ殿」
シルヴィヤンカもウォーレスに頭を下げて答えます。
「突然の来訪にも関わらず、受入れ感謝いたします」
着席を促され、机を挟んで相対しました。
「貴殿には我が家系が大恩を受けてたと、代々に渡り伝えられております。幼少の頃は、行儀よくしてなければ、シルヴィヤンカ殿が仕置に来るとよく言われたもので、この国のために微力ながら努めてきたつもりです」
「街並みを拝見しました。私の知っているフェゼルシアより、人々は豊かに、安寧な暮らしをしていると感じました。治世が続いていると見受けられました」
「それは、この国が約1000年もの長い間、大乱もなく平和が続いているからでもあります」
世界の創造神たる
“神竜”との新たな契約によって、カルディネアの地は千年もの間平穏を得ていました。
貴族や豪族の領土争い、大規模な盗賊団による襲撃など、戦い自体なかったわけではありませんが、リュクセール王国を統治する代々の国王によって悉く鎮圧され、戦争に繋がることはありませんでした。
「さて、シルヴィヤンカ殿。
この世界ではどのような使命を持たれているのですか。半ば隠居の身ではありますが、お力添えさせていただきますぞ」
「有難い御言葉。しかしながら、どのような理由でこの世界に立っているのか、私自身分かっておりません」
「難儀ですな」
「甘受するのみです」
「それでは……」
ウォーレスは席を立ち、窓辺に近づくと、シルヴィヤンカに視線を向けました。
「シルヴィヤンカ殿、ご覧いただきたい」
シルヴィヤンカも窓辺に寄り、ウォーレスに促されるまま見ると、窓下に広がる庭園にある大樹の木陰に、侍従に見守られながら本を読んでいる一人の少女が見えました。
「アレは
ユーフォリアと申します。この国の第一王女であり、我が孫娘でもある。将来この国の王になるかも知れない子です」
「それを望まれているのですか」
「臣下としては喜ばしいが、祖父としては厳しい道を歩んでほしくはないという思いです。ただ、あの子がその道を選んだ時、優れた若者たちが王と国を支えてくれることを願うばかりです」
ウォーレスは何かを思いついたかのように、シルヴィヤンカに提案しました。
「貴殿が為すべき使命を見つけるまでの間、この国の未来を担う子供たちのたちめにお力添えをいただきたい。また、貴殿のお仲間には、我が軍を鍛えていただきたい。軍と言えど、実戦経験がほぼない者たちばかり。是非とお願いいたします」
●鳴動~ラブセン16世の崩御
首都ソヴェンナ。
リュクセール王国の政治機構の中枢。
立法府である議会の壇上に立つ男に議会員たちの視線は集中していました。
男の名は
カシウス。若くして国王を補佐する宰相にまで上った人物です。
議会に参集した諸侯たちを見まわし、カシウスは壇上に立って悲痛な表情を浮かべました。
「急遽、議会を召集したのは、
我が王が、ラブセン16世陛下が崩御された────」
議会に動揺が走ります。
元々、丈夫ではない人物でしたが、あまりにも早すぎたのです。
騒めく議会に対し、カシウスは言葉を続けました。
「近年、国境付近にセレスティアが軍を配備しているとの情報もある。神竜の加護があるとは言え、陛下の急逝が知れ渡れば、侵攻されかねない状況だ。そのため、我々は奴等に立ち向かうためにも、
エイブラム様のもと、団結して国難を乗り越えなければならない」
「カシウス殿、お待ちください。エイブラム様のもととは、どういう事でしょうか。陛下は我々に、お世継ぎがエイブラム様であるという宣言をされておりません」
「貴殿はエイブラム様より、ユーフォリア様が我等の王に相応しいと? フェゼルシア地方に領地を持つ貴殿には、その方が都合良いのであろうが、国土と領民を守るため焦眉であることをご承知いただきたい」
「いや、私はそのようなつもりではなく、皆の意見を聞くべきだと。それに……あ、いえ、失礼しました」
「何か言いたそうだが、まあいい。確かに
トロージャン殿の言うことも尤もである。10日後に票決で議会の総意とし、その上で戴冠式を迎えようではないか。諸侯には状況をよく見据え、冷静に考えていただきたい。少なくとも私は、男子であるエイブラム様が後継者に相応しい御方だと考えている」
●脱出~ナイトアカデミー
ウォーレスに依頼されたシルヴィヤンカは、身の回りの世話をしてくれる2名の召使のみを伴い、ソヴェンナの軍務区画内にある
騎士養成校“ナイトアカデミー”に赴任し、この国の未来を担う若者たちの指導にあたっていました。
そして3日目して早々、事件は起こりました。
ナイトアカデミーが突如、リュクセールの一軍に包囲され、兵士たちが敷地内に踏み込んできたのです。
「これは何の真似だ。
エンオウ」
ナイトアカデミーの学長である
ジェイムスは、校舎の入口に立ち、リュクセールでは見かけることの少ない、東方の衣装を着た大男に怒気のある声で言いました。
「これはこれは、ジェイムス殿。まだくたばってないようで何よりだ。この前、どこかの貴族の身内が何者かに襲撃される事件があったようではないか」
エンオウの言う通り、トロージャン家の使用人が何者かに襲撃されて怪我を負わされる事件が発生したのです。
エイブラムの即位に異を唱えたことに対する報復ではないかと囁く者もありました。
「王が不在の不安定な情勢だから、大公の計らいで、俺たちが貴族様の坊ちゃん、嬢ちゃんを守ってやるってことだ。許可が出るまで、ここから外に出ることは禁止だ。メシはちゃんと用意してやるから心配するな」
「まさか、票決を有利に進めるため、子供たちを人質にするつもりか!?」
「さあ、何のことだ? おっと、遠征訓練だかに出ているガキたちも確保しに行っている。ここに着くまでケガさせたくなければ、ヘンな気は起こさないことだ」
◇◇◇
数十騎の一団が闇夜を駆けていました。
先頭にはシルヴィヤンカが共として連れていた召使のひとり、
ロクサーヌが集団を率いて、殿にシルヴィヤンカの姿がありました。
軟禁状態にあったシルヴィヤンカは、希望する生徒たちを引き連れ、夜陰に乗じてナイトアカデミーから脱出を図ったのですが、騎乗にも行軍にも不慣れな生徒がいるため、想定よりも速度が低下していたのです。
(……このままでは追い付かれる!)
前方の集団に向かって、最後尾を駆けるシルヴィヤンカが叫びました。
「背後から撃たれないよう、頭を下げて姿勢を低くしろ。訓練を思い出し、何があっても止まるな!」
言葉の通り、前方の集団が姿勢を低くする様子を見届けて、シルヴィヤンカは反転しました。
しばらく進むと、シルヴィヤンカたちを追走するリュクセール軍部隊が見えてきたところで迂回し、リュクセール軍部隊に並走するように先頭集団に近付き、攻撃を仕掛けきます。
シルヴィヤンカは剣で手綱を切り、馬の腹を蹴ります。
突然の出来事に騎乗していた兵は混乱し、暴れる馬を制御できなません。
その後方に続く部隊も、その事態に隊列を乱します。
更に前を走るエンオウの乗る馬に近付こうとした時、エンオウの太刀が振るわれました。
シルヴィヤンカはそれを剣で受け流して、間合いの届く隣に並びます。
激しい剣戟。
エンオウは後続の部隊との距離が開きすぎて孤立状態であるのを察知し、戦いながら話します。
「面白れぇ、久々に腕が鳴る奴に会った。俺はエンオウ。お前は?」
「シルヴィヤンカ。傭兵だ」
「今度また会えることを楽しみにしておく」
エンオウが下がるのを察したシルヴィヤンカは、そう言って距離を取り、生徒たちの元へと立ち去っていきました。
●動乱の千年王国
ソヴェンナ立法府。
「開票の結果、ユーフォリア様14票、エイブラム様83票、棄権3となった。議会はエイブラム様を次期国王であると承認する」
拍手が沸き起こりました。
「諸侯にもうひとつ知らせがある。離宮改修の件だが、エイブラム様の即位を祝して
アンネローゼ様から、エイブラム様に、支持いただいた諸侯については税の減免を進言いただけるとのことである」
ラブセン16世の静養のため、建造が進められていた離宮がありました。
本来の目的は失われてしまいましたが、崩御に心を痛めた側室のアンネローゼ妃は、離宮での暮らしを願っていました。
そのため離宮の建造は計画通り進められることが決定し、その資金とする課税の継続が先の議会にて課せられていました。
それをエイブラム王子に投票した議会員のみが減免されるとは、明らかな見せしめです。
またこれは、ユーフォリア王女を支持する勢力の弱体化も狙ったものでもありました。
他国では王が代われば、各地の諸侯は新王に忠誠を誓い、あらためて爵位と領地を認めてもらうのが一般的です。
しかしながら、リュクセール王国においては過去に連合王国となった経緯により、王の権力は制限され、議会員である貴族の爵位および領土の没取には、議会の承認が必要となるため、王の意に沿わない諸侯がいたとしても簡単には失脚させられない背景があるのです。
◇◇◇
戴冠式の準備を執り行うため、エルツベルムの王城に戻ったカシウスに詰め寄る騎士の姿があった。
「閣下!」
カシウスは軽くため息をつき、騎士に振り返りました。
「
クローディアか。何だというのだ」
クローディアはリュクセールの将軍の1人であり、近衛騎士団の前団長ジェイムスの娘です。
「どうしてあのような者に一軍をお預けになられたのですか!」
「エンオウのことか。決まっておろう、貴様のような信用の置けない者がいるからだ」
「私は父とは違います。王の命令であれば、どのような任務であろうとも従うのみです」
「どうだかな。せいぜい足を引っ張らないようにしてくれたまえ」
◇◇◇
「カシウス殿、聞きましたわ。エイブラムを王として認めると議会が採決したと」
報告に訪れたカシウスを、アンネローゼは上機嫌で迎えました。
「はい。全会一致ではなかったものの、これで敵と味方の区別がつきました」
「これなら
アイゼルが、ユーフォリアを擁立したくとも不可能ということですわね」
「戴冠式には、ユーフォリア様やアイゼル様にも参列いただくよう書状をお送りしています。もし参列されないことがあれば、叛意があると判断しなければならないでしょう」
「来るであろうか?」
「いすれにせよ、エイブラム様の世を乱す要因となるものは、早々に排除いたしましょう」
◇◇◇
シルヴィヤンカは、一部の生徒を各家の領内に送り届け、残りの生徒たちと共にフェゼルシアのウォーレスの邸宅まで戻っていました。
「殿下、お初にお目にかかります」
シルヴィヤンカは片膝をついて頭を下げました。
「我が名はシルヴィヤンカ。ウォーレス公にお世話になっている旅人でございます」
シルヴィヤンカはユーフォリアの顔を見上げ、言葉を続けます。
「殿下は弟君が王位に就かれることに異論がないご意向であるとお聞きしました。願わくばその真意をお聞かせいただけますでしょうか」
唐突な問いに戸惑ったユーフォリアは、シルヴィヤンカの後ろに立つウォーレスに視線を向けました。
ウォーレスは首を縦に振ります。
「……国とは民の暮らしを安らかにするためにあるものとわたしは考える。そして、わたしはまだ、王がどのようにあるべきかを見出せずにいる。エイブラムが迷うことなく民のために立つと決心したのであれば、それは良いことではないか。そして父を支えた臣下がエイブラムを支えれば、今の安寧は続くと思っている」
「その昔、遠い国に2人の王女がおりました。2人とも民の暮らしや国の未来を良くしたいという思いはありましたが、仲良く手を取ることはできませんでした」
「それは、2人の何が違ったのか」
「……誇りです。姉は厳しい道でも、誇りの上に国のあるべき姿を求めました。妹は誇りを捨ててでも、民を安寧に導こうとしました」
「そして2人はどうなったのだ?」
「王位を継いだ妹は、姉を追放しました。その後、姉妹がどうなったのか、国がどのようになったのかは、私も存じ上げておりません」
「つまりシルヴィヤンカは、私とエイブラムの考えが同とは限らないと?」
「はい。また、臣下を頼らざるを得ないのであれば、臣下の者たちの思惑で、弟君の意向通りにはならないとも考えます」
「シルヴィヤンカは、わたしにどうしろというのか」
「正しく見定めてから判断されることが肝要です。弟君が目指そうとする未来が、殿下の思いと同じであると見えたならば、その時に殿下が弟君を支え、手を取り合えばよろしいかと」
「難しい相手ですが、叛意を疑われぬよう、丁寧に説明して理解を求めなければなりませんな」
ウォーレスはそう言うと、侍従を呼びつけて準備を整えるよう指示を出しました。
◇◇◇
エイブラム王子の即位が決議された以降でも、ナイトアカデミーに残された生徒たちが軟禁状態から解放されることはありませんでした。
「姫様」
シルヴィヤンカのもとに召使のロクサーヌが寄って報告します。
「
パリサティスからの伝達です。ナイトアカデミーの生徒たちは戴冠式の時期に合わせて、フェゼルシア方面への移送が行われるようです」
パリサティスとはロクサーヌと共にシルヴィヤンカがナイトアカデミー赴任時に伴った召使であり、ナイトアカデミーに残って状況を知らせる役目を担っています。
「行かれるのですか?」
「生徒を助けるのは、教官の役目だ」
ロクサーヌは無駄だと知っているため、引き留めることはしなません。
「畏まりました。姫様を誘い込む罠かも知れません。お気をつけを」
「私には紅玉団の仲間がいるし、ウォーレス殿が雇われた傭兵たちもいる。後れは取らないつもりだ」
シルヴィヤンカはそう告げると、紅玉団と傭兵たちへ出撃を告げるのでした。
神竜の加護に守られた平穏な千年王国であるはずのカルディネアの地に訪れつつある不穏な影。
それを見つけるのは、あなたの行動(アクション)かもしれません!