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【4つの石の物語】忘却のクリスタル

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【4つの石の物語】忘却のクリスタル
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1旅支度

 周囲には白い霧が立ち込めているが、それでも霧を抜けた空は今日も青い。
 そんな冒険者たちを送り出すのにふさわしい天気の下、邪神 水希は俯いたままだった。
(兄弟の仲が悪いのは、ちょっと見てて気分良くないからね……)
 ティスたちの現状はどこか心に刺さるのか、水希は僅かに苦い顔をする。
 それでも彼女の手は動き続けていた。
 水希は、ティスの荷物をひとつひとつ確認していたのだ。
(どこかに、ティスの行方の手がかりになる物があるかもしれない。それに……)
 兄弟お揃いの品や思い出の品。
 そんな彼らの過去を探る物が見つかるかもしれない。
 そう思って確認していたのだが――
「……持ち物は最小限のタイプか」
 ティスの荷物からは、冒険で使うロープや僅かな携帯食糧といった冒険に必要な品々しか見つからなかった。
「ドライだねぇ……」
 あるいは、かつての彼らの冒険はかなり昔のことだったのだろうか。
「残るは……これだけか」
 水希が最後に手を伸ばしたのは、ティスの手帳。
 それは今は開いていたが、ロープでぐるぐると巻いた跡があり人が読むのを拒絶しているかのような出で立ちをしている。
 一番最後のページにはメモと地図らしい絵。
 水希はそっと、その前のページをめくってみる。
『地図が奪われた。あれは多分、トゥ』
 そこから先は文字が黒く塗りつぶされていて読めない。
 その前のページには、仲間が行方不明になったことへの悲嘆と心配。
『僕はまた、あの日と同じ過ちを繰り返してしまったのだろうか――』
 更にその前のページには……
『こんなにも大勢の人が助けに来てくれた。本当に嬉しい』
『作っていただいた食事、美味しかった』
 おそらく、裏切りのクリスタル探索中のことなのだろう。
 今の仲間との冒険の記録が感謝の気持ちと共に楽しそうに綴られていた。
 水希はページをめくるが、前になればなるほど手帳のページは酷くぼろぼろになり読めなくなっていく。
 結局、判別できたのはつい最近のティスの記録だけだった。
「確認はもういいか?」
「それじゃあ、預からせてもらおうかのう」
 夢中で手帳をめくっていた水希に雨樹 樟九幻 雪音が声をかけた。
「……うん、時間をとらせたね。もういいよ」
 水希はそう答え、急いでティスの手帳の地図をメモすると樟たちに荷物を渡した。
 樟たちは、ティスが西に向かったのではないかと考え、彼を見つけその荷物を渡そうと考えていた。
「それじゃあ……頼む」
「私は、もう少し地図を調べてから行くよ」
 水希はそう言うと、再びメモに目を落とす。
「分かった。じゃあ俺達は先に行く」
「チェリィをあのままにしておくわけにはいかんしな」
 頷き合うと、二人は出発する。
 ティスが残した手がかりを頼りに、西の渓谷を目指して。

「俺はティスを探す。キミは?」
「僕はね――」
 そこから少し離れた場所で、九曜 すばる愚者 行進に問いかける。
 行進の答えに、すばるは苦渋に満ちた顔で彼の顔を見つめる。
「……本気か?」
「僕は、愚者だからね」
 やがて、すばるは頷いた。
「なら、俺も協力は惜しまない」
(一体、何を……?)
 面影 望は不思議そうにそんな行進を見ていた。

   ◇◇◇

 記憶には残っていないが、自分が作成した東の地の地図。
 朔日 睦月はそこにいくつか書き込みを加える。

 この地図は東の地の周辺地図であること。
 目的は『忘却のクリスタル』
 それは、東の地にある。
 そこでは記憶の保持ができない。

 そんな、これからの冒険に必要だと思われる重要事項を記しておく。
「さて、フォッグさん――」
 睦月は完成した地図をフォッグに差し出した。
「え、何だこれ……?」
「この地図は、東の地への探索に役に立つものです。もし希望する人がいましたら、あなたの手で直接その人に渡してください」
「いや、これってあんたが作った物だよな。だったら……」
「これは、あなたへの支援にもなると私は考えています」
 焦るフォッグに睦月は説明する。
 地図を渡す際に、相手にフォッグが持つ情報を伝えるべきだと。
 4つのクリスタルを取り巻く過去の出来事、フォッグの望み、チェリィのこと……
 それを第三者に話すことは、聞く側にとってもフォッグにとっても有益だと、睦月は考えたのだ。
「すげえな……その、色々と考えてくれて……」
 睦月の話を聞いたフォッグは素直に彼の配慮に驚く。
「現状は、それぞれが断片的に情報を持っているような状態です。全ての問題を解決するには、それらを一つにまとめ上げる必要があるのではないでしょうか?」
 それこそが、睦月の懸念であり悲願であった。
 情報の偏りは思わぬ悲劇を招く可能性がある。
 ただほんの少し、情報を広げるだけでそれを止めることができれば――
 そんな彼らに声をかけた者がいた。
「忘却のクリスタルへの道について、知りたいんだが――」
「ああ……あ」
 フォッグは慌ててその声に元気よく返事をするが、その顔を見て僅かに落胆する。
「何だ? 俺の顔に何かついてるか?」
「どうしたッスか?」
「いや……いつも通り綺麗なお顔です」
 フォッグ達に声をかけたのは、既に彼らの話を聞いて事情をよく知っている佐丹 舞桜黒典礼 サバトだった。
 舞桜は地図をホライゾンパスケースに書き込むと、フォッグといくつか言葉を交わす。
 その後、睦月とフォッグが待っていたものの、地図を見たいと申し出る者はいなかった――

 が、それとは別に彼の元を訪れる者がいた。
「あーっ! いたー!」
「見つかって良かったです!」
 ホライゾンホバーボートに二人乗りしてフォッグに近づいてきたのは邑垣 舞花ノーン・スカイフラワー
「先ずは――ありがとうございます」
「ありがとう!」
「……え?」
 舞花とノーンはフォッグに頭を下げた。
「私たちは先日信頼のクリスタルを発見することができました」
「あ……ああ、あんたたちが手に入れたのか」
「クリスタル探し、とっても楽しくて大満足だったよ」
「フォッグさんの助言のおかげです」
「いや、それはお前らの実力だろ。俺なんて全然――」
 二人の感謝の言葉にフォッグは慌てて首を振る。
 しかし舞花たちはそのまま話を続けた。
「私達は、次にやるべき事をしたいと思ってこちらにやって参りました」
「やるべきこと……?」
「ティスさんとトゥラスさんを和解させたいんです」
 その言葉にフォッグははっと舞花の顔を見る。
「ノーン様もクリスタル探索を満喫されたようですし、今度は潤也さんたちのお手伝いに努めさせていただこうと思いまして」
「潤也ちゃんたちが良いと思ったことだから、わたしは賛成するよ!」
 舞花は、彼女の仲間である世良 潤也アリーチェ・ビブリオテカリオが、フォッグとトゥラスを合わせたがっていることを説明した。
「ですから、よろしければ私たちにフォッグさんのお話を聞かせていただきたいのです」
 舞花は話を続ける。
「そのお話を、わたしがアリーチェちゃんに伝えるね!」
 舞花の言葉をノーンが引き継いだ。
 彼女は民間無線機を用意して、それを活用しようと考えていたのだ。
「それから、フォッグさんをトゥラスさんの元にお連れしたいと思うのです」
「そっか……分かった。手間かけさせるな」
 二人の言葉を聞いたフォッグは頷くと、歩き始めた。
「じゃあ、行こうか」
「あの……お話は?」
「どうせあっちでも同じ話をするんだろ? だったらここで時間を食うことはない。かいつまんだ話は向かいながらするさ」
 歩みを止めぬまま話し出したフォッグの後を、舞花とノーンは慌てて追いかけた。
 そんな二人にフォッグは話し始める。
「以前、4人の兄弟がクリスタルを探しててな――」

   ◇◇◇

 その光景は、もはや見慣れた日常へと変わっていた。
 迅雷 敦也が歌う横で、迅雷 火夜が料理を作っていた。
「フラマで美味しくお肉を焼いて~、その辺に生えてるキノコも焼いて~」
「だ、大丈夫なん?」
「目利きで食べれるか確認したから、大丈夫~」
 メモを取る手を止め心配そうに覗き込む法霊崎 花月に火夜は歌いながら返事をする。
「持参したケチャップをかければ~ハイ、完成~! 迷宮肉のハンバーグのできあがり~!」
「うーん、旨そうや……ん?」
 ハンバーグに鼻をひくつかせていた花月が首を傾げる。
 異臭がする。
 ハンバーグからではない。
 その隣で料理を作っているウォークス・マーグヌムの手元から漂ってくるものだった。
「な、何やこれ……?」
 もくもくと立ち上る煙は思わず鼻をつまみそうな刺激臭。
「これから探索するのは忘却のクリスタルと言うくらいだ、色々と忘却させられてしまうのかもしれない。だから、同じご飯を食べた者の口から共通の口臭がしていれば行動を共にしている仲間だと気付きやすい、か、なと……?」
「そ……そうなん?」
「目印は幾つかあった方が良い。なあトゥラス」
「そ、そうね……ありがとう」
 ウォークスに振られたトゥラスは慌てて頷く。
 そのまま和やかに食事は始まった。
 けれどもその場にいた冒険者の大半は、ウォークスの料理より火夜のハンバーグを積極的に奪い合ったのであったが……

 食後、敦也の歌を聞きながらトゥラスたちはこれから始まる冒険について思いを馳せる。
「此処まで付き合って言うのもなんだが……」
 ウォークスは誰にともなく呟いた。
 目の前にはトゥラスの地図を眺める弥久 佳宵がいる。
 しかし彼女に語るつもりも、彼にはなかった。
「このクリスタル、価値なんてあるのか?」
 あくまでも独り言。
 それが誰の耳に入ったかなど、気にしない。
「このクリスタル、自然に出来た物とはとても思えません……」
 地図を見ながら佳宵も同じように独り言を呟く。
(自然に出来た危険物なら土地の人に聞けばどんな物か伝わってないとおかしいですし、地元の人が知らない自然物のクリスタルが宝の地図に載って遠くのトレジャーハンターの手にある事自体が不自然)
 それに……
「そもそも、目印がひとりでに浮かび上がる地図という時点でもう……!」
 そう、この地図は、ひとつのクリスタルが見つかると次のクリスタルの場所を指し示すように新たな目印が浮かび上がるようになっているのだ。
(これはもう、誰かがクリスタルを用意して、宝の地図を描いて、人を誘き寄せているとしか考えられません!)
 佳宵はきゅっと拳を握りしめる。
 もしもそんな悪意ある存在がいるのなら……!
 虚空を睨みつけるが、すぐに佳宵は首を振った。
「……まずは、皆の身の安全が最優先ですね」

「ねえ、トゥラスちゃん」
 九鬼 苺炎がトゥラスに声をかける。
「どうして、クリスタルを探すの?」
「それは、前にも言ったように……」
「ううん。“今はなぜクリスタルを探すのか”知りたいの」
 苺炎は真顔でトゥラスに迫る。
「渡したくない相手はもう引き上げたのに、それでも探す理由があるのかな? 記憶を危険にさらしてまで」
「記憶を危険にさらす? そんなつもりはないんだけど……」
 トゥラスは苺炎の言葉に耳を傾けながら、それでも答える。
「そうね……意地、なのかしら。以前、皆で見つけたクリスタル。あんな裏切り者なんかに渡したくないって思ってた。私一人で見つけられるって思ってた。でもずっと手に入れることができなくて、それで焦って……でも」
 そこまで言うとトゥラスは真っ直ぐに苺炎の顔を見た。
「でも、今度こそ大丈夫だと思うの。考えてみれば、ずっと私一人じゃなかった。苺炎さんみたいに、仲間がいた。だから、今度こそ大丈夫。それを証明するためにも、今はクリスタルを見つけたいって思うわ」
 そしてトゥラスは微笑んだ。
「とにかく、クリスタルを見つけたい――その気持ちは本物よ」
「そうなの。それはきっと大切なことだね」
(だから……私が覚えて忘れて、隠しといてあげる)
 苺炎はそっとそれをメモに記した。
 そしてその記憶を全て、自らの力で忘却する。

 花月もまた、商人の出納帳にペンでメモを走らせる。
(願いは1つ。トゥラスちゃん達兄妹を元の関係へ戻すこと)
(やるべきことは3つ。忘却のクリスタルを探せ。トゥラスちゃんを助けろ。誰も傷つけさせるな)
「……うん、私にはこれだけで十分や」
 手帳を押さえ、花月はそっと目を閉じる。
 目的さえ忘れなければ、なんとかなる。
 好きな花の名前とか、そんなことを忘れてもなんとかなる。
 小さく覚悟を固めていた。

「……っ!」
 そのまた近くでは、松永 焔子が更に悲壮な覚悟をもってクリスタルに挑む準備をしていた。
『忘却のクリスタルを確保しろ』
 焔子が記す先はメモではない。
 自分の腕。
 刃で刻めば、メッセージだけではなくいざと言う時でも痛みが目的を教えてくれる。
 そう考え、血を流していく。
「あれ、怪我したん? うちが治したるで?」
「い……いいえ、問題ありませんわ」
 花月に声をかけられ焔子は慌てて首を振る。
 そして治療されないように傷痕をそっと隠した。

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