三千界のアバター

騒げ、桜の木の下

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騒げ、桜の木の下
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 一章 椋鳥の受難

 夏南椋鳥は道の真ん中で額に髪を貼り付かせ、途方に暮れている。握り締めた財布は煎餅より薄い。

「どうしよう。先生……がっかりしちゃう」

 椋鳥は消え入りそうな声で呟いた。椋鳥は宝田酒屋の店主から教えられた若い女性といかつい男を探し、街中をあてどなく歩き回っていたが、見つからない。既に五周目に突入し、椋鳥は心身ともに衰弱し始めている。

「駄目。ちょっと、休憩……」

 椋鳥は座り込んでしまう。
 正直、道の真ん中でとてつもなく、迷惑なのだが、人々は疲弊した椋鳥に同情したのか、椋鳥をただ、避けていく。

「あらあら、可愛らしい男の子が困ってるのは見過ごせませんわね」

 猫又の着物を着た松永 焔子は幼気な少年に近づいていった。
 椋鳥は気配を察知したのか、顔を上げ、途端に目を丸くする。

「あら」
「あれ?」

 椋鳥は驚いている。

「座敷童さん?」

 椋鳥の言葉に焔子はくすりと笑い、「そうですわ」と頷く。

「うそ! ぼ、僕、椋鳥って言うんだ!」

 椋鳥は妖が珍しいのか、頬を林檎のように染め、目を輝かせ、大事な財布をぽろりと落とす。
 焔子は椋鳥と財布を二度、見つめたが、椋鳥は気が付いていない。

「落としましたわよ」
「え? あっ、ありがとう!」

 椋鳥は財布をぎゅっと抱きしめたが、すぐに可愛い顔を曇らせた。

「お酒……」
「お酒?」
「うん。買いに行ったのに、売り切れちゃった。だから……僕、譲ってもらおうと……でも、見つけられない」

 焔子は少女のような椋鳥の顔を眺め、優しい顔をする。

「これも何かの縁ですわ」
「え?」
「椋鳥君の手伝いをいたします」
「いいの?」
「ええ」
「やったぁ、大好き!」

 椋鳥は焔子に抱き付き、微笑む。
 焔子は椋鳥の眩しい笑顔にくらくらしながら、妖力解放をし、九十九の幸を椋鳥にかけ、手に触れる。
 椋鳥は焔子を見上げ、小首を傾げた。可愛らしい動きに焔子は眩暈を覚える。

「い、行きますわよ」
「うん!」

 椋鳥は嬉しそうに焔子の手を握り返し、歩き出す。

 ◇◇◇

 一方、晴れ着を着たアードレア・クルセイドは宝田酒屋の前にいる。

「たのも~♪」

 道場破りのようにアードレアは入口で叫んだ。

「うん? 君、お客さんかね?」

 アードレアの声に性別不明の店主が顔を出した。

「はい! 限定酒を」
「あれま、無いよ。ほら、売り切れてる」

 入口の張り紙を店主は指差した。

「本当に?」
「ええと……本当にだよ」

 アードレアは店主の顔をじっと見つめ、「一本も?」と訊く。店主は困った顔をし、頬を掻く。微かに店主の視線が泳いだ。

「……うん、無いよ。他のお酒じゃ駄目かい?」

 アードレアは店主の様子にピンとくる。
 これは何本か手元に残している。アードレアが動く。
 扇をぱっと広げ、目を丸くする店主を見つめながら絢爛華麗を発動させ、美しい蝶のように流麗に舞い踊る。
 人々は物珍しげに立ち止まりはじめ、店主はたじろぐ。
 アードレアは目を細め、ぴたりと止まり、扇を掲げ、微笑する。とても、艶やかだ。

「まだまだ、踊るよ~! 名付けて、限定酒頂戴の舞~♪」

 歓声が上がった瞬間、アードレアは奮い立つ大衆を使用し、人々の心を掴む。
 甲高い口笛と大きな拍手、見る見るうちに人だかりができ、店主はおろおろし始めた。

「へっ、こりゃあ、面白い!」

 空き瓶を持った男がアードレアに近づき、即興で踊る。笑い声が起き、男も笑う。
 ふと、男は酌をするように空き瓶をアードレアに向ける。
 アードレアは扇を盃に見立て酒を受け、口元に近づけた瞬間、妖艶に笑い、扇を上空に飛ばす。
 同時に晴れ着をするりと脱ぐ。あっと歓声が上がる。

「スク水モードにチェ~ンジ♪♪」

 【水着】スクール水着を着たアードレアは唖然とする人々に微笑み、アクアを発動させる。感嘆の声が聞こえた。
 アードレアは体の周りに水の蛇を纏わせ、優雅に舞う。
 水着は水によって濃淡ができ、胸元に付けた翡翠のブローチが日の光を浴び、きらきらと光る。
 観客達は美しい光景に息を漏らす。特に男達は鼻の下を伸ばし、店主は困った顔をしている。シャイなのかもしれない。

「そういえば、この子、何で踊ってるんだ?」
「解らん。いや、さっき、限定酒がどうのこうのって」

 男達がひそひそと話し、店主を見た。

「だから……無いんですって、売れる分は……」

 店主は唇を舐め、眉を下げた。男達は顔を見合わせ、額に汗を浮かべ、舞い続けるアードレアを見た。

「素敵な舞いを見せてもらったしな」
「だな。なぁ、あれを買うから限定酒を譲ってくれないか?」

 男は言い、店の奥のショーケースを指さした。ショーケースの中には宝田梅酒の小瓶があった。
 店主はすぐさま、満面の笑みを浮かべ、頷く。男達は大枚をはたき、梅酒を購入し、アードレアに近づいていった。


 *******


「僕ね、先生のこと、尊敬してるんだ」

 椋鳥は嬉しそうに焔子を見上げ、沙萄の話ばかりをする。焔子は椋鳥の無邪気さに癒されながら、いかつい男を探す。

「あら、いましたわね」

 焔子は言った。前方に男の背が見えた。椋鳥は繋いだ手を離し、飛び上がった。

「え、あっ、本当だ! お姉ちゃん、凄い!」
「ん?」

 一升瓶を抱えた男が振り向き、怪訝な顔で椋鳥と焔子を見つめる。椋鳥は怯え、焔子の背に隠れる。
 焔子は仏の顔を使い、男に笑顔を向ける。今度は男がたじろぐ。
 焔子は間髪入れずに令嬢の嗜みを使う。男に近づき、焔子は丁寧に事情を話す。男は唸り、髭を撫でる。

「そうか、買えなかったのか」

 男は優しい声で呟き、椋鳥の潤んだ瞳を見つめ、一升瓶に視線を落とす。男は迷っている。
 焔子は神酒「鬼殺の海神」を取り出し、男に見せた。

「え?」
「勿論、ただでとは言いませんわ。お供え物として貰ったこの神酒とそちらの限定酒を交換して頂けないでしょうか?」

 ドーウィン式交渉術虎の巻で得た交渉術を駆使し、焔子は男の心に訴えかける。

「神酒……」

 男の目の色が変わる。酒好きとしてこの機会を見逃すわけにはいかないようだ。

「解った、交換しよう」
「心遣い、感謝致しますわ」

 焔子は微笑み、椋鳥は「うそっ、やったー!」と叫び、楽しげに回る。

「はは。えれぇ喜びようだな」
「ええ、大事な人からの頼まれごとでしたので」
「ほぅ、それはいい。喜んでくれるといいな」

 男は言い、焔子は頬を紅潮させた椋鳥の様子に目を細めた。

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