三千界のアバター

トラウマに抗え

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トラウマに抗え
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★プロローグ

 人と話すことが苦手で、私はいつも独りだった。
 根暗眼鏡と言われて石を投げられていた私を、彼は自分のホームに招き入れてくれた。
 なぜ私なんかを助けてくれたのか尋ねると、彼は過去の自分とよく似ていたからだと答えた。
 彼は一つだけ私に見返りを求めた。

 ――いつか笑顔を見せてくれ。

 私、まだ彼に笑顔を見せていない。

 どれだけの人の腕をつかんだだろう。
 この人たちは立ち止まってくれた。初めて会った私なんかのために。
 私を助けてくれたあなたに、よく似ていると思った。

★第一章 もう一人の自分 1

 荒野にたたずむ巨人。
 ギガンティックと呼ばれる化け物。
 その個体が持つ特殊な能力は、人に夢を見せ、その中で自身と戦わせること。
 それは最も触れられたくない部分を無遠慮に抉る、まぎれもない悪夢。

***


 救いを求めて、必死に手を伸ばす人がいる。
 その手をつかもうとして、つかめなくて、その人は暗闇に落ちていく。
「助けて」
 助けても助けても、その声が止むことはない。
 人々の声の中、敵味方の返り血を浴びて独り立ち尽くす男。
 未次 始は、その男が自分自身であることを認識した。
「なぜもっと手を伸ばさなかったんだ」
 力のままに振り下ろされる剣を、始は全く同じ剣で受け止めた。
 千斬鋼の鱗が始の全身を覆う。
 相手の体も同じく、鱗に覆われる。
 見た目も能力も技量も同じ、二人の人間。
「守ることができたら、こんな声は聞かずに済んだ……この声はいつも私を苦しめる!」
 守れなかった者たちの悲痛な声を纏い、斬撃が繰り出される。
 戦場は地獄だ。すべてを守ることなど人間にできはしない。
 日常にも地獄は潜んでいる。貧困、病、差別、挙げればきりがないほどに。
 どれだけの夜を絶望してきたか。
 夢で対峙した自分は、その痛みを知りはしない。所詮怪物が作り出した幻に過ぎない。
「絶望の痛みが、私の力だ!」
 幾度も斬撃を浴びせられ膝をついていた始は、喚声と共に立ち上がった。
 自分に救いを求めた少女のためにも、自分自身のためにも。
 自分にだけは、絶対に負けられない。
 一気撃滅の一撃が、鱗を引き裂いて幻を打ち砕く。
 背負った想いの違いが、二人の始の勝敗を分けた。
 これで絶望が消えるわけではない。
 それでも始には、何度でも立ち上がり歩いていく強さがある。

***


 その少女はいつものように、夕飯の支度をしていた。
 鍋に入れた腸詰めは、少し傷んでいた。
 病的なほどに掃除の行き届いた家。
 その場所を離れれば、その人は生きていけないかもしれない。
 温室から追い出された観葉植物のように。
 黒い髪が揺れて、冷たい光を宿した瞳が見えた。

「あれは……僕?」
 にわかには信じがたいが、見間違えるはずがない。
 少女の視線がマリアベル・エーテルワイズの姿を捉える。
 握られていた包丁が、自分の装備と同じクリスタルナイフになっていた。
 少女はナイフを手にマリアベルに襲い掛かった。
「伯母を“仕事以外は何も出来ない人間にする”15ヵ年計画、思い出したかな」
 もう一人のマリアベルは冷酷に少し目を細める。
 他に人がいなくてよかったと、マリアベルは思った。
 幼い自分を引き取り、養育費を出してくれた伯母を嫌な人だと思ってしまう自分。
「伯母が私にどんな扱いをしてきたか、忘れることなんてできないよね。
 復讐されても仕方のない人だったよね」
 もう一人のマリアベルが、ナイフと共に言葉の刃を放つ。
 ナイフは腕をかすめ、血が流れ落ちる。
 マリアベルはもう一人の自分の腕を取り、手首をねじり上げて組み敷く。
 少女は小さく呻くと、ナイフを取り落とした。
「本当に嫌なものだね」
 不殺を貫く限り、自分から目覚めることはない。
 嫌な部分だけを固めて作ったもう一人の自分を押さえつけながら、マリアベルは悪夢が終焉を迎えるのを待ち続けた。

***


 二本の剣が火花を散らして打ち合う。
 一人の少女は愉しそうに哄笑していた。
 向かい合う猫宮 織羽は唇を噛んで呻いていた。
「あはは! 友達に、親友になんて言われたか覚えてる?」
 鮮血のような赤い瞳が狂気に揺れる。
「思い出させてあげようか?
『いらない』って、やることなすこと全部気に入らないって言われたんだよ」
 ウィスパードが音もなく交錯する。
「それでもまだ歌うの?」
 膝をついた織羽に、もう一人の織羽が切っ先を向けた。
「……辛かったよ。友達を失うの。全部を否定されて、消えて無くなりたかった」
 乾いた地面を濡らすのは、織羽の頬を伝う涙。
「じゃあ、今消してあげようか?」
 炯々と光る瞳で織羽を見下ろすもう一人の織羽が、剣を振り下ろす。
 それが、横薙ぎに振り払われた。
「その人たちとは道を違えたけど――
 他に、わたしを必要としてくれる友達は、ちゃんといた。
 わたしにとっても、大切な人たち」
 顔を上げて自分自身を見つめ返す織羽は、もう泣いてはいなかった。
 清澄の唄声を響き渡らせて空を舞う。
「真っ黒な心に負けないよう強くなるって、大切な友達に誓ったの!
 自分だけの、輝ける星の歌を見つけたんだ! わたしは大好きな人たちのために歌い続ける!
 だから――わたしはわたしに負けない!」
 折れたのは、赤い瞳の織羽が持つウィスパードだった。
 友に立てた誓いと歌に込めた想いが、過去に囚われた織羽の幻に打ち勝った瞬間だった。
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